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毎クール4~10本程度のアニメを視聴。見たアニメの感想は出来るだけ書いていきたいけれど、5分枠の作品とかはあまり書かないかも

サービス開始日: 2016-03-14 (3849日目)

視聴状況

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とても良い

時行の京での経験が早くも形を結び始める様子が描かれたね
京へ送った頼重をしても想定以上な時行の経験はそのまま時行の成長度合いを示すものに
鎌倉の攻め方、通常なら成功率の高そうな道を選ぶもの。けど、ここで時行は鎌倉を滅ぼした敵方の逸話を参考とするね。敵がそのような手法で勝ったなら己とて。また鎌倉攻略を一時の戦いとせず、天下へ号する一歩目と考えている様子も伺える
ならばこそ、託す頼重も簡単な道だけを時行に任せず、簡単には行かないが長期的な成功を目指す上で求められる功績を得られる瘴奸の討伐を任せる事にしたのか

ただ、この方針って言ってみれば、リスクを増やしてハイリターンを望むようなもので
正体を明かせば大きな忠心を得られそうな鎌倉党に対して、安易な正体明かしはご法度となり、瘴奸討伐後という現時点では成功するか判らない功績後に託す事になる
兵力不足という戦を起こす上では軽視できない要素が目の前に在っても、戦闘回避は選べず、策により兵力を補う方針が採られる
但し、繰り返しになるが、このハイリスクを乗り越えられれば時行は大きな力を得られるわけだ。そしてリスクを越えるには京で得た経験、遡って自らの人生経験が役に立つと。……その思い出が変態ばっかりなのは可哀想だけど(笑)

再登場した最悪な敵・瘴奸、どうにも極悪人のイメージが強かったけど、貞宗に召し抱えられる前後で心構えが変わったんだっけ。上司に与えられる褒美に多くを望まず、幼女と和やかに話す様子は過去の彼と繋がらぬもの
だからといって彼の経験が無かった事にはならず…。地獄に在る仏・時行に救いを見て、貞宗によって生き方を変えたから、彼は過去の行いに吐き気を覚えずにいられないのか……。あのシーンはマジでビビったよ……
地獄から救済されたのに過去の経験は消されず。仏に救われたから、救った仏を殺さねばならぬ。そうしなければ過去からの脱却は望めない
時行と瘴奸の激突は2度目の対決という意味に留まらぬ、過去を超越する者となりそうな予感がするよ…



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ミミは戦場で必要とされなぜ早くから本気を出さないのかという不満が出る程の強者、シーナは必要とされる力を持たず誰にも望まれない程の弱者。居る場所が全く異なる二人が互いを必要とするようになったのは近付いたから。シーナは包容力によって、ミミは無邪気さによって
より近付く為に、シーナが戦争に携われる自分に成ろうとしたり、ミミが戦場での傷を隠す知恵を発揮すれば、諍いや衝突が生じてしまうのは当然で
そこでかつて様々な衝突をしたアリとセイランの逸話がミミに授けられたのは印象的だったかも

ルームメイトのいない部屋に佇むアリの姿は独りに見える、セイランの物も片付けようとする。けど、アリは過ごした思い出をこそセイランの実在の証拠、今もセイランを大切にする根拠としているね
ミミの立場はアリと異なるが、今を生きているシーナを大切にする事はできる
同様にシーナもミミを大切に出来る筈。自分を大事にしないやり方で戦場を駆けるミミをシーナは許容できない。けど、他の教師や先生は戦場でそうしたミミをこそ必要とする。不死身であっても怪我をするし血も流すと知るシーナだから最もミミを大切に出来る
……だとしても戦場へ立ち入ってしまうなんて想像もしなかったけど

限定的とはいえ、戦場へ立ち入ったシーナはミミの世界を垣間見た形
一旦は同じ景色を見た二人は落ち着いて話が出来る。但し、シーナが目指したいのはミミのように戦う事でも、ミミが目指したいのは孤独になりたいわけでもない
近付きすぎた二人は対話を行い、互いに何を相手にしてあげたいか、何をして貰いたいかを話し合う事によって、ようやく喧嘩は終わったようで
その後の何もしない筈がイチゴジャム作りに精を出しちゃった穏やかな様子は微笑ましいね。叶うならそうした穏やかさがいつまでも続いて欲しいものだけど、それが出来ない点こそが二人の関係に纏わりつく問題なんだよね…



