人間の記憶や認識をテーマに描いた今作
まず鮮花の人間性や本心を周辺人物と比較して露呈される内面のクローズアップが根幹に物語られていて、特に兄の幹也との関係。
鮮花は幹也に強い愛情を向けていて“自分を見てほしい”という感情が全面に押し出されている。一方で「恋敵」である式に対しては兄の幹也を横から奪っていく存在として嫉妬の対象にしているのだが、彼女は燈子に弟子入りして魔術を学ぶほどの向上心を持っており真面目に学ぶ姿勢を取り繕ってはいるものの、本心は幹也に認められたいという願望があり純粋な正義感や向上心に収まらないこの矛盾ともとれる複雑な心情の共存の描き方がとても絶妙でそんな心情描写を引き出すきっかけが式との会話というのも何とも面白いと感じた。
まさに「合理的にあらず矛盾した感情こそがむしろ人間本来の魅力」とでもいうのだろうか。
また幹也は空の境界という作品において「普通の人間」という存在だからこそ式を筆頭に藤乃や霧絵などの存在の認識やストーリーの奥深さを高めているキーマンとしてあるのだが、今回でもその『普通』の存在である幹也の価値が発揮されており鮮花は幼い時から特別なものや禁忌に近しい存在に魅力を感じていたが、普通である幹也が特別なものを特別であると認識し特別な価値を見出す。幹也にとっての普通が鮮花から見て特別なものに見えたからこそ幹也を「特別」な存在として確立しているこの普通であることの尊さを感じられた。
またタイトルにもなっている『忘却録音』の意味について、それぞれ
「忘却」→一度覚えた情報や経験を忘れ、思い出せなくなる状態
「録音」→記録媒体やデータとして保存すること
と定義されており、人間が忘れてしまった記憶や経験があってもその出来事自体はなくなったことにはならず、そこに確かに存在していた。これらは式によく当てはめることができ、記憶が無くなった現状でも今を形作っているものは過去の自身の経験からなり、妖精という存在が当時の人たちのリアルな感情や心情の具現化であると考えるととても美しいものであると感じられ、これは5章の矛盾螺旋との対比にもつながっていると感じた。
ただ、玄霧皐月にまつわる周辺のエピソードなどが劇場版でははっきりと描かれておらず、また鮮花の妖精を認識しながら戦う美沙夜とのバウトなど説明不足が否めない部分が多々見受けられるため、以降は原作を読むばかりとなっているらしい…。
いや、ここまで出来たんだから描けよ。