この幕末編に入ってから前々から登場していた者達の加齢や老いを感じさせる描写に心穏やかでは居られなかったりするのだけど、正体を掴ませないような秋津すら目元に皺が見える姿に動揺してしまう…
でも、そうか、既に第2話から17年、秋津初登場から13年も経っているんだもんな……。そりゃ皆、年を取るし野茉莉も大きくなるよな…
そうして皆の加齢が明らかになる事で改めて意識される甚夜の変わらなさ。それだけに甚夜以外の不変や甚夜の変化が描かれたのは良い描写と感じられたり
久方ぶりに登場した秋津は見た目こそ少し変われども態度は変わらない。けれど、街も人も変わりゆくもの。対して街に含まれ人に扱われる皿は変わらず、百年後も咲き続ける
それでいて、街に暮らす人である直次はすっかり武家らしくなったけど、変わらぬ友情を甚夜に求めている
思い返せば甚夜の周囲に居る顔ぶれは幼い頃からすっかり変わってしまった。でも、変わる前と思っていたあの頃だって少しの時の流れで容易に変わってしまっていた事が回想から察せられる
けど、変化を恐れて外に出ないでいても、世は配慮して変わらずに居てくれるなんて無いわけで
時が流れれば京は騒がしくなるし妖も溢れ出す。変わらぬようにしていても、変わる予兆ばかり増してくる
他方で在り方を変えない、つまりは幽霊茶器を幽霊ではなく茶器として扱ってやる事で鬼退治する秋津の遣り方が披露されたのは印象深い
だとすれば、甚夜とて鬼狩りではなく野茉莉の父として過ごす事で何かが満たされるのではないかと思えたよ