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こう終わるのか…と驚きつつ、同時にこの作品の感想を全て言語化するなんて無理だなと実感させられる
ララは一族を助ける使命として”本当の愛”の先にある光を求めた。しかし、途中から光を取り戻すには憎しみの相手を殺す必要が生じた。愛であろうと憎しみであろうと一人に向けるもの。一人と多数をララは天秤に置く事になったが、茉里を好ましいと感じていたララは彼女と一族を引き換えになんて出来ない。また、この運命はララの命も懸かっている
”本当の愛”とやらは一族の命や愛する者の命、そして自分の命と釣り合いの取れる重さなのかという点がララに問われたのかな…

どう進展するにせよ、ララと茉里の関係が鍵になる。リサが茉里を向かわせるのは正しい。けど、彼女はそこで忠告に似た何かをしてしまうね
リサにとって茉里は憎むべき人間の一人なのに彼女の不足を教えてしまう。そこには人間社会で悲惨な目に遭った彼女ですら人間に憎しみ一色だけを向けられない何かが見える
なら、同様にララが光を手にする上で求める感情も一色とはなり得ないわけで
茉里との会話は象徴的でありながら対立的。自分達は異なるから憎しみ合うしかないと言うララに対し、茉里は違うから独りじゃないと訴える、愛せると説く

何が憎しみの刃となったかは判然としない。ただ、「愛する為に生まれて来た」は1話のグレイスの言葉を彷彿とさせるね。あの時もララは自身を大馬鹿者と称していたが、その理由は父の言い付けに背いたからだった
父の言い付けに従い茉里を害した今、目の前には望んだ光がある。けど、ララは自分を定義する諸々を否定する、地上に来た運命の否定すら否定する
そうして彼女が見出したのは馬鹿な自分の肯定と否定、愛する者が存在する肯定、そしてまさかの”本当の愛”の否定か……

ララが手にした光はプリンセスの光とは異なるもの。しかし、一族を癒す事はできる
愛一つで急激に全てを救うのではなく、少しずつ時間を掛けての和解。それは相互理解であり相互肯定か
ルカが描いたララの絵に尾鰭はなく、変わりに人の脚。ルカにとって最も美しいララの姿は人間の姿に行き着いたという事だろうか?それは同時にララが人魚で無くなった点を明確にする。ルカとの別れは人魚との別れであり、”本当の愛”を求めて彼を求める必要もなくなった事の象徴か

ララはまさかの滋賀や茉里の家を出ていくようで。”新しい光”とは地上の世界でまだ見ぬ場所だろうか?
茉里が居る世界であっても、茉里の近くではない。それは茉里に寂しさを覚えさせるけど、きっと彼女もララとの出会いを通して愛を得た、別れを寂しいだけで終わらせない何かを知った
ララの脚は人間というには傷だらけ。しかし、それがララであり、同時にララが愛した全てを象徴している。”本当の愛”を拒んだ彼女は誰か一人ではなく全てを愛するように世界へと旅立った
ラストの暗転、タイトルになっている言葉が聞こえてくるようでしたよ…
いや、本当に全てを言葉で解釈できたとは思えないけど、何か凄い作品を見てしまったという感覚がありますよ…



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良い

いわばルディのバッドルートが容赦なく描かれた回。サブタイトルは『日記』だけれど、モノローグや現在のルディによるコメントが差し込まれない為に、老ルディの記憶というより、ルディが何かを踏み外せば辿ってしまう物語を見せられている気になってしまう
彼の体験にはどうにも出来なかったもの、少し気を遣えれば回避できたものが乱雑に含まれる。しかし、そうした後悔なんて後になってから気付くもの。その意味では人生にやり直しも取返しが付くものもなく、過ぎ去る選択の日々を阿呆面で見過ごすのみ、という感覚を抱いてしまうね……

人生が崩れ出す一歩目であるロキシーの死はほぼ回避不能、救済方法入手の中でクリフが犠牲となるのも難しい。研究の行き詰まりにより死を選ぶナナホシも同様
けれど、シルフィやリーリャ含む家族、そしてエリスについては彼の弱さが招いた事象とも取れる
今話はバッドルートであるけれど、現在のルディが老ルディの日記を読み観測している物語でもある。ロキシーの悲劇を回避できた以上、彼と同じ人生はほぼ生じないため、参考になる部分は多くない
しかし、取り返しが付かない人生を「もっとちゃんと出来なかったか?」と悔いる気持ちは我が物と出来る
老ルディはルディであってルディではない、これから向き合わなければならない人生はそのようにしなければならないと、そう覚悟を持たされる話に思えたよ



