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とても良い

本作って、誰を信用していいか良い意味で判らないのが魅力だと思っているのだけど、この回はその傾向がより顕著に表れていたような
現状では最も怪しく見えるのはアスマ。けど、ハヤトからヒカルの排除を仄めかされた際の表情や諸々の態度から彼は信用できないという認識とて信用できないと思わせられる
アサの電話も印象的。彼女は既に祖母が信用できないと判っている。それでも電話を受けるのはどのような状態であれ、祖母は自分を信用していると信じているからか…。でも、敵はそのような感情をこそ利用する。それはまさしく外道の所業だ

ユルは母親に繋がる手掛かりを知ったけど、デラとハナは信用できない根拠を提示して諦めさせた。現状のユルは他の者よりは二人を信じているから、その助言を聞くと…
そして、デラは信用に限度がある相手を利用して情報収集。あのシーン、互いに腹の探り合いをしているけど、他方でコメディトークもカマしているのは信用の使い方を熟知している者ならではか
今のユルはそこまでではないし、同じようにケンだって信じられる者は限られている。誰を信じて良いか曖昧な局面でも、絶対に裏切らないのは自分。そうして独りでも戦える力を身に着けようと刃を研ぎ澄ます少年達の心の在り様に思わず哀しさを覚えたよ…



良い


良い

最後に承認を求める相手となったベルゼブブ、カナンの父だからもっと強烈に羊司との交際に反対するかと思いきや、そこまで前面に出てくる事は無かった印象
てか、特に脈絡なくビーチバレーが始まる展開は最終回なだけに色々と凄いなって思ってしまう
勿論、ベルゼブブとしてカナンと羊司の交際に思う処はある。というより本気の交際と認識していない。その意味では羊司はまずカナンを愛しているしカナンに愛されているという点を証明する必要があったのだろうな

ビーチバレーは試練として用意されたものだけど、現実的にはバレーに勝ったから彼氏に相応しいなんてナンセンスな話。だから羊司が認められるべきポイントは別
考えてみれば羊司は初期時点で試練を乗り越えていたと判るのは良いね。羊司は何を食べても美味しさを感じられないカナンに美味しい体験を与え共有した。家族にはそれまで出来なかった事であり、出来た羊司は新たな家族に相応しいかもしれない証明
思い出のコロッケを作る羊司にときめく彼女がオチているのは明白なのだけど、それでも好きを認めない意外とチョロくないカナンとそんな彼女が大好きな羊司。改めて二人は良いカップルだと思える最終回でしたよ



良い

綾小路を人海戦術で追い詰める作戦、普通に考えれば綾小路側の対抗策は少ない。だからこそ、相手が想定していないだろう対抗策、人海戦術には人海戦術で返す綾小路の遣り口に抜け目なさを感じられるね
他方で椿の方も想定外をこそ見たかった節があるのは面白い。彼女は今回の作戦で成功を目的とせず、想定外の確認をこそ目論んだわけだ。そうして視聴者も想定を超える彼女の底知れなさを目撃できた形となったね

想定外が最も響いたのが宝泉VS龍園か
綾小路への逆襲を狙っていた宝泉としては龍園の登場は想定外だし、彼がタイマンを捨てて挑むのも想定外だったろね
コントロール不可な想定外は滅びに繋がりかねない。その意味では何も知らず罠へと向かいかけた綾小路へ一之瀬が決死の想いで忠告を届けたのはファインプレーと言える。その際に彼女自身の想定外まで口から出てしまったのは恋愛展開としては良いのだけど、彼女が全く想定していない軽井沢の存在がどう響くか…
あと、黒幕っぽく登場したのに雑魚みたいにやられてしまった南雲の姿には申し訳ないけど、ちょっと笑ってしまったな。彼は何を想定してあの場に現れたのやら(笑)



