サービス開始日: 2025-12-09 (332日目)
人間の記憶や認識をテーマに描いた今作
まず鮮花の人間性や本心を周辺人物と比較して露呈される内面のクローズアップが根幹に物語られていて、特に兄の幹也との関係。
鮮花は幹也に強い愛情を向けていて“自分を見てほしい”という感情が全面に押し出されている。一方で「恋敵」である式に対しては兄の幹也を横から奪っていく存在として嫉妬の対象にしているのだが、彼女は燈子に弟子入りして魔術を学ぶほどの向上心を持っており真面目に学ぶ姿勢を取り繕ってはいるものの、本心は幹也に認められたいという願望があり純粋な正義感や向上心に収まらないこの矛盾ともとれる複雑な心情の共存の描き方がとても絶妙でそんな心情描写を引き出すきっかけが式との会話というのも何とも面白いと感じた。
まさに「合理的にあらず矛盾した感情こそがむしろ人間本来の魅力」とでもいうのだろうか。
また幹也は空の境界という作品において「普通の人間」という存在だからこそ式を筆頭に藤乃や霧絵などの存在の認識やストーリーの奥深さを高めているキーマンとしてあるのだが、今回でもその『普通』の存在である幹也の価値が発揮されており鮮花は幼い時から特別なものや禁忌に近しい存在に魅力を感じていたが、普通である幹也が特別なものを特別であると認識し特別な価値を見出す。幹也にとっての普通が鮮花から見て特別なものに見えたからこそ幹也を「特別」な存在として確立しているこの普通であることの尊さを感じられた。
またタイトルにもなっている『忘却録音』の意味について、それぞれ
「忘却」→一度覚えた情報や経験を忘れ、思い出せなくなる状態
「録音」→記録媒体やデータとして保存すること
と定義されており、人間が忘れてしまった記憶や経験があってもその出来事自体はなくなったことにはならず、そこに確かに存在していた。これらは式によく当てはめることができ、記憶が無くなった現状でも今を形作っているものは過去の自身の経験からなり、妖精という存在が当時の人たちのリアルな感情や心情の具現化であると考えるととても美しいものであると感じられ、これは5章の矛盾螺旋との対比にもつながっていると感じた。
ただ、玄霧皐月にまつわる周辺のエピソードなどが劇場版でははっきりと描かれておらず、また鮮花の妖精を認識しながら戦う美沙夜とのバウトなど説明不足が否めない部分が多々見受けられるため、以降は原作を読むばかりとなっているらしい…。
いや、ここまで出来たんだから描けよ。
圧倒的見ごたえと重厚なテーマが敷かれた今作
まず「臙条巴」という人物だが、彼は冒頭から今作の主人公として登場していたものの実際はもう既に死亡しており、式と日常を共有することによって自分の存在を知り他者と関わりを持とうとする人物として描かれていた。
今回宗蓮は『根源』への到達を目的としており、それに抗うものは『抑止力』として消滅してしまうというもの。
宗蓮自身昔の出来事から人間の「死」に意味をもたらすために根源を求めていたが、そこに人間の生き方や思想の理解の包括の限界、人間を見るがあまり「理屈としての人間」と「本来の人間」を理解することの食い違いが発生してしまい、ここに宗蓮の思想と行動の矛盾が発生している。
また宗蓮と式の存在も対比されていて、1~4章までで式は世界の理屈に縛られず(魔眼の存在など)己の意思で行動し目の前の事象に向き合う人物であり生と死を自然に受け入れる存在としてここまでで描かれてきていたが、一方の宗蓮は根源を目指し世界の構造を把握し人間の死に立ち止まり死に意味をもたらそうとする存在として描かれていた。
式はただあるがままの世界を「受け入れる」ことをしていたが、宗蓮は世界の仕組みを探求し「完全に理解」しようとした結果矛盾を生んでしまったのではないかと思っており、とても皮肉な物語だと感じた。