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一連の騒動はアキオの逃亡という形で一応の蹴りは付いた。けれど、全てが納得行く形ではないから後悔も謝罪もあるし、悶着も生じると
ヒカルの抗議はもしかしたら正論かも知れないけれど、事態に何の関与もしなかった彼に「こうしていれば」なんて正論を述べる資格なんて本当は無いよなぁ
だからガブは許す許さないの基準を語れる。逆に、否応なしに事態に関わらざるを得ないアサは皆を巻き込んでしまう罪に苛まれる。けど、そこにこそ癒しの正論を述べてくれるガブの存在は有難いね
誰も彼も嫌な現実で嫌な想いをする。だからこそ、護りたい者を護る為に抗うしか無いわけだ

ユルもアサも幼い頃から嫌な現実に嫌な想いをこれでもかとされてきた。でも、今はそうした経験を”嫌な夢”と形容できるくらいの経験も積んだし、周囲の人達に支えられても居る
嫌な現実はそうして乗り越えられるかもしれない
他にも方法はあるね。現実は否応なく際限無く訪れてこちらを当惑させる。その度に心乱していたら想いは潰れてしまう。「慣れた」というアザミの言は擦り切れてる感が無くはないが、喪失に泣き腫らしていた表情が明るくなる原動力となったなら良かったのかな
…デラは直ぐ様に競馬で養育費を稼ぐのは非現実的だと悟って下さい(笑)

嫌な現実全てから逃れられれば楽だろうけど、結局嫌な現実は向こうからやって来る。どう対処するか迫られる。デラは欠席、ハナは風見鶏的スタンスを選んだのは年の功を感じさせる
しかし、山賊連中ですら自覚していなかったのは自分達とて嫌な現実に迫られている側だった点か。また、ゴンゾウも迫りくる嫌な現実の正体を察しつつ確信は得られずに居る。それは現実のものとなるなんて想像もしたくないからか?
さておき、「ここで終わるの!?」と吃驚させられる終わり方だったけど、どうやら無事に第二期制作が発表されたようで。謎が謎を呼ぶ展開の答え合わせをさせて貰いたいものですよ



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とても良い

時行達が京へ来た目的は一時的な避難であり京の学びであり。尊氏暗殺絶好の機会とはいえ、予定に無かった行いをしようと思えば、まずその判断が正しいかと詰め直す必要がある。二通りの意見が出てくるなんて良い郎党達ですよ
ただ、時行としては絶対に殺したいというより、聞きたい事があるとの理由で暗殺決行か。時行にとってはいつの間にか対尊氏の行動も学びの一貫となったようで
なら、公宗が暗殺失敗を悟られながら、逃げもせず責任を全うする姿を目撃できたのも一つの学びと言えるのかな

鎌倉以来の尊氏との対面はあまりに意外過ぎる展開に…
これまでも尊氏の尋常ならざる面が強調されてきたけど、今回のは鳥肌レベルだったな…。時行にとっては鎌倉や一族を滅ぼした不俱戴天の仇、なのに尊氏は時行の顔を覚えていないどころか鎌倉滅亡すら何となくやったかのような口振り…。幼い頃の時行は自分を見つけてくれる尊氏を平素から信頼していた。だから裏切られた時のショックが大きかった。時行の人生は狂ってしまった
なのに尊氏はまるでそこには何の価値も無いかのように……。その上で自分を殺そうとするなら殺さねばという確固たる信念だけは有している。歪んでいる

後に狐次郎は「俺達の年じゃ負けて当然」と皆を励ます。確かにその通り。今回の暗殺だって偶然知った情報が基だし、正成の助けが無ければ皆生きて帰れたかは怪しい。その助けだって一度きりの情けによるもの
時行は倒すべき相手達と同じ土俵にすら立てていなかった小さな子供
けど、子供だからこそ彼らは学ぶ機会も必要もあると。今回の京見学は時行達に信濃に居たままでは知りようもない様々を見せてくれた、尊氏の恐ろしさに直面出来た
尊氏を倒せる確信が得られたわけではない。それでも何も知らなかった時よりは勝率が上がったのではないか、そう思える悔しさを含んだ内容でしたよ



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良い


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全体
とても良い
映像
とても良い
キャラクター
とても良い
ストーリー
とても良い
音楽
とても良い

前編で随分豪快にエピソードを消化したな、なんて思ってしまったものだけど、こうして後編を鑑賞すると、前編と後編で役割を分担していたのだなと思える
前編はいわば部の経営、新人部長・久美子が先輩達の遣り方を始めは踏襲しつつ、立ち行かなくなった時に自分なりの遣り方を模索して、更に全国金賞を採る為に強豪の遣り方を導入して波乱が起き…
全国行きが決まった後の後編は様々な自我が入り混じる話となったような

