サービス開始日: 2024-10-05 (704日目)
こんな意味わからん演出で対決をスキップするなら、最初からトーナメントにしなければいいでしょ…。だいたいサーカスでトーナメントって面白いの?サーカス描写も薄いのに急にスポ根モノみたいな展開しても中身もないし、面白くできるような積み上げも描写もできてない。物語の焦点が定まったのは良いけど、皇との対立がメインなら、もっと直截的にそこだけのドラマで良かったんじゃないの?そもそもからして人数多すぎるのに、大量に別の団まで出して、挙句ロゴと止め絵で終わりって、さすがに視聴者ナメてんのかな。。
いいシーンっぽいのに、ゲーム映像が変で集中できねえええええ!!!リュウが画面端でコンボミスで4強じゃなくN強Pになるのはまだわかるとしても、ノーマル竜巻締めはさすがにないのでは。SA2弾抜けが読み合いのメインなのもさすがに、だし…弾抜け見てるなら通る他の行動がもっとあるし、Dゲージ枯渇寸前の相手に中足ガード後SA2撃つのも不自然すぎる。そもそも中足に小技打ち返しでカウンター喰らう意味がわからんし、一応この頃は中足弱波動が連ガじゃないから割り込めた記憶あるけど、キャンセル確認なしでSA2出し切るプロとかいるか…?SA2パリィ後に最終段ジャスパでインパクト確反は高度な舐めプだよもはや…。ザンギの2弱Pが1F有利なの初めて知ったわ。でも発生6Fだから中攻撃みたいなもんだしそんなキレるほどじゃないでしょ…6強Pの方がよっぽどだよ。。まぁガイルに強いザンギってなんやねんとは思うが。
…ていうのはまぁおいといて。格ゲー強くなるの速すぎて友達失くしちゃった子の話はちょっとおもしろそうかも。
ビクトリアのキャラと行動には疑問が多く、物語は単にコイツがイキって余計なことしてるだけの時間が長いのだが…最終的にはそれを作品として全肯定することなく、きちんとそれなりの対応をした結果ビクトリアにとって不都合なことが起きていて、全体的に雑ではあるが、ある程度納得できるところはあった。キャラクターは、ビクトリア以外はモブも含めてわりと良いキャラが多く、特にノンナは終始物語の支えになっていた。最終話手前まではなんだかんだ普通なのだが、締め方は良かったのでやや評価を上げた。
光・魚の解釈がローワンから語られたが、本来的には命を与えるものであるらしい。それがあのような攻撃性を持ってしまった理由をローワンが仮説として提示し、併せて物騒で性急な解決策が示されることで人魚姫のモチーフに戻ってきた。端から見ると非常に疑わしいが、追い詰められて視界も考えも狭く・浅くなったララは、この可能性から抜け出せない。少なくともリサとコータ、ローワン、場合によってはデカ魚もそう動いてしまう上、本来の人魚姫と違ってララの場合は自分が消えるだけでは済まず、一族が全員死ぬことになる。こうして、ララが、茉里が追い詰められ、多少強引だが話の焦点は絞られた。
おおよその展開はこれまで予想したとおりだったのだが、これで解決策がローワンの仮説どおりであればしょーもないわけで…グレイスの台詞ではないが、どのように異なる結末を見せてくれるのか。グレイスも、力が完全に消えておらず、ヘビみたいなお供も影に隠れていく描写だったのでどこかで出てくると思っていたが、良いところで良い動きをする。
1話を見返した時…年上の人魚がたくさんいすぎて、また母への言及があまりになさすぎて、母はあの当時存命かと思っていた。ローワンの堂々とした君主ぶりからも、「亡き女王陛下」がローワンの妻とは思わず、ローワンの母かと思っていたのだが…ララの母、ローワンの妻リグモアが女王で、ローワンは元王配だったのか…?グレイスはリグモアの姉妹か。そのグレイスがあのように人間に好意的なのであれば、リグモアが人間に殺されたというのはローワンの穿った見方が入っていそうではある。グレイスも生きていたし、彼女の観点でリグモアについて語る場面があるのだろう。
いつもの感じ来たー(それが一概に悪いとは言ってない 10秒カウントダウンは笑った こりゃこのまま最後までバトって終わりだなー
面白い、面白いのだが…中途半端に興味を持って歴史を調べながら視聴してしまうせいか、シタラ/ファーティマをねじ込んで政治劇としたことによる軋みがどうしても目についてしまう。今回でいえば、ソルコクタニ・ベキがトルイの死によってすべてのやる気を失い、ファーティマの台詞によって生気を取り戻す展開。ボラクチンがドレゲネを利用し、毒によってオゴタイを害する展開、このあたりは結構無理があるように思う。何も考えずにまっさらに見ていれば普通に楽しめるとは思うのだが…。次回はファーティマがドレゲネと再会していったん終わりだろうか。
うーん…さすがにアキオの筋でさらにここから粘って尺を使われても困る感はあるのだが。次回予告からすると…あのウサギのツガイか、タヌキのツガイが死んだのか…?そちらのツガイ自体にはそこまで感情移入していないのでなんともだが、敵勢力が単純ではなく一筋縄ではいかないということを示しているという面では意味がなくはない、とはいえ後始末としては冗長。次回以降これを受けてどう描くかだなぁ。
