闇になろうと己を壊した迅火を満たすものを問い直した時、ようやく彼はたまの傍へ帰れたように思えるとても良いエピソード
千夜は己に住まう闇や彼を大切に想う者達との繋がりにより己を満たして高みまで辿り着いた。それは千夜が人として在りたい姿の最終形。多くと共に在る者と確立された彼は千本妖狐と渡り合える
なら、そんな境地に辿り着いた千夜と渡り合う迅火は何により己を満たしたのかと改めて考えてしまう
迅火はたまと共に過ごせる闇になる為に人を捨てようとした。その果てに人どころか己を葬り捨てる羽目になった。それはどう見ても願いを成就した姿とは言えない。迅火の心象風景に描かれたようにそのような在り方は寂しいもの
だから迅火を迎えに行った真介達が彼に投げ掛けるべきは言葉ではなく温かさになるのかもしれない
どんな言葉を拳も拒絶の壁を通りはしない。でも、彼は自らの意志で温かみに向けて動き出す事は出来る
ならば彼と向き合えたたまが彼に授けるべきも、やはり温かみとなるのだろうね。
よくよく考えれば、たまが授ける温かみは迅火が闇を目指さなくても元より持ち合わせていたもの。加えて嫌いだった筈の人間の中で好きな人間も見出せた。それは紛れもなく彼を満たす温かさ
そうした極みとして愛へと回帰し、彼はようやくにして暗黒の世界から抜け出せたのだと思えたよ
最後の最後に大暴れした迅火の力、虚無という彼が迷い込んだ有り様を端的に表す力に対して、千夜が虚無を満たす選択をするのは良かった
多くと共に有る者として千夜が辿り着いた境地。今の千夜に満たせぬ器はないし、愛を知った迅火も同じように虚無を満たす在り方を備えていると判る
次回は遂に最終回。水上悟志作品の真髄は戦いが終わった後の日常風景にこそあると思っているだけに、それをどのように演出してくれるのか、とても楽しみですよ