サービス開始日: 2025-12-09 (312日目)
青ブタシリーズの集大成となる今作
1期から思春期症候群と共に描かれてきたキャラクターの「孤独」からの脱却と克服のテーマを最後の最後で作品の美学として昇華し終結へ繋げられたと感じた。
初め霧島透子と美東の関係に対してのクローズアップ、事故により失ってしまった透子と1人だけ未来を歩む美東の抱える過去の後悔からの跳躍を咲太と共に乗り越え美東の抱える思春期症候群の解決。
過去回想から2人の関係や透子の残した歌の意味の紐解きや思い出の踏ん切りを咲太とつけることで過去への決着を済ませ、同時に掴みどころのない美東の人物像の輪郭を形成し咲太と「友達」になることで作品に出てきたヒロイン達全員のキャラの深堀を完成させた。
またそんな前半から観測者として世界に取り残されていた咲太自身の孤独からの跳躍、思春期症候群に囚われて無意識に不祥事の捌け口として縋っていた現状からの成長にフォーカスを当てていて、今までヒロイン達に接した時の達観さや視点などから1目置かれてきた咲太との逆転の構図になっていたように感じた。
思春期症候群との向き合い方や思春期症候群によって引き起こされてしまった辛い過去をひとつの「思い出」として心に置くことにより思春期症候群を否定することなく20歳になると共に大人へと成長するそんな瞬間を目の当たりにできた感覚がしてとても心を打たれた。
また美東と別れるシーンの電車の進む方向や咲太の帰る方向などでこれから向かう場所の指針を表した演出も粋で好きだったし、咲太のそばでそんな成長を自らで知覚させ決断させたのが「桜島麻衣」であったのも咲太がヒロインに寄り添ってきた時に感じてた、「じゃあ咲太には誰が寄り添ってあげられるのか」という疑問を今までずっと見せられた2人の関係性の行く末と共に同時に回収した瞬間だと感じとても良かった。
そして自分の望む将来の姿になることで物語に幕を下ろした。
自分は集大成としてはこれでいいのではないかと思った。とても良い作品をありがとうございました。
1期に続き素晴らしい作品
1期で積み上げてきたガッチャマンとしての肩書や組織性や国民からの信頼、1つになることで困難を乗り越えたラストの国民たちの展開などの要素を逆手にとって構成してきた印象。
インサイトでは特に『考えること』を常に重視していて、新ガッチャマンのつばさと新キャラ宇宙人のゲルサドラが注目されて話が進んでいったがはじめを筆頭に1期から登場したガッチャマンとつばさの明確な違いは「1度立ち止まって考える、衝動に駆られない自らの俯瞰。」己の中に掲げる理念を全うしようとするがあまり歯止めが利かなくなり結果取り返しのつかないところで事の重大さに気づく、そんな正義が及ぼす側面・盲目になっていく過程がとても鮮明にかつ選挙という形で描かれていてとてつもない説得力を持っていた。
ゲルという人の心を可視化することのできる能力でマジョリティの弾圧をしたり、くうさまによって同調圧力による拘束で国民を監視したりなど、心理誘導は行き過ぎると『洗脳』へと姿を変えその成れの果てが『恐怖政治』に収束するかつての人類社会と同じ結末を辿ろうとしていて、たとえ宇宙から来て能力があったとしても人間の心理の統制力の欠落で良くしようとした世界が改悪されていく様の皮肉が後半に特に効いてきてて美学にさらに磨きをかける要素としてとても秀逸だと感じた。
またそんなトップを決める国民サイドの描き方もとても残酷に描かれていて、「長いものに巻かれる」という日本人が昔から潜在的に持つ性質の理解がとても深く、衝動に駆られろくに考えもせず、周囲に合わせ、一面的な内容で批判する現代日本人の醜さが痛いほど伝わってきた。
また責任の擦り付け合いのシーンなどの醜さも秀逸だと感じていて、スマホ選挙にすることでその場で投票できる即決性にすることにより判断力を鈍らせ、さらには「ゲルにおまかせ」ボタン作りそれを国民にを思考停止で押させ責任転嫁を続けさせた結果あの事態を招いてしまった。優秀かつ自分たちの理想に近い人物が上に立った時人は思考することを抑えてしまい一任することで完全な思考放棄の像が確立されてしまう…それでも国民は考えた末皆この結論に辿り着いたという、思考することと放棄することの表裏一体性をとてもよく表現出来ていてとても胸を打たれた。
