開始3分で泣いた。
小さい頃に見たことがあるから、赤く光る清太と節子が死者の霊となって、過去を振り返っているのを知っているのもあるのだが…
駅員に投げられたサクマドロップス缶から節子の霊が現れ、その後ろに清太が現れたときの、清太のくしゃっとした、やるせないような、なんとも言えない笑みで涙腺が。
この缶からでてきた白いかけらは、始めはハッカ味のドロップのかけらだと思っていた。
それが、最後までみて、清太が荼毘に付した節子の骨を缶に入れたものだと知った。
それでもう一度冒頭部を見直して初めて、なぜ投げられたドロップス缶の許から節子が現れたのかを理解して(節子の骨だったから)、再び涙腺が。
この部分、もう一度見ないとわからない人がいるのではないのではないだろうか?
私も何年も気づかなかった…
本作の魅力は、「表情」だと思う。
前作のナウシカやラピュタとは違い、より現実に近い表現となるよう、顔、表情、体の形、動きがリアルに描かれている。
束の間居候させてもらっていた親戚のおばさんは、清太たちと同じ側で観ている者としては、とても辛い。
果たして当時の状況下で、おばさんのような人達を責めることはできるのだろうか。誰もが先の見えない日々を生き抜くのに必死だった時代には、ありふれた光景だったのか。自分がおばさんの立場だったらどうしていただろうかとずっと考えながら観ていた。
高畑勲は、
「決して単なる反戦映画ではなく、お涙頂戴のかわいそうな戦争の犠牲者の物語でもなく、戦争の時代に生きた、ごく普通の子供がたどった悲劇の物語を描いた」
と述べているそうだが、この作品のような無数のドラマが戦後にはあったのだろうと思う。
そうしてラストには、高層ビルの立ち並ぶ現代にも二人が存在しており、成仏せずに少なくとも43年間(1945年〜1988年)もその地を彷徨っているのかと思うと、またも胸が締め付けられる。そんなラストであった。
両親を失った子供が生き残ることの難しさ。
悲しくて観るのも辛い作品だが、名作である。