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全体
とても良い
映像
とても良い
キャラクター
とても良い
ストーリー
とても良い
音楽
とても良い

共同幻想としての「実力主義」。アニメ3期において、黒江真由が最後のソリストに選ばれたことで、久美子は高坂麗奈の隣に立つ道を断たれた。しかし、己の信じる正義に殉じる選択をしたことで物語は完成し、それは黄前久美子という人間の成長へと結実した。とはいえ、それは「全国大会金賞」という結果があってこそ正当化できる理屈でもある。もしこの結果が得られなかったとしたら、彼女は本当に救われたのだろうか。真由の言う「ハッピーエンド」を否定し切る理由になり得ただろうか。本作で最も印象に残ったのは、「私は、何かを残せただろうか?」という久美子の問いかけだ。そして、彼女が残したもの、彼女自身を救ったものとは、金賞という結果ではなく、「久石奏」という存在だった。それは、かつて田中あすかと黄前久美子が結んだ関係性の再現でもある。吹奏楽部の指導を「賽の河原で石を積むようなもの」と吐露した滝先生に対し、亡き妻が返した「石じゃないよ、人だよ」という言葉。この物語の本質は、まさにそこにある。本作の真の主題は「紡ぐ」ことだ。原作の描写を安易に補完するのではなく、むしろ徹底した引き算によってその主題を際立たせ、物語を着地させた。その構成美は、見事というほかない。「実力主義」や「全国大会金賞」という結果に囚われ続けた彼女が、最後に遺したもの。それは目に見える成果ではなく、誰かへと受け継がれていく自らの在り方そのものだった。そしてそれは、京都アニメーションの誓いであり、あの日から続いている。



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