今回は序盤から理詰夢がヴィランサイドのキャラとして出ていて、赤いクラウズの処理から物語は始まるのだが抑止力として機能していた赤いクラウズが消え理詰夢が拘置所へ送られてから事態がますます悪化し理詰夢のもとに救援要請して助言を提示しながらも最後はシャバに出て協力してことの収集にあたるキャラクターの見せ方が個人的にとても好きだった。
次にはじめの人物像と立ち位置だが、インサイトになってより達観するような立場になっていてことのスピード感に思考を巡らせるスピードが付いていかなかったのだと思うが、他のガッチャマン達も同様はじめも思考を巡らせることは常に怠らず、つばさを筆頭にすべてに寄り添い続けていて1期で見た『ヒーロー』の像をより鮮明に感じ取ることが出来てよりはっきりとした形で。腑に落とすことが出来た。
またつばさのおじいちゃんもはじめ同様常に思考を止めず、衝動に駆られず冷静でいて、10話で現状起こっていることが戦争時の日本と同じことを告げつばさに思考を取り戻させるくだりやみんなの作り出している「同調圧力という名の空気」を吐き出すという伏線を1話から毎朝の深呼吸で暗に示していて陰のキーパーソンとしての役割を全う出来ていてとてもかっこよかった
最後に1期からの継続テーマである「ヒーローの所在」「正義の所在」についてもインサイトで深く触れられていたと感じていて、結論みんなの心の中に掲げる理念が起こす行動がそのまま正義でありそこに明確な善悪は存在しない、という描かれ方だったがそんな正義と正義のぶつかり合いをしたときに発生する火花が「悪」として今作で描かれていて正義があるうえで生まれる悪という存在の強調をされており、でもそんな正義が生んだ悪にも一概に悪だと断定するのではなく見方を変えることにより「転じて悪を生み出してしまった」と一面を見出すことによってそんな悪でさえも救いの手を差し伸べる「みんなのヒーローガッチャマン」としての落とし込みが完成していてそれがとても美しく1期からの提起の回収をしてくれてとても素晴らしかった。
1期同様人間の大衆統制や誘導の要素も踏襲しながらもインサイトでは『ふと立ち止まって考える』ことの大切さを常に問いてくれており、この令和という現代にこそ見てほしいと感じるそんな名作だった。
「組織の中にいる個人」という本筋をガッチャマンサイドと国民サイドの一見対比に見せ隠れた共通項を物語の進捗と共に魅せる描き方がとても上手く、
上が有能が故に部下たちは自らで思考する意識を薄れさせたり不足したコミュニケーション、肝心な場面で優柔不断になってしまうガッチャマンサイド。一方で上が無能であるが故に自らの役割や立場を振り返りできることを思考したり協力する国民サイド。
直接戦地に赴いて実働するガッチャマン(手帳)とSNSを用いて任意によって遠隔から操作し援助を行う国民(GALAX)など…そんな両陣営が平行線として進んでいた中ではじめという人物が2つの組織を手繰り寄せ併せる際に起こる摩擦をストーリーに組み込んで進めていて、構成の美しさをとても良く感じた。
またはじめという人物の見せ方がとても良く、楽しいことや苦しいことやたとえ道筋が決まっている事でさえもふと立ち止まって1度考え俯瞰する物事を多面的に見る視野と思考をとんでもマインドと同時に持っていて、清音との掛け合い(電車の席を譲るシーンや一時停止不注意の車のシーン)にさりげなく盛り込んでいた。またガッチャマンとして動く際に使え武器にもそれが使われていて、清音は斬新に豪快に一刀両断する「刀」。初めは同じ刃物でも繊細な使い方ができ、道具と併せれば継ぎ接ぐことのできる「ハサミ」を使っていて、それを後半に回収してくるこれもとても見事だった。そんなはじめに動かされ過去や停滞した現在から成長するキャラクターたちのクローズアップもとてもよく出来ていた。
また今作でヴィランとして扱われているカッツェのキャラクターもとても良く使われていて、自らが堂々とした悪として振る舞うのではなく人間の繊細な心の隙間に漬け込み「僅かに存在する反乱の意識を持つ人間」を増大させるきっかけの要因として位置していた。ストーリーにキャラを巻き込むのではなくキャラを動かすことでストーリーに変化をつけるそんな構成を作っているのは間違いなくカッツェという存在が緻密な計画と行動によりアクションを起こしている設定を作りこんでいるからだと感じる。
またこの行動がこの物語の中に撒き散らされていた『大衆統制・誘導』のこの作品が持つ美学を表に出すきっかけに繋がりガッチャマンと国民の組織内バランスを改めて考える要素にもなっていた。