途中度々出てきた陰と陽の演出もこれは両方あって成り立つものであるという意味があり、4章で見てきた式と織の関係の決着と直結する要素としてちゃんと決まっていたと感じ、今回それが短期間でも日常を共有した巴と式に当てはめられて、式が逸脱した存在として宗蓮を直接止めたことで特別な価値の提示を行い、また巴も完全な人間ではない存在でありながらも抑止力となったことで宗蓮の求めた根源とはまた違った方向から人間の価値を提示してくれたキャラであったと感じた。
また今回「扉を開ける」「鍵を開ける」この2つの演出が特に強調されていて、前半で式と共同生活する上で合鍵を持ち巴はそこを居場所としていた。だが実際自分の存在はもうなくなっているうえ実際の実家は別にあり、そこに物語後半に幹也とともに元の家に辿り着いている。
一時的な避難場所として身を置いていた式のアパートと本当の実家の対比、自分にとって今居心地の良い場所と自分の本当にいるべき場所の違いをすでに死んでいる巴に自覚させる皮肉がなんとも空の境界らしいと感じた。
今回は約2時間と長尺な上に宗蓮と式との圧倒的クオリティの戦闘シーンや考察しがいのあるストーリーなど見応えも抜群でとても面白かった。
直死の魔眼の開眼と式と織の「存在」を描いた今作
式の人格が二重人格よりもさらに強いつながりで存在しているそんな織を失うことで自身の『孤独』を認識し自覚する式。
失って初めて気づく自分自身の存在を眼を閉ざす包帯で見せ続けていた。
今回そんな式の隣に居続ける幹也の存在がとても大きく、ただ回復を待ち無駄な介入をしない(強制しない)こと。それは「半身を失った式」に対し行動を起こすのではなく「ただそこにいる式」を見て受け入れることで式とともに空いている幹也自身の心の穴を埋め式と外界を繋ぐ存在になっていると感じた。やはりこの男強い…。式にとって特別な存在としてあり続けている。
また今回式と織の対比に関して、直死の魔眼の能力『万物の死を視認することができる』この力を死に瀕し接触することで獲得しており、半身を失ったことにより空になった心から死へ片寄る式とかつてもうひとりの自分として人格を隔てている今はもうなきもうひとりの織。この両名とも状態としては「死」というフィールドに立っており死の世界にすらも式と織によって引かれた境界が存在する死に対する視点の奥深さ。
死という存在、一見統一された概念として認識されるこれにさえもこの作品では捉え方そのものを変えているという哲学はとても興味深く面白い。
「伽藍の洞」というタイトルも飾られた外見とは裏腹に中身が空っぽで何もない様子を表しており、式自身がそれを受け入れ自らの失ったものを抱えたまま式としてあり続ける、一方で空っぽであることは同時にこれからその空洞に何かで埋め、何かを受け入れるそんな美学が詰め込まれた素晴らしい作品だと感じた。
二重人格を用いて殺人の善悪と本質を描いた今作
自身を孤独だと表現し自分でさえも自分の持つ二重人格を受け入れられない式とそんな禍々しい内を秘めながらもそれに寄り添おうとする幹也の対比
冒頭のセリフにて「1人になりたいのではなく、1人だと感じたいから夜歩いている」というセリフからも、本来人格への影響において最も多大な悪影響を及ぼしかねない『孤独』という選択を式の場合自らの人格への鎮静剤といて描いている皮肉を冒頭に持ってくることによりこの物語全体に余韻を馴染ませていてとてもいい脚本として昇華されていると感じた。
また幹也の言っていた『信じる』というセリフにも深く切り込まれていて、式の二重人格の恐ろしさや底の見えない恐怖に直面した後でもこの言葉を吐いており「例え自分の認知しえない領域があっても他人のことを理解しようと努められるか」というところに『信じる』という言葉の深さが物語られていたと感じた。
そんな言葉の通りに幹也は客観的事実に対立して殺人の犯人が式ではないと最後まで信じ続けていてキャラクターの奥行きをより深く感じた、そして幹也はとても強いキャラだった。百聞は一見に如かず
また殺人の動機も単なる”衝動”ではなく「織の蓋を開けるものを殺す」「織を殺す」という決まった目的によって遂行されるものと定義されており、展開の奥の深さを感じた。(とはいえここだけではまだまだ分からないことだらけだった。)
