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全体
とても良い
映像
とても良い
キャラクター
とても良い
ストーリー
とても良い
音楽
とても良い

直死の魔眼の開眼と式と織の「存在」を描いた今作

式の人格が二重人格よりもさらに強いつながりで存在しているそんな織を失うことで自身の『孤独』を認識し自覚する式。
失って初めて気づく自分自身の存在を眼を閉ざす包帯で見せ続けていた。
今回そんな式の隣に居続ける幹也の存在がとても大きく、ただ回復を待ち無駄な介入をしない(強制しない)こと。それは「半身を失った式」に対し行動を起こすのではなく「ただそこにいる式」を見て受け入れることで式とともに空いている幹也自身の心の穴を埋め式と外界を繋ぐ存在になっていると感じた。やはりこの男強い…。式にとって特別な存在としてあり続けている。

また今回式と織の対比に関して、直死の魔眼の能力『万物の死を視認することができる』この力を死に瀕し接触することで獲得しており、半身を失ったことにより空になった心から死へ片寄る式とかつてもうひとりの自分として人格を隔てている今はもうなきもうひとりよ織。この両名とも状態としては「死」というフィールドに立っており死の世界にすらも式と織によって引かれた境界が存在する死に対する視点の奥深さ。
死という存在、一見統一された概念として認識されるこれにさえもこの作品では捉え方そのものを変えているという哲学はとても興味深く面白い。

「伽藍の洞」というタイトルも飾られた外見とは裏腹に中身が空っぽで何もない様子を表しており、式自身がそれを受け入れ自らの失ったものを抱えたまま式としてあり続ける、一方で空っぽであることは同時にこれからその空洞に何かで埋め、何かを受け入れるそんな美学が詰め込まれた素晴らしい作品だと感じた。



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