例えば総理大臣を使った国民の統制を取るシーンなどは、ネット民が総理を叩く→総理が本音を撒く→本音を聞くことで総理に対して抱いていたフィルターが剥がれる→「すがやん」の愛称で壁が完全に撤去され上と下がひとつになる。のこの構造の構築があまりにも卓越していて、その前にガッチャマンの団員同士の団結シーンを入れることでより大きな組織である日本という国の統制を1人の人間の元でとっているというスケールを対比的に見せるシナリオもまた技ありであると感じた。
またそこから累がGALAXで呼びかけ国民を募り、集結した国民が自らゲームを催す形で立川に集結しガッチャマンと共に立ち向かうこのストーリー展開はここまでの踏襲と成長を現すシーンでとても胸が高なったし熱くなった。
またこの作品のサブテーマである「ヒーローや正義の所在」についても”これ”と言った明確な存在がある訳でなくみんながそれぞれ掲げる物を総称したものであり、そんなバラバラな理念を今作で「ガッチャマン」というひとつの焦点を作り人々をまとめる。ここまで要素を上手く使えていたと感じた。
初め平行線として表現した両陣営を繋ぐはじめという人物がラスト尻ポケットに手帳とスマホを同時に入れるシーンでヒーローとしての立ち位置にいたガッチャマンが国民達に認知、公認され地球外生命体とその一味達をも対等な我々として取り込むことで今までの一連の出来事をメタへと昇華するラストシーンもまさに完璧だった。
組織内の統制や大衆誘導、その中に生きる個人の扱い方や個人が持つべき理念や心理状態など。大衆統制の完成形態のようなアニメだった。
この令和の時代にこそ見るべき紛うことなき名作だった。
本好きの主人公(犬)と作家の共同生活を送る中で身の回りに起こる事件を追いながらコメディするアニメ
キャラクター特に主人公が犬で、メインヒロインの夏野霧姫に拾われるところから話は始まるのだが、出てくるヒロインがかなりの高確率でクレイジーで犬であることお構いなしにアクションしてくるので愛犬家などは特に視聴注意。
また自身がMである自覚のある人は井上麻里奈さんの声で罵ってくれるのでオススメかもしれない
このアニメではツンデレ的な属性が強いヒロインでツンよりも「ズンッッッ!」って感じには強く容赦がないのだが、たまに見せるほんの少しのデレの差し込み方が結構いい使い方だと感じた。あとなんやかんやで犬のことを大切にしてくれている。
それでもストーリーに関しては粗さが目立ったり、オチが弱かったり、個人的にキャラに魅力を見出せなかったのでこの評価に落ち着いた。
待ちに待った最終章第5話
前半は相変わらずの日常パートだったが、3年生にとって最後の大会であり、大雨による天候の不調など不穏な空気が漂いながらもシリアスと萌えのバランスを決して崩さない技量の高さ、あくまでも希望を持たせたまま本番へ移行する心情整理のスムーズさなどはさすが水島努監督と言いたい。
また後半の聖グロ戦ではCG技術の進化がよく見て取れ、引きからズームして行くにつれて装甲ハッチから顔を出しているキャラクターの絵がCGから手書きに変わる驚くほどの違和感の無さと自然な描き方。
物理法則をこれでもかと活用した戦車の動かし方やカメラワーク、一人称視点の見せ方などを戦車だけでなくキャラクターにも宛ててきて、コンテナを活用した地形戦やそのコンテナを弾く角度や砲弾を打つ戦車の位置の作り方など、あらゆる要素から感じる圧倒的迫力はあまりにも素晴らしすぎて興奮が止まらない所ではなかった。
また音響のこだわりもとても感じて、雨が屋根に落ちる音や土を踏む音、砲弾を発射する音や着弾する音など細かい部分までしっかりと入れてくれて、五感的快感が最高。
『萌え』と『燃え』のバランスを絶妙に調整し、この令和の時代の技術をふんだんに活用してきた最高の70分だった。
最終章6話とても楽しみにしています。ガルパンはいいぞ
様々な動物が共存する私立シートン学園を舞台にした物語
色んな種の生物や我々人間との異種族交流をメインで描いてるのだが、とにかくキャラクターが個性的でまたそれら同士の掛け合いがとても良く変なストレスの蓄積や不快感を持つキャラがおらず、物語のベースは萌え主体のコメディでそれを最後まで一貫して描き切ってくれてなおかつ1話から12話までそれがずっと安定してたのは製作陣の度量であると思っている。
また物語のオチや展開の広げ方も各々の持つ動物の特性や特技、弱点などにすべて繋げて展開してくれるため毎度おなじみの学園アニメの展開でもまた一味違った楽しみ方や見方が出来て楽しかった。あと玄田さんのナレーションで解説が入るのだが結構タメになる情報だった。