全国出場という輝かしい成績を掴んだ久美子が部活動とは別枠で直面するのは己の進路。部活で忙しいからと後回しにできても、部活に関わりなく訪れる締め切りに彼女は辟易するしかない
但し、親友の麗奈は部活動の先にあるものとして音大を目指しているし、久美子にも目指して欲しいと考える。何故なら麗奈の自我にとって久美子は分かち難い存在だから
その点は久美子も同じ筈なのに音大がしっくり来ないのは彼女の自我が麗奈だけで構築されている訳ではない点を示唆しているね

こうした傾向は真由との対話においても垣間見られるかな
真由は全国大会を前にしても重ねて久美子に「自分がソロを吹いてもいいのか、辞退しようか?」と投げ掛ける。この問いに対して、実は久美子は正しく向き合えていなかった点が見えてくる構成は秀逸
部長としての久美子は真由に実力主義を求め、辞退する必要なんて無いと断り続ける。でも真由が見ている久美子の本心(自我)は別に在る。仲の良い麗奈と共にソロを吹くと決意を持ち話す様子を見て、久美子はどうしてもソロを吹きたいのだと捉えている。部長である久美子を押し退ければ部にとって宜しくないと考えるから真由は久美子に促し続ける。でも、久美子は己の恐怖心に気付かぬままでいたいから真由の前でそうした自我は出さない。部長としての自我で応対し続ける
そうした擦れ違いが余計に二人を拗らせる

擦れ違いが解消へと向かうのは久美子が真由の中に自身に繋がる自我を見出した為か
自分がかつてオーディションで選ばれた事で人間関係にショックが起きたように、真由もそうしたショッキングな経験から避けようとしているのだと察した。同時に彼女は全国大会金賞に向けて手を抜けない人物とも判る。その2点は久美子と共通する自我、真由は異星からやって来た宇宙人などではなく等身大のユーフォニアム奏者なのだと久美子は己の自我を通して理解したわけだ

久美子の自我の成長は真由との関係以外にも見て取れるね
進路に悩んでいた彼女は自分が進むべき正しい道が見えていなかった。だから友達が進路を定められても何も決められない。けど、久美子の定める遣り方は角張った遣り方などではなく。みぞれの言葉は久美子の自我を確固たるものにするね。考えて得た道を己とするのではなく感じ得た道を己とする
だからか、周囲の者達は「そうなると思った」なんて、久美子の選択をイメージした通りと納得するのだろうし

そして久美子の自我の成長が最も見られたのがあの再オーディションか。テレビ放送時はあまりに衝撃的な事態を受け止めるだけで一杯一杯になったあのシーン。結果が判った上で改めて鑑賞するとあのシーンには様々な視点があったのだと思えたよ
一時は部長の在り方で少しギクシャクした麗奈と久美子だけど、1年次から2人は分かち難い間柄として互いを欲している。だから麗奈は進路が分かれる事に過剰反応するし、久美子は進路が分かれても変わらないと確信している。二人は意思を同じくしたまま道を共に歩んでいけると判る。二人の自我は通じ合っている
だからあのオーディションシーンもそういう事なのだろうな。テレビ放送時は麗奈が真由のユーフォを選んだと軽く考えていたのだけど、大吉山での大泣きに現れているようにあの決断は久美子も参画した、同じ判断だったのだと伝わって来たよ。麗奈が久美子を裏切り真由をソリストに選んだのではなく、あの場に居た久美子も真由こそソリストに相応しいと感じたから、通じ合った自我によりソリスト選びに挑んだ二人は真由を選出するわけだ

真由の選出に久美子も参加していたと思えば、直後のシーンについても新たな解釈が出来るような
3年時の久美子は部長として幾つもの難題に立ち向かってきた。その中で失敗もあったし、何とかやれたという成功もあった。そうした果てにあった再オーディションは彼女の集大成、部員に比較させる遣り方に抜かりが無いよう調整するし、決定後にざわつく部員達に向かって“正しさ”も説く。あの瞬間、久美子の自我は北宇治吹奏楽部に溶け込み、そして北宇治吹奏楽部の自我は一体化したのだと感じられたな。久美子の演説があの場面において何よりも必要であり、何よりも正しく、そして何よりも真由を北宇治吹奏楽部の自我に迎え入れてくれるもの
あの瞬間に全国大会金賞へ向けての意思統一が本当の意味で計られたのだと感じられたな