とても良い

ココに少しずつ魔法の得手が増えてきたこの頃、だからこそフォーカスが当たるのは他の見習い少女達か
ココにあの場に居る背景があるように、他の少女達だって背景がある。当初はその背景が違い過ぎる為にココは知らざる者と呼ばれていた。でも、アガットが気にするように、ココがきちんと魔法を知ってしまったら彼女は知らざる者という違いで区別するのではなく、魔法の向き合い方としての違いとなる。そうした違いはそれこそ魔法への向き合い方に課題があるリチェに注目が集まる背景になるようで

ココは魔法を学ぶのが好きだから、もっと魔法の知見を広めたいと思う。彼女は先人の魔法を尊重する事で己の魔法も深めようとしている。けど、リチェは異なるね。彼女は魔法の知見を広めず、自分の魔法や自分自身を守りたいと言う
魔法を学ぶのに、学ぶ魔法を狭めている。それは教育の場では有るまじき姿。だからキーフリーもココも彼女との接し方に迷う。リチェの否定が目的ではないから、尊重しようとして、でも距離を置く事になる
ココは彼女の背景を知りたいけれど、聞き出すまでは至らない。何故ならリチェが自分の背景や成り立ちを話したがらず、籠ってしまうから

この背景や成り立ちというものは誰でも持っていて、その人に強い影響を与えるものだね。クックロウから否定の言葉ばかり投げつけられるユイニィの素振りなんて判りやすいもの
けど、他人はそうした背景を否定し間違ったものとして扱う事はできない。やはり尊重する必要がある
キーフリーが騙すようにしてリチェに試験を受けさせるのも、彼女を否定しないまでもこれから進む道を尊重する為か。リチェもキーフリーの優しさが判るから彼を尊重して今は折れる事にしたのだろうね
そうして彼女らが挑むのは魔法使いの過ちを背景に持つ洞窟。あの歪な在り方を否定しないまま、どのようにメルフォンの生態を尊重して渡りを成し遂げさせてやれるのだろうね?



良くない


良い

次回予告で妙な台詞が有ったものだから、ちと身構えていたけど、デラの隠し子ではなかったか。…その代わり、デラは父親のやらかしを知ってしまった訳だが
他に明らかとなるのは東村や影森関係だけでなく、田寺についても正体の見えない部分が有る点か。まあ、今回のケンが話してくれた事でおおよその推測は為されているが
ユルが両親の事をほぼ知らなかったように、デラも親父が何をしていたかなんて知らなかった。その時に覚える感情は寂しさかそれとももっと別の感情か
サブタイは『兄と弟』だけど、内容は”父と息子”であったようにも思えるよ

子は親について意外な程に何も知らないもの。けど、実際に知らない事が有ったと突き付けられると小さなショックを受けるのも事実
デラはもういい大人だから父親を責めはしないが、まあ思う処はあるだろうね
他方でデラを頼ったケンだって異母兄のデラに見せられない涙はある。それでも彼は涙の訳を話さないままにユルの親が見つかる事を願った。そこには子同士の親への感情が見て取れるね…
ラスト、親父が看取って遣れなかった女性に餞を贈るデラの胸中に宿る親思いの優しさを少しだけ覗いてみたく成ったのでした



普通

前回のミルチは表目上カナンに反抗していたからカナンと羊司の交際について許可を得るには、まず壁を取っ払わなければというハードルが有った
けど、今回のミエルは全く異なるね。内心では羊司の事なんて欠片も認めていないのだけど、そうした感情は全くカナンや羊司には届いていないし、ミエルの反抗は全て空回り
結果、カナンから見ればミエルは問題のない優しい妹であり、自分と羊司の交際もあっさり認めてくれた。けど、その内心は短い間に目まぐるしく変貌していたのが面白いね

ミエルは容姿を変えて配信者活動をするなど、ミルチとは別の意味で裏と表の乖離が激しいタイプか。ミルチは表が攻撃的で裏が姉想い。対してミエルは表が姉想いで裏が攻撃的?
問題はミエルの場合、攻撃対象を姉に向けられず、かといって羊司相手には空振った。そうして攻撃が自分にだけ響いた結果、不幸な事に恋被虐の快楽に気付いてしまうという…
カナンも羊司にも知られない間に、やべぇ癖に目覚めたミエルの変貌はそれこそ見ているこちらまで宜しく無い癖を覚えそうなものでしたよ(笑)



