このシリーズではじめて若者がビジネス抜きにしてバンドらしいことをするのを見た。
私がバンドもので見たいのは、個性もバラバラでひねくれていても、動機や目的が違っても、音を重ねたら一緒にもっとやりたくなってしまう、それがバンドとしてメンバーをまとめる力になる、そういう音や演奏を交えた丁寧な描写であって…特にアニメという媒体は演奏も音もすべて表現できるのだから、どうしてもそこに期待してしまう。ビジネス的要素はお仕事モノとして成立しているなら良いが、そもそもこいつらを見ている客が事実上存在していないし、そういう描写には全くなっていない。であれば、ビジネスの都合、SNS、バズ、炎上、悪役に振り回されて演奏ひとつしないまま揉め続けるやつらを延々と見続けたくはない。
普通のバンドものって、まずバンドをやりたい、こいつらとならやってもいいって最低限メンバーが感じるところから始まるわけで、そこから音楽自体の方向性、各人の能力や役割、バンド自身のレベルや成長速度、社会との関係で悩み、内面も含めて描かれていく。みゅーたいぷはまず、プロデューサーがみつくろった人たちがとりあえず集まるところから始まって、過去のバンドの悪役との揉め事にふりまわされて、各人が自分の意志としてバンドとしてやってもいいかとなるまでに10話かかってる(都子を入れるともっとかかるかも)。
ベタを外し、無理矢理集められたメンバーがバンドになる過程を描こうとしているのだろうけど、ここまでの9話は実質的に、バンドである必要性がまったくなかった。アイドルグループでも、インフルエンサーグループでも、ゲーム制作グループでも、下手するとチームプレイの運動部でも、何だったとしても成立する話しかなかった。バンドとして物語を描く必然性がどこにも見えなかった。ベタがベタとして今も存在しているのはそれだけの理由があるというのを地で行っているように感じる。
ここから私の好みの展開になったとしても作品全体の評価が最高になることはもうないくらい、既にあまりに尺を使いすぎてしまっているし、うるさくてとっ散らかってはいるけど、この回の方向性は好みだった。