サービス開始日: 2023-05-13 (543日目)
宮﨑駿監督の才能が爆発した作品だと思う。宮﨑駿の脳内にある情景ややりたい表現・メタファーをやり散らかしただけの映画に過ぎない。まとまりはない。客観的に分析していくと、とても映画として成立しそうにない…が、実際に見ると惹き込まれて夢中で見続けてしまうという、宮﨑駿監督にしかできないアニメ映画だ。
そんなことが可能な理由は、人物描写をはじめとした細部が極めて細かく描きこまれているからだろう。ファンタジーを圧倒的な説得力を持ったアニメ映像にしてしまう、その魔法だ。
宮﨑駿監督らしい映画とは、こういった「支離滅裂をアニメーションで束ね上げた」映画だと思う。
個人的な日常アニメ論になるが、日常アニメというのは「中身がない」のが特徴だと思う。ストーリーに特別起伏はない。世界観が壮大でもない。現実世界や実写で実現・再現可能なもの。それが日常アニメのベースである。では、何が人を惹きつけるのか。
それは、中身を徹底的に抜いたベースにひとつまみ入っている「プラスアルファの魅力」だ。
例えば「ゆるキャン△」ならそれはキャンプ趣味のリアルな(体の)描写だし、「ご注文はうさぎですか?」ならキャラ萌えだろう。日常の尊さ云々ではなく、描くものを絞った引き算の美学が、オタクアニメという土壌で花開いた、それが日常アニメだ。
ではこの「お兄ちゃんはおしまい!」における「プラスアルファの魅力」とは何だろうか。1話見れば分かる。そう、アニメーションなのだ。
「映像を見る楽しさ」を「プラスアルファの魅力」として持ってきた点に、この作品の真価があると思う。
実際、見てて飽きない。映像が退屈しないよう作られているからだ。
宮﨑駿監督の自伝的映画。つまりストーリーは今まで以上に支離滅裂である。あのガラスのドームが零戦の風防だとひと目で分かる人がどれだけいただろうか。そんな映画に「君たちはどう生きるか」と銘打つのが、エゴが感じられて良い。
「風立ちぬ」が特別だっただけで、「千と千尋の神隠し」以降の宮﨑駿作品に一貫した大筋なんてものはほとんどなく、彼の脳内にある情景を映像にしまくっただけ、という構成のものしかない。その中でこの「君たちはどう生きるか」の映像こそ、宮﨑駿の脳内に最も近いという位置づけとなる。したがってこの映画に過去の宮﨑作品群のデジャヴのようなシーンが多かったのは気のせいではない。告示シーンをリストアップするのもまた、宮﨑駿ファンにとっては楽しい作業となるだろう。
映像は素晴らしかった。特に序盤の火災シーンは、ああいった状況で景色がどう見えるのかを非常によく描き出しており、他アニメでは見られない。宮﨑駿というアニメーター出身の監督には「感覚の映像化」という才能がずば抜けている。