全体
普通
映像
とても良い
キャラクター
良い
ストーリー
普通
音楽
とても良い

自分の趣味範囲では無いだろうという予感があった為にそこまで高い期待感を持った上で鑑賞したわけではなかったけど、鑑賞者が楽しめる作品という意味では中々の実力を備えた作品だったんじゃなかろうかと思えたよ

というか、見ていて強く感じたが本作は“戦うアイドルアニメ”+“韓流ドラマ”のノリが合わさったような作品だね
敵が人間の魂を喰らうデーモンという概念的な悪であり、味方陣営が正義としてデーモンと戦う事を宿命付けられた存在。構図そのものはオーソドックスであるだけに、デーモンの模様を持ちつつもハンターとして戦うルミという存在が際立つようになっている
まあ、そういった善の中の悪という構図も珍しいものではないんだけど、だからこそ歌の力強さがノイズに乱されず無く伝わってくる作りにもなっていたのかな

ハンターが目指すのはデーモンの根絶、ホンムーンの完成。これらの概念的な背景を考察していくと、色々と面白いものが見えてくるね
ルミの模様は恥や恐れと繋がり他者に見せたくないものと成り、ルミに模様を隠すよう促すセリーヌは度々涙や悲しみを表に出さないよう注意している。そうした感情はいわばデーモンに相通じる要素であり、デーモンがホンムーンという結界によって抑圧される表現を思えば、ホンムーンとは社会的秩序や社会的な体裁を象徴するものであり、デーモンの模様等に繋がる要素とは人が社会に迎合する際に隠し通すべき“恥”そのものであると感じられてくるね

だからルミが隠そうとする模様は彼女が周囲に壁を作る原因でありつつ、同時に彼女が恥と思う秘密そのもの
でも、言い換えてみれば恥だとかあまり他者にひけらかしたくない部分なんて誰でも持つもので。ミラやゾーイが感じる短所もそうした恥だね。終盤にはそうした恥をグウィマに突かれてしまったわけだし
グウィマは作中でも言及があるけれど、人間が持つ恥の感情を利用するのが巧い存在。ジヌが消そうとした記憶もそうした恥にまつわるもの。デーモンとして働いていた彼があの過去を極端なまでに恥と感じていたのは明確、だから心を明かしたルミにですら過去の本当の姿は明かせなかった

グウィマは人間の恥を利用し、恥を消す誘惑で他者を操ろうとする
こうした在り方って実はセリーヌにも通じるように見えるのは面白い。ルミの模様は確かに他者、特にハンターには明かせない恥ではある。でも、信頼し心を通じ合わせた相手にでも隠すべきかという点には疑問が生じる
ルミはセリーヌに「模様(恥)を明かすな」とか「デーモンが消えれば模様(恥)は消える」なんてルミを誘導する。セリーヌにルミを操ろうとする意図は無かったかも知れないけれど、彼女の言葉に拠ってルミはミラ達に恥を持つ自分を明かす事ができず壁が生まれ、ハンターの使命へと殊更にひた走る事になったのだから
ルミがジヌに惹かれたのは彼がイケメンだからという点は有るだろうけど、恥を利用して彼を押し潰そうとするグウィマへの反抗を促す事で自分もセリーヌへ反抗する力を得ようとしていたからではないかと思えてしまう

でも、そうした遣り方は結局恥から逃げている事と同義。グウィマに恥を利用される展開に追い詰められてしまうし、隠していた恥を知られた事への恐怖でルミは余計に絶望を抱くしかなかったのだろうね
だから彼女が行ったのは新たなホンムーン、つまりは恥を恥と思わなくても生きられる社会秩序の構築と言えるのかな…。個人的には此処ら辺のルミを含めハントリックスの心情変化が良く判らなかったりしたのだけど、兎も角ルミのやろうとした事はバラバラになりかけ、そして恥を消してくれるグウィマに呑まれかけていたミラやゾーイを呼び戻すものと成り、またジヌに恥から逃げない勇気を授けるものとなるね

