サービス開始日: 2024-10-05 (713日目)
共同幻想としての「実力主義」。アニメ3期において、黒江真由が最後のソリストに選ばれたことで、久美子は高坂麗奈の隣に立つ道を断たれた。しかし、己の信じる正義に殉じる選択をしたことで物語は完成し、それは黄前久美子という人間の成長へと結実した。とはいえ、それは「全国大会金賞」という結果があってこそ正当化できる理屈でもある。もしこの結果が得られなかったとしたら、彼女は本当に救われたのだろうか。真由の言う「ハッピーエンド」を否定し切る理由になり得ただろうか。本作で最も印象に残ったのは、「私は、何かを残せただろうか?」という久美子の問いかけだ。そして、彼女が残したもの、彼女自身を救ったものとは、金賞という結果ではなく、「久石奏」という存在だった。それは、かつて田中あすかと黄前久美子が結んだ関係性の再現でもある。吹奏楽部の指導を「賽の河原で石を積むようなもの」と吐露した滝先生に対し、亡き妻が返した「石じゃないよ、人だよ」という言葉。この物語の本質は、まさにそこにある。本作の真の主題は「紡ぐ」ことだ。原作の描写を安易に補完するのではなく、むしろ徹底した引き算によってその主題を際立たせ、物語を着地させた。その構成美は、見事というほかない。「実力主義」や「全国大会金賞」という結果に囚われ続けた彼女が、最後に遺したもの。それは目に見える成果ではなく、誰かへと受け継がれていく自らの在り方そのものだった。そしてそれは、京都アニメーションの誓いであり、あの日から続いている。
稲子母は煤煙病で亡くなったのか… 電氣の時代で京都の空を晴らすというダブルミーニングはとても良いと思うが、視聴者の大半には伝わらないだろうし、ホモ先行すぎてなぁ。。┌(┌^o^)┐ホモォ…
グレイス様……。かつて人魚の世界で目にした絵のように、他者を慈しむ天使など知る由もなかった彼女にとって、金魚として息絶える寸前に十字架をかけてくれた茉里の救済は、文字通り天使の光だった。だからこそ、茉里にララの未来を託したグレイスの遺志が、あまりにも深く胸に沁みる。。。
歴史物がそれほど得意ではないという前提を差し引いても、見応えのある作品だった。とはいえ構成には粗も目立つ。凄惨なプロローグからファーティマの復讐譚が幕を開けるかと思いきや展開は停滞し、ドレゲネのエピソードでW主人公体制を提示されたかと思えば、最後はボラクチン主導のまま「俺たちの戦いはこれからだ」で幕を閉じてしまう。肝心のファーティマも状況に無理やり置かれている感があり、強い復讐心というよりは賢そうにその場にいただけという印象が拭えなかった。軽妙すぎる演出も作品の重厚さを削いでいる。最終話にしてようやく全体の構図が判明し、次への期待感は生まれた。しかし原作ストックの都合上、続編は当分先だろうし、史実を脚色しながら着地点を見出せるのかも不安が残る。序盤時点で描き切れたら名作と感じたポテンシャルは健在だが、1期終了時点ではまだ可能性を秘めた佳作の域を出ない。
コミカルな演出にはまだ違和感が残るものの、着地は綺麗だった。復讐対象であるはずのモンゴル帝国(オゴタイ/ボラクチン)が全体を豊かにする政を目指すのに対し、復讐心に囚われるファーティマ/ドレゲネ側、という構図の皮肉さが面白い。さらにジョーカーであるソルコクタニ・ベキの存在も相まって、3勢力の権謀術数が交錯する今後の展開に期待したくなる。いわゆる「俺たたエンド」ではあるが。。
高度過ぎる総集編… 結局ルイはスバルの記憶を食う前に分裂して、片側はスバルに寄生。寄生されたスバル(ルイは操ってない?)が死に戻り何回もするし、おまけに死者の書を全部読むという苦痛極まりない体験を繰り返した挙句にルイが精神崩壊したってこと? それで記憶戻した完全体スバルが再び攻略へ。エミリアたんエンド。凄いわ
最後のライブ(特に「愛は衝動」)を終点とした場合に物語を作るのであれば、もっとやりようはあっただろうと思う。映像も、作品を通して好き嫌いはさておき、崩れることなく安定していたので、なおさらもっとできたのではないかと感じてしまった。序盤からビオラをヴィランとして据え、マイムジ構文をなぞることでカタルシスを得る方法を踏襲したのかと思ったら、それすらも不完全燃焼に終わってしまった。ビオラは仲町あられという存在の「影」として置きたかったのだろうが、その陰影を際立たせるような話にはなっておらず、結果として何がしたかったのか、よく分からない。これなら初期のバンドリのように往年の王道バンド路線でよかったのではないか。あるいは、仲町あられにもっと焦点を当て、再起の物語として描けばよかったのではないか……など、さまざまなもどかしさを感じる。どうしてこうなった……。