そんな動物の持つ個性を見せつつ後半では我々人間や絶滅種、またそれに該当しうる危惧種へのフォーカスも欠かさずにフィニッシュ
キャラの可愛さ、個性的さ、萌え、ストーリーの構成や広げ方、全てにおいて自分の好み超ど真ん中な作品でとても楽しかった。
冬から続き2クール目夏から放送となったこの作品、やはり名作だった
正直自分は6話すぎるくらいまで飽きや1クール目との差を感じてやまず、2クール目になって色々とダウンしていると思わざるを得なかったが、それとは裏腹に後半からは1クール目を取り戻したかのように3人のカップルそれぞれが受験に臨む思いやこれからの在り方についての深堀りとお互いに固める決意がとても鮮明にリアルに映し出されていた。
1クール目で谷と鈴木が付き合っているため、2クール目からはその周辺の西山、平東を焦点にあてて物語が進むのだが、
鈴谷をあくまでサブキャラに添えつつ西山、平東の関係の進展や個々人に抱えてるコンプレックスや思いの丈を垣間見る構図になっていて、西山平東それぞれの空気感や間合いや事情がある中でシリアスでありながらもラブコメの範疇を超えずに個人の成長を受験というライフステージと照らし合わせる形で演出するこの見せ方がとてもよかったと感じている。またこの切り替えとそれに対する臨機応変さは他の恋愛・ラブコメアニメとの完成度や見やすさとして大きな差だと感じている。
また恋愛面でもこの3組は属性も違えば好みも違うまさに正反対なペアになっていて、彼女側の抱く好意に対して彼氏側がアクションや心情の揺れを演出している描写が多く見受けられタイトル通りあくまでも視点は彼氏側にあるという一見したら彼女側からのアタックに見せかけて彼氏側のアプローチに注目した構図が一貫して取られていたのがまさにこのタイトル通りでありさすがであった。
また、髪の伸びた西やわずかに表情を変える東、男女の友達として、それ以上の関係としての適切な距離感など表面的な恋愛という状況にいるキャラたちを俯瞰して見てもとてもきれいな形に収まっていたと感じた。
それ故に1クール目メインだったキャラ、サブだったキャラの立ち位置が入れ替わってもキャラがちゃんと立っていてどのキャラにも愛着が湧けるようになっていたこれこそがこの作品の良さをちゃんと描けている何よりの証明であると感じている。
2クール目もとても面白かった。
人間とhIEと呼ばれる人工知能搭載人型AIとの関係性と在り方、未来の創造をテーマとしたSF
基本的にこの物語を動かしてるのはhIEの方でその動向を人間が後追いする形で進んでいくのだが、常に人間とモノとの関係性についての思考が張られていて一概に人間がモノを使うだけに収まらない構図についてのクローズアップがこの作品の持つ個性だと感じた。人間にしかできないもの、モノにしかできないものという区別がはっきりとつけられているからこのお互いの境界を設置して優劣をつけたがるそんな人類たちに対するアンチテーゼが良く効いていたと感じた。
この社会を発展させ未来へ繋ぐのは人類であるが、AIを発展させたがあまり未来を考える役割などを一任し委ねた結果、その空想を実行に移しているのはhIEの方が先であったという皮肉もまた面白い。現状をより良くしようとする人類と、未来にまで視野を向けているhIEの対比などもとても興味深い。
そしてこの作品に出てくる「アナログハック」という要素が個人的にとてもいい設定だと感じていて、見る側に意味を付随させ錯覚を覚えさせる仕組みが見た目や行動などといったところから付け込んでいきあたかも人間であるかのように見せる擬態が明かさせる瞬間の衝撃は前半の振りや所々に感じていた積み重ねた関係値(信頼)が恐怖に代わる瞬間であったのでとても揺さぶられた。またこのアナログハックは姿かたちを変えて我々の現代社会にも紛れているというメッセージ性も強く感じられ人類の繊細な『心情』を簡単に騙すそんな恐怖の概念だったと感じた。
またそんな信頼関係を築けるという振りがあったからからこそ機械(AI)がオーナーの命令によって行動を実行するこのシステムを逆手に取ってhIE側がオーナーを操るという行為に複雑な感情を抱くことになった。
そしてこのアニメではhIEやAIの発展した未来が舞台だが、そんなモノでも使い方によっては吉ともなるし凶ともなる、結局はそれを使う人の性能やモノとも向き合い方が1番重要であるというこのメッセージを序盤から「道具がくだらない意味しか持てないのは用途がくだらないから」という紅霞の発言を二重底のように設置していて、これをラストの共存の未来への発展の布石としていたのはとてもよかった。