キャラの深堀りによるキャラクターの確認と美学にふれ2人の関係を探るとともに今後の展開と、恐らく2章のアンサーになるであろう第7章殺人考察(後)がとても楽しみになる1本だった。
はちゃめちゃな型月集合アニメ
2011年でありながらもこれ以降で出てくるFateの要素やアニメのパロディなどもちらほら入れてきてたのにはびっくりした。
でも前半(7話くらい)まではこのノリについていけずに中々苦戦したが後半はちゃんと面白く視聴できたので安心。
テレビシリーズでは見れないまた違った一面を垣間見ることができたのでこれはこれで良かった。
型月作品が好きな人はぜひ
ブリーチシリーズ最後の10話
浦原喜助の卍解から始まるアスキン戦からのジェラルド戦での日番谷の卍解(CV梶裕貴)そしてユーハバッハ戦と初めからクライマックスで始まった禍進譚
各隊長の卍解での戦闘シーンの圧倒的なキレとスタジオピエロの強み。5話9話では原作勢もアニメ勢も予知不可能な原作者監修によるアニオリ補完。毎週ワクワクが止まらずにクライマックスを見届けられてとにかく楽しかった。まさに少年ジャンプを肌で直接感じるような作品だった。
またクオリティ向上のため最終2話を残してまさかの1ヶ月延期して、当時の自分はどうなる事やらと思っていたがちゃんとすごいもの持ってきてくれて漏れなく満足感で終わることができた。
自分自身この作品に触れたのは最近ではあるが22年という歴史の幕引きの瞬間をこの目で見届けられてよかった。
お疲れさまでしたありがとうございました。
ザムドという存在になった主人公アキユキが、元居た尖端島に帰還することから始まる物語
作風がジブリ(ナウシカやラピュタ)×00年代のボンズのブレンドになっていて、平成感を強く感じながらも高貴な雰囲気の中描かれていた。
この作品のキャッチフレーズとして「考えないと石になる」「それでも人は己に言い続けなければならない考えろと」という『思考』というテーマが掲げられていて、今作における思考が『在り方・役割』→『選択』として描かれていて、そんなときでも自身のやるべきことと使命を心に留め行動している。この一連の流れが物語の中ですべてのキャラにおいて一貫されており、またそんな考え方で行動するキャラ達の最終的に行きつく果てが「生きること」につながるこの構図がとてもお見事であり、その描き方がキャラの粋な脚本と相まってグラデーションされていて見ていて全く飽きなかった。
またキャラクターの使い方に関して、主人公のアキユキ、ヒロインのハル、その幼馴染のユキタカの3人が主にいるのだが、才能を手にしそこから自らの選択で生きてきたアキユキ、才能がない代わりに努力で実力をつけてきたハル、努力を才能につぶされてしまったユキタカの3人。
ザンバニ号と極東自治区。
ナキアミとアキユキのこの3つの対比が特に前半は良く利いていてだからこそ才能の開花により努力をつぶされてしまったユキタカが迷いの末選択した「自害」という行為も流れるままであったが衝撃はとても大きかったし先ほど書いた『役割と選択・生き方』に上手く直結して落とし込めていた。
それ以外でもザンバ二号の船員や途中から出てくるルイコン教やヤンゴの出番なども最後まで欠かさずに出してくれてここまでたくさん出したキャラを最後までスポットを当ててくれるのは個人的にとても好きなので高評価。
またそんなメッセージ性だけでなく、ストーリーのなかで描かれる友情や兄弟愛、家族愛なんかもとてもよく表現出来ていて、迷いながらも最後は昔の平穏を望み自害したユキタカの話や母への罪悪感から自ら実験体となったミドリ、それを見て再び生きる目的や役割を選択するくだり。
13話や22話で出てきたアキユキのや西村の両親、いつまでも息子を信じ続ける親心にはとても感動した。
特に20話辺りを皮切りに今まで出てきたキャラや要素、伏線などがそれぞれの役割を担い最終局面へと突入し集合していくワクワク感と言ったらこれ以上ないものだった。
