地球連邦軍とジオン公国軍による戦いが熾烈を極める宇宙世紀0079年末期。連邦軍の開発したニュータイプ専用モビルスーツ・ガンダムNT-1 アレックスを巡る戦いが、宇宙に浮かぶコロニー・サイド6で展開する。惹かれあいながらも、お互いの素性を知らぬまま戦うアレックスの女性テストパイロット・クリス、アレックスを狙うジオン軍の青年パイロット・バーニィ……。少年アルは彼らの戦いの目撃者となる。
ガンダムシリーズの中でも異質な立ち位置にある作品だ。
主人公はモビルスーツに乗らない。
英雄的な活躍もしない。
あるのは、戦争を「少し面白そうなもの」として見ていた少年が、それを二度とそう見られなくなるまでの、わずか6話の記録だけだ。
物語はジオン軍の作戦失敗から幕を開ける。
この冒頭ですでに戦争の非情さは描かれているが、それをどう受け取るかは視点によって大きく異なる。
大人たちは死を理解している。
だからこそ慎重で、怯え、必死に隠そうとする。
一方、主人公アルを含む子どもたちは、戦争を「リアルな戦争ごっこ」のように受け取っている。
その差は残酷だが、極めて現実的だ。
アルの言動は、嘘が上手く、見栄っ張りで、合理性より好奇心を優先する。
それは欠点ではなく、等身大の小学生そのものとして描かれている。
この段階でのアルは、まだ戦争を「自分の現実」としては認識していない。
物語が動き出すのは、アルがバーニィと出会い、彼を「かっこいい大人」「頼れる兄」として認識してからだ。
だが、この関係は嘘の上に成り立っている。
アルは自分を大きく見せるために嘘をつき、
バーニィは任務のためにそれを利用する。
重要なのは、その嘘が次第に「本物の感情」を生んでしまう点だ。
アルにとってバーニィは英雄になり、
バーニィにとってアルは守るべき存在になっていく。
この時点で、戦争はすでに個人の感情を飲み込み始めている。
中盤以降、本作には明確な悪役が存在しない。
ジオンも連邦も、それぞれの正義と命令に従って行動しているだけだ。
視聴者はジオン側の視点に寄り添わされるため、
報道や世論が作る「ジオン=悪」という構図との乖離が生じる。
しかし、それはどちらかが正しいという話ではない。
全員が自分の立場で必死に生きているという事実が、
かえって戦争の理不尽さを際立たせている。
アルが誰を応援すればいいのか分からなくなるのも、当然の帰結だ。
終盤、バーニィは逃げようとする。
それは臆病さではなく、冷静な判断だ。
勝てない戦いから退くのは、本来合理的な選択である。
だが、アルはそれを拒否する。
彼は、これまで自分が信じてきた「英雄像」を手放せない。
その英雄像は、バーニィ自身が嘘で作り上げたものでもあった。
ここで突きつけられるのは残酷な真実だ。
嘘で生まれた関係でも、感情は本物になってしまう。
バーニィが最終的に戦うことを選ぶのは、軍人としてではなく、アルの前で「兄」であろうとした人間としての選択だった。
アルは戦争を止められない。
誰も救えない。
何も変えられない。
それでも彼は、確実に「何か」を失う。
そしてそれこそが、この物語のゴールだ。
最終話、校長の言葉に涙を流すアルは、
もう戦争をゲームとして見ることはできない。
『ポケットの中の戦争』が描いたのは、
英雄譚でも勝利の物語でもない。
戦争を知ってしまった子どもが、二度と元に戻れなくなる瞬間。
それをたった6話で描き切った、極めて静かで、残酷で、誠実なガンダム作品だった。
☆5
評価 AAA 80点
誰も幸せにならない物語。あまり全6話でまとまっていて見やすい。
涙が止まらなかった
彼は最後に強くなることができた
ラストカットのアルと他の子供の対比がえげつない
平和に育った無邪気な子供の目線で触れた戦争。子供の立ち入れる範囲?内なのもありスケールは小さめだが、その分苦しみも身近に感じた。
子供ならではの無邪気さがもどかしくハラハラした。
それから、子供や子供の周りの状況の再現度すごい高かった。すごい。文学。ジャンキーな娯楽より教科書に近いものを感じた。
スレッガーさんの「悲しいけどこれ戦争なのよね」なんかよりもよっぽど戦争を感じてしまう、そんな作品。
設定が雑。
うまくまとまってて好き。