カムバックしたハントリックスとはつまり彼女らが恥を恥と思わず彼女ららしく生きていける世の中へと平和に回帰した状況を象徴する言葉と言えるのかも知れない

まあ、こうして小難しく並び立てて考えるよりも感覚的に受け取って楽しむのが最も良い作品であるのは間違いないのだろうけど
その傾向は冒頭から顕著に現れているし。テンポの早い台詞回し、飛行機の中で寛いでいたと思ったら彼女らの紹介を兼ねた歌唱&戦闘、その後も鑑賞者を飽きさせない話の展開がされていたね
また、力強い楽曲が物語を彩る事で作品そのものの良さも上昇していたように思う

他方で、先述したように物語構造自体はオーソドックスな為に個人的には興奮を得難かったのはある。ただ、本作がどうして英米圏において人気が出たのか、そもそもこのような作品を作り出すK-POPの文化性も見えた気がして貴重な体験と成った鑑賞となりましたよ



普通


良い

高円寺って味方として存在する時は鬱陶しさが勝るけれど、今回のような味方陣営と全く関係ない場所での活躍ならこんな愉快な話になるなんてね
高円寺はどこまでも規格外だから、そんな彼に振り回される者達の奔走模様は傍目に見る分には面白く映る。普段そうした役割を担うのは綾小路だけれど、高円寺は別の意味で超高校生級だから少し優秀な程度の高校生では彼に太刀打ちできない。
他方でそうした超級の怪物にどう刃を届かせようかと他の者達が藻掻く様も本作の面白さとなっているね

高円寺周りが面白いように、綾小路周りも少しずつ面白い状況に。一時は鳴りを潜めた綾小路退学に係る特別試験、ここにきて再び蠢き始めましたか
高円寺は目の前に立ち塞がってきたから敵を粉砕できた。対して綾小路を狙う者達はまだ彼の前に姿を現さない、じわじわと策謀を進める。それだけに彼らの企みがどこまで綾小路に届くのか?その時に綾小路は彼らをどのように粉砕するのか、そうした期待感が高まるね
さておき、龍園クラスのひより達と和気藹々とした道中を過ごす様子に珍しいものを見た気になってしまったのでした



とても良い

タータの質問はココの不調を前に取り止めに。タータの疑問は確かに捨て置けないけど、見方を変えればココの方が捨て置けない
けど、肝心の医者やキーフリーはココの看病ではなく、ボヤ騒ぎに駆り出された。あの場面、医者は自分には使えない魔法を褒めるが魔法の正体、つまりは物事における別の見方を知るキーフリーは医者こそ凄いと思う。けど、どちらもよく知らない一般人はどちらも優秀として火事場に引っ張り出してしまうと
ボヤ騒ぎが起きようとココの苦しみは捨て置けない。彼女の為に何が出来るか?今回はそうした成すべき事の為に見方を変える話となったような

今回、問題に対処する事になったタータは銀彩症として他者とは違う見方を強制される人物。色鮮やかではなく銀色の世界を見せられる彼は常日頃から困難や可能性の狭さを突き付けられているようなもの。工夫によって薬の正体に迫ろうとしても銀色の世界は彼に限界を見せてしまう
だからこそ、魔法の可能性によって自分だけではなく、タータだけではなく、二人共を助けようとしたココの決断が光る
というか、彼女って魔法によって母親を傷つけてしまった、魔法の残酷な側面を知っているのに、見方を変えて魔法には希望があるのだとタータに提示できたのが本当に素晴らしい

見方が変われば行動も変わる。魔法使い見習いのココには巧く描けなくてもタータなら綺麗に描ける。そうして露わになるのは「ここに薬がある筈だ」という見立ての誤り。おまけのオチとして「医者は居ない」というのも見誤っていたと判るのも良いね
そうした見誤りは院長にも生じるもの。とんがり帽を持つタータを見て魔法使いの見習いと思い込む。それは正しくないかもだけど、見方を変えるまでもなく、薬の正体を魔法で見定めたタータを表す言葉として相応しいもの
だからか、ココもタータもつい言ってしまうのだろうね。「魔法使いって凄い」