老デウス解禁… まぁ何も言えないが、ここからが無職転生。色々と端折ってる部分あったり、老デウスの初っ端のインパクトをもうちょい強くして欲しかったとか要望はあるものの、ここまで描いてくれていることに対して感謝するしかない。次回の描き方が個人的にすごく気になるところ。
清六に人生狂わされすぎだろ全員… 規子さんの気持ちの落とし所は不明だったのでそこは今ひとつだけど、全体的に狂った感じは変わらず面白いのと爆速で喜八と稲子が仲直りしたのは良い。あと2〜3話で落とし込めるのか謎なところだけど洋輔が手に入れた半導体?CPU?がどうエフェクトするか。まだ1㍉くらいポテンシャルは残したままなので続きは気になりますね
巧みすぎる……。開幕からオシリスの天空竜+小学生という飛び道具をぶっ込んできているのに、少女マンガラブコメの文法をしっかり守っている。どういうことなんだこれは? 真夏・ライリーという癖の権化みたいな存在が黒江を支える構図が成立していて、芸能人設定もきっちり活かしてくる。そして締めくくりもオシリスの天空竜引き。バランス感覚が狂っているようで整っている、謎のアニメだ……。
童話の人魚姫に急速に回帰してきたな。ローワン仮説と合わせると茉里を思ってララが死を選ぶことになる(タイトル通りで、さよならララ)が、流石にその結末になることはないだろう。やはり本当の愛ってのがファジーだし、アガペーの様なものを考えた場合でも結末の魅せ方で振れ幅は相当に大きい。ローワンの人間に対する穿った見方であったり、ララ母の過去、魔女の思想、そして茉里の在り方でどう仕上げてくるか非常に楽しみ。
う〜〜〜ん… ボラクチンの犯行は観てれば分かるが、その立場の人が自分で人体実験するの?というのが第一の疑問。オゴタイを瀕死にさせて、トルイを身代わりにするのが正史のトルイの死に方を参考に弄ったのかもしれないけど、ハイリスク・ハイリターン過ぎないか。普通にトルイ勢力がヤバいなら酒にでも混ぜて暗殺すればいいのに(オゴタイの立場を強化したいからハイリスクを選んだのは分かるけども)。ソルコクタニとファーティマも今ひとつ分からん… 不器用な石というタイトルがダブルミーニングなのかもしれないけど。。ドレゲネ救って俺たたエンドだと結局はファーティマ何したかったの?となるのでもったいない感が。とても期待値が高く厳し目に観てる部分はあるけど
前回分からなかったがサテラも障害か。それにしてもリゼロにしか出来ない面白さが凝縮した回だな… EDの入り方といい最高峰に近い
都子をここまで引っ張る理由がわからん… どんだけ尺使ってるのよ…。そして都子の精神性というか、自分の創作の為に満たされるビオラではなくみゅーたいぷを選ぶっていうどこまでも自己中心的な結論はシンプルに残念だな。嫌い。狂った演出とかは良いのよ。バチクソ滑ってるけど。だけどバンドとしては私はこいつらと一生一緒にやりたいっていうのは大事じゃないですか?(高松燈)。そしてビオラ。開示請求で終わりとは思えないけど、このキャラはなんだったの?いや開示請求とか、無視を決め込んで風化させるっていうのはある意味で現代的な風刺かもしれないけど、アニメでやる必用あるのか疑問。次回は最終回。全て丸く収まるような回答は一切期待できないが、仲町あられが救ってきてくれることを信じたい… 頼むぞ、あられちゃん…
ダイジェスト感はあったもののポイントを抑えてて非常に良い戦闘回。ウッキウキのペルギウスの龍門召喚も映像で観ると良い。一見するとただのアホにみえるアトーフェ(アホ)も人間関係で言うと確かに重要人物よね。そして次回は不穏な、、、
う〜〜〜ん……。分かりやすくて手堅いという意味では、作品全体の導線作りは上手いと思うんだけど、行動原理への納得感があまり伴っていなくて、どうにもエモーショナルになれないんだよなぁ。良いと言えば良いんだけど、いろんな部分で妥協してない?と思ってしまって、作った人たちにちょっと問いかけたくなるような……。
考察する気すら失せるほど、何がやりたいのか全く分からない作品だった。一言で言えば、引き算のできていない悪趣味な足し算。ひたすらカロリーの高い難解な美術を並べただけで、ストーリーには何のひねりもない。これまで積み上げてきたものを台無しにした元凶は、間違いなく劇団イヌカレーだろう。これが芸術だと言われたら理解できず申し訳ありませんとしか言いようがないが、観客に見せる意識を欠いた自己満足と商業主義に走るとここまで落ちぶれるのかと、コンテンツの死をリアルタイムで観測した気分だ。