だから、以降のシーンって余韻みたいなものかもしれず
『響け!ユーフォニアム』シリーズ劇場作における決めの演奏シーンって演奏者の手元や顔をしっかり映してきた印象があるのだけど、今回は別の手法を用いているね。テレビ放送版の拡大版、回想シーンや北宇治の生徒達のこれまでを描くやり方に
全国大会で金賞を目指す演奏を本シリーズの集大成として扱いつつ、一体化された北宇治吹奏楽部の自我を今だけのものとせず、これまでに奏でてきた生徒達の演奏をも一体化した自我、つまりは北宇治吹奏楽部に関わって来た者達が居るから、このような素晴らしい演奏が奏でられている、誰が欠けても実現しなかった未来と主張しているように思えてしまったよ
あの金賞は久美子世代の演奏が表彰されたという意味に留まらず、時間を掛けて育てられてきた北宇治吹奏楽部という存在を表彰しているのだと実感できる…

もう一つの余韻は全国大会が終わった後
吹奏楽に3年間を懸けた久美子として全国大会金賞は集大成であり到達点だけど、その後も彼女の人生は等速で進んでいく。そうした描写の中に美しさを覚えてしまったな
学校を卒業すれば準備室から楽器を持ち出す事なんてもうない。楽器等と共に卒業するなんて出来ない。だから彼女はあすかから受け継いだ楽譜も不要となってしまうが、だからこそ後輩へと託せる。それこそが久美子が吹奏楽部に残した自我であり受け継がれる北宇治の伝統となる。代わりに北宇治から持ち出した自我は友人達との絆、麗奈達との関係は学校を卒業しても変えたくないと誓い合う
北宇治で学ぶ内に育まれた久美子の自我は様々な形で彼女の中に留まり、外に向けられ、大きく広がっていくのだろうと思える良いシーンでしたよ

テレビ放送版と異なり、大人となった久美子の描写は限定的。けれど、桜の木が育ち、彼女が残した楽譜が多くの生徒によって紡がれていくと知れた点は久美子達の世代が大会で金賞を受賞した以上の何かを部に残し、そして鑑賞した私達の心に何かを与えてくれたのではないかと、そう思える程の素晴らしい終幕でしたよ……

本作の音響面は素晴らしい点は既に前編の感想で述べていて、後編でも変わらない感想なのだけど、後編だと改めて演者さん達の演技も素晴らしいなと思ってしまったり
聞いていて思わず鳥肌が立ってしまうような、感極まってしまうような台詞なんて幾つもあったからね。繊細な楽器音響に負けないくらい、演者達も繊細な心情を抜群に表現しきっていた
また、背景美術や楽器表現も素晴らしい物ばかり。何度も感嘆してしまったし

このような力点の置き方が感じられるのは本作が生半可な作品などでは決してなく、関わる誰もが全力を傾けたくなる名作だからだと伝わってくるし、この最終楽章に向けて一切の手抜きなど許されないのだという覚悟も伝わってくる
そうした全力が籠められた本作を鑑賞したからこそ、鑑賞直後の感動なんて本当に深いものとなった

改めて、このような素晴らしい作品に出会えた事に幸福を覚え、そして出会わせてくれた製作スタッフの皆様には感謝を捧げたくなる、そんな逸品でしたよ!



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前回は言い難い事もすっぱり言うミミの無邪気さに感心させられ、そうして絆されたシーナとの距離が縮まる様子にほんわかさせられたものだけど、今回はそうしたミミの無邪気を通り越して無垢な様子、近付き理解できたと思えたばかりにミミへの察知力が下がってしまったシーナが描かれたね
想いを交わし合う事はこんなにも難しいのかと改めて思わせられると同時に、戦争に行かざるを得ない少女達がそのような環境下で何を優先せざるを得ないのか、そしてどのような選択が正しいかという問いを見せられている気になったよ

治癒魔法により事態への貢献度が増えたシーナは戦闘能力も伸ばしたいようで。けど、シーナの怪我やセイランの消失を目撃してきたミミはシーナにそんな事して欲しくない
ここには大きな擦れ違いがあるね。シーナはそもそもミミだけに戦わせたくなくて貢献分野を模索している。なのにミミはシーナを安全圏に置きたがる
シーナに余計なことをさせたくないミミが始めたのはある種の欺瞞、けど視点を変えれば小さな子供がトラブルがあるのに「何もない」と隠しているようでもあり
シーナはミミの隣に居たいのであれば、戦闘能力を伸ばすのではなく、ミミの隠し事にこそ気付くべきだった。でも、平和な世界に居た彼女は戦場で何が起きているかなんて知りもしなかった