放送当時とてつもない過密スケジュールの中24話最後まで走り切ってくれた製作陣には感謝でいっぱいです。(粗い映像の中でも世に出そうと必死に作った努力感じられました。)
粉うことなき傑作でした。
結局何がやりたかったのか色んな意味で腑に落ちないまま13話終了
電氣についてにことで深堀しつつ物語が進むのかと思いきや、兄からの目録についての争奪戦から始まりある回では媚薬のような機械を作ったり、ある回ではヘビメタをやって、ある回では婚約から逃げるために滋賀まで逃亡劇をやって…など結局話の本筋や本質がなんだったのかが全然伝わってこなかった。
また中身がおもんない他にも”京アニが手掛けている”これにも問題があり、今までのアニメでは見たことのない挑戦的なキャラのデフォルメや演出(全く面白くない)、小道具の使い方の甘さなど今までの京アニが誇ってきた作画の良さ、絵の良さなども薄れてしまうような印象を強く抱いた。
この作品において三添洋輔というキャラがやばくて、主人公喜八の兄である清六に対して恋愛感情に近いものを抱いていて、それ故に喜八とのBLともとれるような演出や雰囲気。空気感が流れるシーンがたびたびあって、正直自分はそのノリはいらないと思っていたが、最後には洋輔の愛が爆発してとんでもないことをやらかす12話までの行動のオチがあるのだがそのオチも個人的には少し引いた眼で見てしまったため良さとして還元されなかった。
ただ、単純な絵や作画の書き込みに関してはさすが京アニといったところでクオリティ自体はとても高かったと思う。結構ヴァイオレット・エヴァーガーデンを彷彿とさせる描写が多かったと感じた(水のシーンや何となくのストーリーの輪郭など)。
1クール目で起こった伏線や物語の回収ターンの2クール目
個人的に面白い回とそうでは無い回の差がとても激しかったと感じた。
良かったのは2、4、6話。良くなかったのは1、5、7、8話
まず全体的にキャラの出番を無理やり作ろうとしていたせいでそれぞれのキャラごとに話のムラが出来ていたと感じた。青い変なドラゴンについての軽い詳細も知りたかったし、何よりシャウラというキャラの魅力を完全に引き出せていなかったと感じた。これはシャウラ自身の深堀りもそうだし推し様についての詳細や手形の人物のチラ見せなど少しでもほしかった、そして最後の別れの際のスバルの脚本など、他の部分で作るシャウラという人物の輪郭という点でだいぶ落としてしまっていたと感じた。
また今回レムの出番が多少なりともあったが、2話で出てきたレムによる喝はAパート前半でのユリウスとのやり取りなどからあまりよく知らないレムに心を救われ動かされる説明になっていたし、記憶の回廊という設定を上手く使えていたなと感じたが、
7話でもう一回レムを出してきたあの回は正直あまり好みではなく今までリゼロの主柱として活きていたレムの像を完全に壊しに来ていたが、だからこそ逆にイメージを落としたからこそ最終回の復活は感動的になったとも思った。でもレムの出番ちょっと多かったかな…。
ただ、主人公のナツキスバルの動向などに対する見せ方は全体的によかったと感じている。
1期や2期などは反撃ターンの時でも「絶望」の見せ方や差し込み方がとても上手に感じていたし、そこにリゼロを感じさせてくれる要素が強かったが、ストーリーを補強するがあまりそこのらしさを見失っていたように感じた。
5期が出たらまたその時は見ます。
能という題材から哲学的な内容を含む掴みの序盤とそれを踏まえて能に対してキャラとの掛け合いも兼ねて深く切り込んでいく中盤、そして能の才能を掴み前半の鬼夜叉の心情を回収する終盤の3部構成として視聴したのだが、
人はなぜその形をしているのか、何故能を舞うのかという根本に対する疑問やしてき、サナギ的な状態の鬼夜叉に対して自らの舞いで魅せるよいとその末路…ここの疑問の提示とその回収、次への繋ぎなどがとても上手く出来ていたと感じた。
ただ中盤はその回収とストーリー進行に序盤程の魅力を感じられなかった。中盤ラストにある大きな動きのための伏線やためを作る回だと分かっていても少し退屈さを感じてしまった。
中盤ラストの展開から終盤、最終話にかけては多少持ち直した感じがした。
ただ、ストーリー的な面白さやクオリティはあったが、タイトルの「ワールド イズ ダンシング」の回収と落とし込みとしては少し弱かったと感じた。