実態としてはココもタータもまだ魔法使いでも一人前でもない。だから心が不安で一杯になって前が見えなくなってしまう事だってある。でも、見方を変えれば前は幾らでも広がっているわけで
ココを魔法使いに限定せず「凄い奴」に成れると褒めるタータに掛けたノルノアの言葉が本当に良かったなぁ…。タータにはきっと未来に光明が見えただろうね
そして時を同じくしてココにも。幾つもの困難に立ち向かってきたココだから思い付く工夫。これはどこまで禁止魔法に敵うのかな?そしてココに迫ろうとする見えざる影、新たな困難は未来ある見習い達にどのような試練を見せてしまうのだろうね…



普通


とても良い

左右様や解・封を知る手長足長は情報戦において優位を手にしかねない相手。だからこそ、相手の持つ情報を惑わす為に用いたデラの詐術は情報の優位性を確保し相手から奪う技と言えるね
そして、デラがそのように自らを囮にするのもユルの保護者という己の役割に則った動き方。なら、ユル達が手長足長の主を探す間に左右様が戦うのも役割に則った形と言えるか。逆にユル達の尾行に人間を囮にし、ツガイを用いていたアスマは役割に応じた動かし方を熟知していたと言えるのかも

手長足長はどちらも体の半分だけ長い歪な姿。けど、足長が手長を背負う事で完全体、最も己に適した姿になるのは印象的
だとしたら手長足長を倒す遣り方は彼ら以上に役割に徹した在り方。ユルが封の力を偽装して隙を作り出し、左右様やデラが追い詰める流れは情報戦を下地にした有効な遣り方と感服してしまったな
他方で手長足長を恐怖させる封の力は改めてユルに己が役割として持ち得る能力の恐ろしさを実感させたようで。今回の一件も、今後ユルが己をどうしていくかを定める情報の一つとなったのかな



普通

イメチェンしたかのように凛々しい姿になったのに、あっという間に流れ流れて壁に嵌って尻を晒す姿はとてもじゃないが聖女とは言えないよジャンヌさん……
さておき、ジャンヌを痛ましい状態へと追い込んだミルチは典型的というかテンプレ感満載のメスガキキャラ。他方で彼女はもう一つのテンプレも有していたようで
優秀な姉を大好きな彼女は構って貰えない寂しさを抱くごくありふれた妹だった。その寂しさを紛らわせる方法があまりにも間違っていただけで

ミルチはどう見てもメスガキ。でも、内面に踏み込んでみれば彼女はカナンが大好き過ぎて想いの発散方法がぶっ飛んでいる女の子だと判る
そういった愛情表現はともすれば気持ち悪さを感じかねないものだけど、同じように愛情表現が気持ち悪い羊司にとっては素敵な愛
ミルチを肯定してくれる羊司の出現は、羊司の愛情表現を気持ち悪いと思わないカナンによって更に肯定されるね。姉として妹の想いは判っていると示すカナンは良かったなぁ
……それだけに、理解されても慣れたメスガキムーブを繰り広げてお仕置きされ、それでも気が済まなそうなミルチには苦笑してしまうけども



普通


良い

珍しく見習い少女達の私服が描かれた今回、けれどそうした私服は彼女らの魔法使いではない面を強調するのではなく、魔法使いの姿をしていなくても抱く魔法使いとしての理念を強調するものとなったような
魔法使いの試験は単純に実力を測る為のものではなく、許される領域を増やす為のもののようで。その為か、テティア達の試験に対する姿勢も様々。そこには彼女らの生来の気質や人生観が反映されている
それだけに目指す魔法使いの形が半ば決まっていて、魔法使いになる事そのものが赦しとなってしまうココの境遇が際立ってしまったような…

元より「知らざる者」と呼ばれるココは魔法使いを目指す事を許された人間ではない。また、悪夢が囁く言葉が示すように彼女には様々な赦されざる要素がある
キーフリーは魔法使いの試験を許される事が増えると言うけれど、ココは魔法使いになって母を助けるまで赦されない。テティア達と根本が異なる
だとしたら、ココが眠る時間を削ってまで魔法の練習をするのは一種の自罰に見えてしまうね。赦して貰えないが母から責められもしないから自分で罰を与える
なら、キーフリーが秩序を破ってまでつばあり帽に近付こうとするのも、彼らに罰を与えようとしているからか?なんて考えてしまうね