シーナが血塗れのミミを見て余計にショックを覚えたのは幾つもの理由が見えるね
シーナが最も望んだのはミミが傷付かなくて良い平和。でも、その望みこそがミミを血塗れにした。ならミミが戦場で傷付かないよう具体的に何かできるかと言えば、実技試験すら不合格のシーナはそもそも戦場がお呼びじゃない
また、ミミが戦場で無茶をする方が多くの人が助かるという納得しがたい事態もある
戦争が関わると強いミミの方が正しくて、弱いシーナは間違ってしまう。そんな不合理を許せないシーナに果たして何が出来るのか?弱さから脱却するのか、それとも弱いなりに何かを見つけるのか?
戦争へ行けないシーナが戦争に行くしかないミミの隣に居続けるにはどうすべきかが本格的に問われ始めたね



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とても良い

人魚姫をモチーフとしたこの物語はララの地上への憧れから始まったのだと思っていたけど、実はグレイスとリグモアの2人から始まった物語だったようで
そうなると、グレイスとララを類似または対比として見たくなる。ただ、グレイスがララをリグモアと重ねるシーンがあるし、実はリグモアとグレイスに対比を見る事もできる
人魚は人間を醜いと蔑み、人間は人魚を悍ましいと恐れる対立の構図がある本作。でも実のところ、そこには類似と対比が密接に存在していたのではないかと思ってしまう構成でしたよ

グレイスとリグモア、二人は同じくらい地上に焦がれているように見える。でも、グレイスが「私達の夢」と言うのに対し、リグモアは「貴方の夢」と言う。また、ローワンに関してもグレイスの理解者・味方として描かれつつもリグモアと結婚する
なら、グレイスは二人と類似ではなく対比の存在というとそれも少し違うような
グレイスが地上に光を見ていたように、リグモアとローワンはグレイスの夢に光を見ていた。二人は自分達とグレイスの夢を類似に見ていた。だからグレイスの夢がリグモアを死なせてしまってから、ローワンは反転するように地上やグレイスに憎しみを向けてしまう

グレイスが地上の騎士に”本当の愛”を感じていたかの判断は難しいところ
しかし、人間と同一となったと思っていたグレイスは愛した者に傷付けられた事で愛や光が反転してしまった。その瞬間、グレイスは人間と対比される化け物となる
なのに、リグモアはボロボロのグレイスを見て、「美しい」と言い、更には光は失われてないかのように語るのか…
城を光で満たしていたリグモアがグレイスの下へ駆けつけた行動は光を見捨てたのではなく光を守る為の行動とも取れる。リグモアにとって城とグレイスは類似した光
それだけに彼女が最期、「私達の夢は…」と告げた真意が気になってしまうね

自分に類似する言葉を放つララにグレイスがさせようとしたのは自分の模倣か。しかしララはグレイスを超えた、類似では無かった。なのに物語は閉じられようとした
一度は光を失い闇へと導く者だったグレイスは再びララに光を見出すようになる。グレイスに類似しつつ、対比のような汚れなさを持つララは新たな光そのもの
なら、グレイスの方針と対比するローワンの狙いは”本当の愛”や光から離れるものとなるのは明らかで
ここからララがどうやって”本当の愛”を手にするかは見えないまま。けれど光を求めたグレイスが茉里を導いた事には何か意味が、そこにこそ彼女らだから手に出来る光が籠められているのではないかと願ってしまうね



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未来のルディを自称する老人が語るのは後悔の物語。本作は元々後悔を良い方へとやり直す事がテーマ性の一つに掲げられた作品、いわば異世界に流れ着いた事でやり直しは可能だと称してきた。しかし老ルディが語るのは異世界てあっても取り返しの付かない後悔は発生するという点
そう思えば老ルディが今のルディを「たるんでいる」と評したのは、平穏な家庭を手にした幸福で危機察知力が減衰した点を最も厳しく指しているね
今回は、そして恐らく次回は取り返せない後悔をしたルディがそれでも何かを取り返そうと足掻き続けた人生が描かれるのだろうな…

老ルディが悔いるのは何か出来る局面で何もしなかった事による後悔。大きなものはヒトガミの言葉を信じてしまった点だろうけど、他にも鼠や食べ逃がしを見過ごした点、シルフィの寂しさを見逃し遠くへ遣ってしまった点、エリスの愛情に気付けなかった点等々。語る言葉には様々な後悔が詰まっている
失い過ぎた彼はもう遣り直せない。だからまだ遣り直せる時代の自分の前まで来た。けど、世界線の話にあるようにそれは本当の意味で老ルディが取り返せたわけではなく。そうした点からも本当は人生の遣り直しなど出来ないのだと実感させられる。だからへつらってでも守りたいものは守らないといけない

