私を「社会のカラクリ」上で利用価値しか考えない人は友達とは見なしません。私は友達というのが存在しない状況は続くでしょう。私が得るべき憲法上の人権及び諸自由、幸福追求権より「社会のカラクリ」を優先する人達に対して友好的である必要がないからです。
「あなたが憧れていたものの正体が、どういうものか理解すること。カラクリはバレてるので世界線次第で閉じた文化になる。愚かね」
もし、アメリカ人がアフリカが発展しないのが問題だとかアフリカの難民が困っているなどと綺麗事でなく真面目に発言していたら、「社会のカラクリ」をちゃんと教えて上げる必要があります。それでも言い続ける場合、精神疾患を発症しておかしなことを語ったりして心中などを企てる前に精神病院に連れて行ったほうが良いです。プロ意識のある大人というのはそうあるべきです。