でも、許しや秩序に逆らうようにして罰を求めるなんて自然ではない。無理が生じる
キーフリーは大人だから無理の解消は自分で対処できる。でも未熟なココは無理は無茶の結果として現れる。でも、ココに複雑な感情を抱くアガットは慌ててキーフリーを呼びに行くし、キーフリーを始めとして皆してココを心配し協力してくれる。それこそ実はココが既に赦されている証だと思うんだけどな…
他方でノルノアの記憶を消したキーフリーが赦されるべきかどうかはまだ誰も知らない。だから知らないといけない
タータの質問はキーフリーからどのような魔法使いとしての理念を引き出す事になるのだろうか?



良くない


良い

前回までの話によりユルは知れる範囲の己とアサに関する情報を得た。次はデラが言うように社会そのものを知る番か
もう9話になるけれど、ユルは電車やホームセンターに驚くくらい現代社会に無知
”知らない”が判断の足枷になると示されているように、”知っている”は有利を得る為の材料となる。ユルはパンツの存在を知った事で過去に倒した山賊の正体に気付けた。それは知る行為が情報の精度を上げる何よりの証明
ユルはまだ様々を知る必要がある

影森も知る重要性を意識した動きが
襲撃者の個人情報を多角的に抑える事で彼らの背景事情をより深く把握、更には襲撃の手口にも迫ろうとしているね
特に閻魔帳は恐ろしいツガイ。これは自分達が”知る”と同時に相手へ”知られている”恐怖を与える能力だね
相手を知っているゴンゾウはマコト達に対して有利に立つ、彼らを良いように使える立場に成る。それは情報の重要性を何よりも示す力関係
……それだけに視聴者的に正体を”知らなかった”ヒカルの何でも無い会話が怪しく見えてしまうのは仕方ないけど、コミカルなギャップでしたよ(笑)

尾行は相手に情報を”知られる”行為。でも、尾行されていると”知っていれば”対処の仕様はある
デラが用いたマヨイガは相手を情報のない空間に陥れるようなツガイと言えるか。相手に情報は無くこちらは情報を持っている。尋問において有利な立場を確定させる状況と成り得た筈
それだけにデラが全く知らぬ闖入者はそうした力関係を崩すものか
手長足長を知る左右様がこの脅威にどれだけ対処できるのか、次回は結構なバトル展開に成りそうだ



良い

前回のリリムからは所謂「ふしだらな~」の雰囲気を感じたものだけど、ベルゼブブとの馴れ初めが明かされた事で唯のやべぇ人と知れたのは衝撃。自分を罵倒した男に惚れた上で助けられた所を無理矢理襲うのはもう無茶苦茶なんよ
こうした話から見えてくるのはリリムの暴走は羊司と距離を詰めたいカナンの脅威に成り得るという点
けど、想定以上に羊司はカナン一筋だったし、カナンの事ばかり意識しているが為にリリムの一人相撲になってしまったね。…それでもリリムの暴走は酷いものだったけど(笑)

リリムの色気に負けなかった羊司は彼氏として合格を勝ち取った形に。……彼氏認定したからこそ手を出そうとするリリムは本当にヤバいけども
母に認められたカナンの意識に上ってくるのは羊司にもっと自分だけを見て貰いたいという欲。特に母と羊司が妙に仲良さそうなら尚の事
でも、羊司は元々カナンを一番に見ているんだよね。だから自分が楽しいようにカナンにも楽しんで貰いたいと想っている。それは彼氏として立派な心懸けだろうね
…なんて感じてたら、最後に妙な展開が。あれってジャンヌなのか?