老ルディの言葉を受けて今のルディは何をすべきか?
直近の対策として、彼はいきなり老ルディの言葉に反するね。ただ、逆らうのではなく、後悔する事態がより起こらないようにとの対策。ドア越しに何度も魔法を放つシーンは取返しが付かない事態を避けようとの意思が感じられる
そうした念の入り様は個室の封印や食べ残しの焼却に現れているね。ルディは沢山を失ってきたからこれ以上失いたくない。だから慎重に動くし、世界線が変わったとしても老ルディの日記を読もうとする
守りたい者を全て喪い、死んだ事を知り合いに悟られず。そうした事態を避ける為にルディは動くわけで。失敗した自分を父と同じ場所へと埋葬したのは彼なりの手向けであり、彼と同じ道は避けるという誓いに思えたよ…



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ソルコクタニの一手はボラクチンの計略はほんの少しだけ外しつつ、モンゴルの発展という根底は維持したものに
これはいわば価値観のずらしか。ボラクチンはトルイから奪う事を狙っていたが、ソルコクタニがしたのは譲り。物の移動としては同じでも心情は全く異なる
悔いるボラクチンに対して、オゴタイが言ったのは一種のも価値観のずらし。ボラクチンを直接に止めるのではなく、彼女の貢献により自分の大望は近付いたのだからドレゲネは利用するなと釘を刺している
今回は、そしてそもそも本作は物事の価値観をどう提示するかという点にこだわっていたのだと改めて思えたよ

シタラとドレゲネの再会は少し会わない間に生じた価値観の擦れ違いを正し合うものに
ドレゲネはシタラを裏切ったと悔いるが、シタラは守ってくれたと感謝する。また、シタラの方も自身の裏切りを告白するね。そのように対話すれば、互いにすれ違いがあった、つまりは互いの約束を誠実に守ろうとしたという揺るがぬ価値観が見えてくる
あと、息子を前にしたドレゲネの姿は何とも意外性に満ちて…というか子供を溺愛するタイプだったんだ~ってギャップを感じてしまったよ(笑)

シタラとオゴタイの対話は価値観の対立を見るものに
どちらの知識・思想が正しいかというより、異なる知識・思想を前にした際の姿勢が興味深い
シタラは異なる正しさを提示され激高した。オゴタイは異なるを受け容れないシタラにドレゲネの視線を見た。両者の価値観は相容れないからオゴタイの勝負もシタラに何かするのを求めない。何故ならオゴタイが何もかもを出来る立場で在るのと比べて、シタラは何もできない一つ星だから
彼女の周囲を運命的な価値観を持つ天体は過ぎ去っていくだけ

それだけにドレゲネの選択には驚かされたな
彼女に提示された選択は悪いものではない。でもそれを彼女の価値観と相容れないと感じた。復讐を誓った彼女は誰かの言いなりになる事を良しとしない。それはシタラも同じ
同一の価値観を持つ二人は一つ星ではなく、嵐の種になり得る存在。今は天球を仰ぎ見る小さな価値だろうと、全てを支配する価値と異なる価値観で抗い続ければ天をも隠す災厄の魔女となるかもしれない
改めて、そう感じ取れただけに、続く物語を見て見たいと思ってしまうけど、流石にこのクオリティだとそう易々とは願いは叶わない…という事なんだろうね



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果たしてアキオの母や西ノ村陣営はアキオを助けようとしたのか、殺そうとしたのか。また、本来であれば主を守るツガイにその役を任せている点含め相手の狙いがどちらとも取れるだけに、アキオが死んでも良かったと思わせる手段に残虐性を感じさせる
人というものは惨い状況は本来的には許容しないもの。ハヤトが死んだ現場は何も無かったように偽装されるし、ツガイ使いはどの陣営にも掃除屋が居る
ならユルが罹った熱症状も下界の惨さに心と体が悲鳴を上げた結果と受け取れるかもね

ユルと同じく下界の惨さにやられていたのはアザミ。ツガイの集会所となったハナ邸も彼女にとって刺激が強い…かと思いきや、人(ツガイ)の温もりが彼女の癒しとなったのかな
そして、今はそれで良いとしても今後も惨さから匿い温もりを与えるなら、居所が必要なわけで。ハナの家はどうしてこうも子供が集まるんだろうね(笑)
あと、元々は子供が暮らす事を想定してなかった為に、アザミとケンにとって温もりある恐怖を与える結果になってるのもちょっと笑ってしまった

なんか驚きの生態を見せたユル。彼の現状は下界の惨さにやられたようなものだけど、だからこそハナの家で在っても油断せず安全圏を求める…のかな?
それでも握り飯を頂き、デラの鎮痛剤を飲み下す辺り、両者の事は信頼しているのか。そう出来るのも厳しい態度のハナが基本的には庇護者であるから。ユルに死を望む者達に憤りを向ける姿は大人の鑑
さておき、遂に明らかになった敵方の姿に、子供を平然と利用する惨い者達の真実を見た気になったよ