またこの作品の裏テーマとしてずっと描かれていた『縋るもの』ついてだが、
訳も分からずザムドへとなってしまったアキユキやその両親、里を離れザンバ二号に乗ったナキアミ、大切な人を失った船長いふねとその船員、また自らを悪だと提唱した極東自治区中佐凍二郎など。
凍二郎やザムドたちの心の声から聞こえた母親を呼ぶ声縋るものがなくただ孤独に歩むしかないもの達の居場所を示す親子の愛情、互いが互いに寄り合う共依存的な関係の行きつく先がこの作品1番のタブーである「思考放棄」へと繋がる皮肉とそれが身を焦がす結果へと繋がることをアキユキが石になることで表現したり、そんな共依存を断ち切り己自身で成長させるためにそれぞれ別々の役割を担わせストーリーを展開することでキャラ同士を分断するシナリオを自然と組み込んだり、そこで新たにキャラの深堀や内心に迫るシーンなどを差し込んだりと美学とストーリーの兼ね合いとその進行の仕方がとてもうまく、画面にのめりこんでみていた。
自身の成長と『考える』ことの大切さ、仲間や兄弟や家族の『愛』に溢れた本当に素晴らしい名作だった。
シャフトでおなじみの新房監督とまどマギの原点的要素が多く詰め込まれていた作品だという印象
ストーリーや世界観などはお察しの通り感じ取るしかないという印象ではあったが解釈の余地ありという作品だった。
メイドインアビスが帰ってきたなと感じるような1本だった。
穴の底を目指すというファンタジー作品の本作のあるべき姿を再び感じられたなという感想。
「巫女」という新たな存在と合同探掘、クラヴァリとテパステ一行のラストダイブ。そんな一見希望に溢れた始まりでも穴の容赦のなさやそれに立ち向かう探掘家達の勇志を感じられ、そんな今作らしさである希望と絶望の混在の見せ方や描き方、好奇心と導きのまま「冒険」に出る探検家たちの姿とそんな人達を見届けるワクワク感を久しぶりにしかもスクリーンで見られてとても嬉しかった。
またリコ達一行も新たに加わったファプタのキャラの浸透もちゃんと描かれていてとても可愛かった。
子供らしくデフォルメされたキャラクターとのいかにも子供らしい会話劇などの日常パートも十分見応えはあったと感じた。
またストーリーの方はこれから二部、三部と続くにつれての起こりの要素がかなり強く、2期までで起こった出来事のさり気ない補完と回収、これからに向けての大きな大量の伏線の提示など、制作に時間がかかろうと視聴者を離さないように留めておく術中に少なくとも自分はどっぷりとハマってしまった。(特に7層の環については早く映像で見たい!)
進行自体は大分スローペースで進んでたが、見応えは十分に感じられた。
また細かい部分で行くと、酒場での下りやクラヴァリの崖下りのシーンや深層6層での狩りのシーンとその調理で皮を剥ぐシーンなどの挿入などは細かい部分まで違和感を残さず楽しませようとする気遣いを感じた。
期待を裏切らないとても楽しい1本でした。
二部も見に行きます。
OADであるため規制などが無く、全てがオープンにされていたためより本来の魅力を引き出せていたと感じ、良かった。
またキャラが出揃っていて本編でキャラたちのある程度の深堀や紹介が済まされた状態だったため(OADにて新キャラの登場はあり)よりキャラ魅力も感じられて、正直自分は本編より楽しかったと感じた。
異文化交流の相互理解テーマアニメ
のはずだったけど、とてつもなくエロい。特に第6話の脱皮と産卵のシーンは他の追随を許さないくらい、もはやアダルトアニメの領域に突入していた
ストーリー自体は変哲はなかったが、無限にキャラを供給し続けていて、出てくるキャラが全員個性ぶっ飛んでたので飽きは来ず、
また節々で色んなアニメのパロディなど盛り込まれた演出や脚本などがあった。
頭空っぽにして見て結構楽しめたので良かった。
人間とアンドロイドの隔たりにフォーカスを当て、その溝を埋め相互理解を考えさせられる作品