良い

きな臭さはありつつも穏やかに進行していた無人島試験、関わる者達が遂に裏の顔を見せる事に
何か背景がありそうだと前々から感じさせていた七瀬が見せた裏の顔は綾小路にとって因縁であり驚きの顔。けれど、それを偽物に過ぎないと看破した彼は流石
裏を潜ませていたとしても単純に実力差があれば如何ともし難い。これは天沢と櫛田にも見られる現象か
その意味では何の為に裏の顔を潜ませるかという点が勝負の分かれ目となったと言えるのかな

天沢は櫛田を制して綾小路を守りはすれど、彼の前に姿を現す事は無く。というか2年最初の事件で宝泉を手助けした人物だと思い返せば天沢はまだ裏の顔を隠していると言える
月城も陰謀を話す場面を見られたというのに一之瀬の排除は行わず。むしろ別種の裏を垣間見せる事で一之瀬を封殺するのは流石といった処か
更なる裏という点では綾小路も流石だね。一度七瀬の心を折った後に別の目的を与えて懐柔、自分の手駒として使うつもりのようで
今回は裏の顔を見せた者達が幾人か登場したけど、それを上回る裏を持つ者達が支配し返す恐ろしさが見られた回でしたよ…



とても良い

ココに酷い真似をしようとした魔警団は秩序の守護者、イースヒースが言及したように風景を一変させる魔法を行使した者がいるならば拘束し無害化するのは必定
しかし、証拠も無しの記憶消去が秩序に反するのも必定ではある。そもそもルルシィの台詞にあるように、魔法には明確に出来る事と出来ない事がある。なら、ココに出来る筈がない事で罪を問うのは無謀な話
ただ、それは一方でイースヒースがそれだけつばあり帽を危険視している表れであり、同時にそんな彼を制する為に剣を抜くキーフリーの反秩序的行動も見えて来た内容でしたよ

ココは結局証拠不足により無罪放免。むしろココを取り調べるより、助けを求める人達の救助を優先したり、人々の生活を守る為に橋を架ける方が魔法使いの秩序に沿っている
その視点ならまだ見習いでしかないココ達が決断を迫られ、行為をの責任を取らされそうになった方に問題がある、キーフリーが言及したように秩序に反している。だからバランスを取る為にアガットに試験の提案をするわけだ
キーフリーの言動にはちょくちょく危うさが見えるけれど、同時に師匠として未熟な魔法使いを導こうとしている様子も感じられるね。その点は彼なりの秩序に則っているのだと判る

そんなキーフリーの秩序が危険なものであると、見え方が反転するのがBパートか…
これまで彼は何度も記憶消去の反秩序性を説いてきた。なのに彼は秩序に反する魔墨を守る為にノルノアの記憶を消した。その上でつばあり帽と曰くのあるココは全力で守ると…
それはまるで己の目的の為にココを反秩序の世界へ導こうとしているかのよう
世の中が限られた色で見えるタータは「出来る事と出来ない事」を説いた。ならココに限られた平穏を与える事でキーフリーは彼女をどのような魔法使いにするつもりなのだろうね?それは果たしてココが目指す夢溢れるワクワクさせる魔法使いなのだろうか?



普通


良い

東村で穏やかに生きてきたユル、東村に狙われて一度は死んだアサ。二人は双子であっても全く異なる経験を積んだから、食事を共にしても考え方の違いは明確に出てしまう。また、こうした違いは田寺と影森、人間とツガイ、過激派と穏健派などなど様々な対立の中でも生じるね
だからか、自由に座って良い筈の食卓もまるで明確な対立構造の下にそれぞれが席を決めたかのように映ってしまったよ

会談という名の腹の探り合いを途中まで聞いていたユルは聞くべき事を聞き終わったと言わんばかりに口を開くね。啖呵を切る様子は勇ましい
けど、それは同時にアサの経験を積まない無知でもある。狙われる辛さを知るアサはユルの無謀を責める。それは対立を越えて彼女がユルの側に近付いたシーンでもある為か、ゴンゾウもユルを影森へと誘う契機にもなる
しかし、ユルは対立を越えず。彼は彼なりの方法でやっていくと、そうして生きていくと決断するわけだ