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普通


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とても良い

そうか、佐々木道誉の娘・魅摩と繋がる事は危険では?と思ってしまっていたけど、逆に言えば尊氏暗殺への道も開けるのか
しかし、時行が京へ来たのは学びのため。欲張れば手痛いしっぺ返しを喰らうかも知れない。また、ここで魅摩とは友達でありそれ以外とはしないという点には時行の真面目な人徳が現れているね
そんな時行の姿が描かれただけに、有能故に親政に不満持たれる後醍醐帝、出世の為に大逆へ進む西園寺公宗の人柄が悪しざまに映り、そして敵かも知れない相手に教授する正成の大きな器が見て取れた印象

泰家と公宗が後醍醐暗殺を企てた際は「とんでもない展開に成ったな…」なんてドン引きしたものだが、頼重が既に予知していた展開だったか
ここでもやはり、時行達は殺しの為に京へ来たわけではないという点が際立つね。時行は欲張って殺しを目指して行動するのではなく、逃げの為にこそ全力を傾けるべきという方針が堅持させる。視聴者的にもこちらの展開の方が好ましいね
そうした展開の先で時行よりも逃げに秀でた者が登場するとは。しかも、それがあの楠木正成だなんて

時行の逃げのルーツは泰家だった。なら、正成は逃げの先駆者か
彼が時行に指南した点も興味深いが、彼の逃げの仕方が逃げの一手に費やしていない点か。彼は逃げの為なら子供ですら立体的に観察するタイプ。反面、真剣勝負にお握りを持ち込む柔軟性を持つ
魅摩との関係を利用しない時行の真面目さは美点だが、真面目な物の見方に囚われて選択肢を狭めてしまえば時には逃げの幅さえも狭めてしまうかも知れない。正成の教えはそういうものか
だとしたら、突如齎された尊氏暗殺絶好の機会、これを逃がすのか己が逃げるのか。時行はどのような逃げを選択するのかな?



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セイランの喪失を全て納得し受け容れていなかろうと、日々は流れていく、毎日の生活は紡がれていく。そうして現れた新たな日常はこれまでと少し異なる顔を見せるね
シーナは戦場に出ないままに皆の役に立とうとし、戦力でも学力でも引け目があるハルが話に参加する
そうした流れの中で以前と日常に変化が無い筈のミミにも新たな表情が見えてくるのは面白い。生きる事での変化がない彼女は周囲の変化により成長していくのか

シーナは本格的にフランの手伝いをするように。ミミが戦場へ行っていた時はシーナが帰りを待つ側として感情を揺らしていたのに、シーナが役割を果たそうとする事でミミが感情を揺らす側へと転じるのか
考えてみれば、人とあまり関わらず戦ってきたミミは待たせられる経験に不慣れ。シーナの頑張りを自らと同じように頑張っていると応援できず、一緒に居られる時間が減ってしまうとゴネてしまうのか
他方でミミの他者評価はとても素直だから、彼女がシーナはもうたくさん頑張っているというのなら、それは真実なのだろうね

ハルはこれまでの戦場を目指すような話の中では登場できないタイプか
体調は芳しく無く成績も宜しく無い。ハルから見ればシーナもミミも羨む対象
そんな自己を否定しそうな境遇で彼女が纏うは異性装か…。けど、それはそれで自己否定に繋がりかねないだけに、無邪気に問うたミミがハルを肯定するように「似合っている」と言ってくれたのは良かったな
ミミは思った事を何でも素直に口にしてしまうから、時には宜しくない発言もしてしまうけど、彼女が相手の良い点を挙げて褒める時は嘘偽りなく褒めていると判るね

そうして他者の良さが判るミミをシーナは格好良いと思うが、シーナの場合は戦場へ行けるミミを見て頑張ろうと思った面があるから、ミミの良さを見ればもっと自分も…と考えてしまい、それが余計にミミに不満足を覚えさせると
でも、ミミが惚れ込んだシーナの在り方は帰って来た時に美味しいお握りを作ってくれて、ミミを受け入れてくれる人柄。ミミにすればシーナは既に充分頑張ってる。ミミだけが凄いなんて言われたら、ミミは不満に思ってしまうわけで
正直に想いを伝えてくれるミミの言葉やキスによって彼女の想いを正しく受け止められたのはやはりミミの素直さによるものか。また、出会ったばかりの頃とは少し印象が異なるキスは二人の関係が変わり始めている象徴に思えましたよ



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