「イヴの時間」という喫茶店では人間とアンドロイドの区別をしないというルールのもとアンドロイドのマークである頭上の環を消し、人間としてふるまうことでその空間だけ人間とアンドロイドの境界のない空間になっている。そんな空間に人間であるリクオとマサキが訪れ互いの心境を垣間見る作品なのだが、この作品ではアンドロイドが極端に人間に近い存在として描かれていて、人間に命令されしれを遵守するアンドロイドの心に抱えた真意を人間が汲み取りアンドロイドに対する偏見を払拭して近づいていく過程がとても丁寧かつハッとさせられることが多かった。
また、人間もアンドロイドも外側からは変化に気づくことは難しく、内面に触れることでしか変化を知る方法がないという共通点をロボット側から提示してそれに対応して人間側の心境を改める構図などが新しく、特にサミィが入れ方を変えたコーヒーをリクオが受け入れる下りなんかは特にそれを象徴しているシーンとして上手く繋がっていて素晴らしかった。
話のオチや顛末、人間とアンドロイドをつなぐものが最後は「愛情」に落ち着いており、ピアノの話も併せてアンドロイドとの付き合い方、偏見の払拭と一歩を踏み込み、自らを気持ちを受け入れることで人間とそれ以外の存在とも繋がれるということを最終的な美学として置いてとても考えさせられる作品であった。
また2018年のSFアニメ『BEATLESS』にて登場するワードである「アナログハック」というハッキング法がこのアニメでは一要素として取り入れられていて人間とアンドロイドの互いの内面から受け入れるきっかけの手段として組み込められていた。
自分らが今世界中で取り入れられている「AI」との差別化も出来ていて外連味もありとても良い体験ができた。
キャラ同士の物理的、心の距離をそれに近づくためにかかる距離を埋める「速度」で心を併せる見せ方が上手く、桜の花びらが落ちる速度(秒速5センチメートル)と雪の降る風景、冬と春をひとつの画面に共存させる事で互いの心の距離を接近させるように見せる演出、2人の関係に1度決着をつけ鹿児島へと転校する高樹のと明里の別れ表した第1話桜花抄
高樹に好意を抱く花苗の淡い恋模様、太陽系外を目指して突き進む衛星の部品を運ぶ速度(時速5キロメートル)と高樹の対比、恋の決着と花苗の成長を描く第2話コスモナウト
かつての初恋を心に残す高樹と初恋として落とし込み前へ進んだ明里を踏切を使い対比的に見せ、高樹自身に決着をつけさせ僅かな成長を見せることで物語の終幕とした第3話
キャラクターの心情描写とそれを言語化するモノローグの脚本の完成度がとても高く、また間のとり方や雰囲気の使い方を背景美術と組み合わせて確立させる演出などとても素晴らしかった。
またそんな心情描写を淡めのタッチで描くことでより心の片隅に舞い落ちるように落とし込めてより良い後味として還元できていたのでとても良かった。
新海誠の原点的な作品だと感じた。
個人的1番の特徴は世界観で春夏秋冬を巡りながら交差させ変化させるキャラの心情の絡み合いやBGMなどをうまく使った空間の演出、所々に「君の名は。」「天気の子」を彷彿とさせるようなシーンや絵があってこのころからストーリーや構成にSF的な要素をブレンドするのに長けていたのだと感じた。
また上2つの作品とは打って変わって重厚なストーリーや重めなシリアス要素などが多く含まれていて有名な新海誠作品達とはまた一風変わった作品の色をうかがうことができた。
ストーリーは南北に分断された日本で蝦夷にそびえる「ユニオンの塔」を目指ていたがある日をきっかけに3人が分散してしまい離れ離れになってしまうそんな中ヒロインのサユリが失踪した原因や主人公の心情にフォーカスして再び塔を目指すといった物語なのだが、ヒロインのさゆりがこのストーリーのキーになっており彼女自身の設定で並行宇宙とのつながりになっていて世界をとるか彼女をとるかの二択の選択に過去へ抱いている心残りを乗り越えたヒロキが行動するというラストになっていて世界観や雰囲気にもとても深みを増すような結末になっていた。