対立を越えるかどうかの話はそのまま境界線へと通じる話
両親と生き別れのユルは長い事二人の姿を見れていない。ならば時や場所を越えて会えた両親の姿は、対立を越えなくてもユルに家族の温もりを授けるものとなるね
また、共に食事を囲んだ経験は幼少期に繋がる経験である為か、ユルは影森の家にいるアサを昔のアサと繋げて考えるし、安全な境界を越えて妹としての温もりを届けてくれたアサの行為により彼女を真の家族だと認められる
対立は越えられない。だからこそ対立によって分かたれている双子の状況をより悲劇的に捉えられる回であるように思えたよ…



良い

帰省の際に彼氏を連れ込めば、そりゃ彼氏が実家に受け容れられるかが話題の中心になるのは当然。でも、カナンは恋愛的な意味で付き合っているとは認めないし、ベルゼブブ以外の家族は認めてくれそうに無いし、しっちゃかめっちゃかな印象
そんな状況だからこそ、何ていうか感性が単純な羊司がうまく話を回してくれている気がしなくもない
あと、対立陣営の拠点に紛れ込んでしまったのに、普通に満喫しているジャンヌは何なんだ(笑)

羊司は様々な意味でベルゼブブ一家に受け容れられるのが難しい属性持ち。彼らからすれば食糧といえる人間だし、リリムは男性恐怖症。そのままの彼では一家に入り込めない
だからこそ、間に羊司と付き合っているカナンを挟む必要があって。母娘で初めての料理、かつてない経験はカナンが彼氏である羊司の為に作りたいと願ったからこそ実現したもの。リリムはカナンとの料理を楽しむ事によって、間接的にカナンと羊司の交際を認めたといえるのかもしれないね
……それはさておき、別の感情を認めそうになっているリリムはちょい大丈夫かい?と聞きたくなるが



とても良い

迷宮編で問われた、魔法使いとは何者で在るべきかという問い掛けをより深化させたようなエピソードに思えたな
功に焦るアガットは困る人を前にしているのにチャンスと思い込んでしまう。実力を発揮する機会に乏しい見習いだからこそというのもあるんだろうけど、それは彼女が成ろうとする魔法使いの在り方から外れるもの
アガットが魔法使いらしさに瞑想してしまったからこそ、アガットの目を覚まさせたココの魔法使いらしさが光ったように思えますよ

事故現場にてアガットが任されたのは服を乾かしてやる事。それだって本来は立派な人助け魔法なのだけど、判り易い功績を求めるアガットには響かない
まあ、直後にキーフリーとオルーギオがあのように判り易く凄い魔法を披露するものだから、比較してアガットに任された仕事が余計地味に思えてしまうのは確かなのだけど
また、ココに貸した為に空を飛べず、結果更なる判り易い仕事を任されないのも彼女にとっては不満点か。けど本来なら残って救助者の手当等をするのだって立派な魔法使いの仕事の筈なんだけどね

新たに起きた事故への対処はそれこそアガットが待ち望んだ事態か
でもそれは期待を一身に背負うという事でもある。功を望めば失敗を恐れる羽目になる
だとしたら、失敗などの尺度ではなく助ける為に何が出来るかを考えたココは立派な魔法使いでありアガットを正道へと戻してくれる存在だね
そしてアガットがしたのは一種の道化、目眩まし。功をココに譲る行為。友の為の行いはココに状況打開の策を思い付かせるものと成るね
アガットは直接には人助けはしなかった。けれど、困った人を助ける為に魔法を使うという魔法使いらしい行動は出来たように思えるよ

ココもアガットもまだ見習いだから本当の意味では魔法使いじゃない。出来る事は限られている。それでも協力すれば魔法使いらしく人助けが出来る。特にココはそうした行為が母を助ける未来に繋がる。そうした点を思えばココは羨むくらいに魔法使いらしいね
だからこそ、驚愕させられてしまうのはココが使った魔法が原因で人助けではないおぞましい状況が展開されてしまった事か
ココの魔法はどう考えても魔法使いらしさから外れている。この危機的状況はどうやったら魔法使いらしく打開できるというのだろうね?



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