正直もう原作をあんまり覚えていないのだけど、この辺面白かった記憶はなんとなく残っている。こうしてみるとこの部分の構造は無職と似てるが…時期的には無職が先なのか。
シャウラのこの謎の忠誠心はよくわからんが…それはともかくとしてさらなる動機を得、終わりなき試行錯誤を経て、自分への失望、からの菜月昴の書の流れはこの1話として良く出来ているよね。
前々回で萌芽として見えた物語が少しずつ動き始めたのがアニメ勢にも伝わるだろうか。一族、領地、個人を巻き込む政治劇の始まり、その一端が垣間見えはする、と思いたいが…。
いつもどおり、ベースはベタなすれ違いと失恋っぽい展開ではあるのだが、勘違い相手が小学生、さらに最後の畳み掛けるような怪獣遭遇で謎の緊迫感もあり、序盤の展開が失恋パートで繰り返される構図ではあるものの面白い。黒絵、ライリーに続き大人にしか見えない小学生と、生まれつきの身体的特徴によって特殊なコンプレックスを持つキャラクタがー次々出てきてある意味多様性がすごいのだが、シリアスとギャグの絶妙な境界を反復横跳びしていることもあり、ここまで不快感のないものも珍しい。ここ2話ほどはやや失速気味かと思ったが、トータルで見ると安定して面白いとは思う。
アラキが加入したDGが活躍して、PHとの間で距離が出来て、アラキの活躍はクルスによる歪なもので、PH側でも反省の空気…という構図自体は悪くないんだけど、どうしてこんなに見てて面白くならないのか…原作の課題を脚本がカバーしきれていないのだろうけど…
相変わらずゲームによる描写が面白くないし、ゲーム内での描写もすべて中途半端。アラキによってDGが活躍するさまを描くなら、対抗チームが一矢報いるけど結局負けるみたいな展開をアクション含めて丁寧に描かなくていいと思う。言いたいことが分散する。そのアクションも絶妙にショボい。PH側は相変わらずステラが意味不明なぐらいキレてる上に、他のメンバーもそれをなだめるでもない。話をまともに聞かなかったことに対する反省もない。素材はあっても無駄なものが大量に混じっているし、大事な素材は腐ってるし、調理もよくない。
安海たちがSNSで作品を発表しはじめるが、ちゃんとSNSからの反応との付き合い方、読者の反応があったことによる創作の喜び、反応につられて自分が曲げられていく様子が描かれ、展開・描写が地に足がついている。安海の4コマは全然面白さがわからないが…。手島先生が過去パートで金剛寺から自分自身を肯定され、それを守れる環境も用意してもらった経験、それを安海に見えないところでそっと返す展開でまた手島先生を好きになってしまった。
言っちゃなんだが、そもそもテーマが違うとはいえ、同じ現代の創作、ネット、SNSが舞台でも某作とあんまりにも違いすぎる…そんなに複雑だったり変わったことをしているわけでもないし、たった1話でしかないのに。フレーバーでも良いからこういう話が欲しかったな。
汐汲は、もうその当時の演目として表現しようという気はさらさらないのだな、というか最初からなかったんだな。歌の音階も、音そのものも、現代劇にしか聞こえない。汐汲改作というのは、作中で改作でもあるが、現代視点での改作でもあるのだろう、まぁそれは仕方がない。情景を浮かばせるためにその情景そのものを描く演出も…なしではないが、露骨すぎるように感じはする。現代の野外演劇としては良く出来ているとは思うし、伝わりやすい表現ではあるのだろうが。
こうした芸の時代性のようなものを諦めた時に残るのが、増次郎、コガネ、鬼夜叉の行方だったのだが…コガネの前回の舞の帰結がこの極端な展開というのには落胆させられた。義満の受け止め方も…あまり納得できるものではなかったかな。あと2話だろうか…鬼夜叉も成人し、当初期待していたものがほぼ失われてしまったが、何かこの先見るべきものは残されているだろうか。犬王のアニメついでに見てみようかなぐらいかな…
ライブやるのはいいんだけど、ここまできても炎上対策なんだなぁ…最後までそういう感じですか。「音を合わせたらいい感じです!」それを会話でやりますか。最後までそういう感じですか。都子ビオラまだ引っ張るんですか、この会話劇も本当に酷い、なんでここまできてこんなものを見せられないといけないのか…私は何か悪いことでもしたのだろうか。クリエイターとして経験になるからみゅーたいぷで頑張ります?クリエイターなら、こんなとこで意味わからん問答して発散するんじゃなく、創作で見せてよ、聴かせてよ。バンドアニメなんでしょ?なんで常にバンドそっちのけで話を解決するの?バンドは、ライブは、人間関係が解決した後の打ち上げか何かなの?
ビオラに対する処置も、大人が発信者情報開示…?まぁ、現実的ではあるかもしれないけど、ここまで引っ張ってさすがにそのオチで終着は…。このまま次で最終回らしいが、次回ライブもやるとするなら尺的にはビオラ関係は未決着なまま2期になりそうな…。またマイムジみたいにエンディングでビオラの意味深なシーン見せて引きとかやめてくださいよほんと。
そもそもこの感じのまま最終回ライブだと、ライブがどれだけよかったとしてもアニメのキャラクターと物語は不要で、最初からライブMVだけでよかったね、とアニメの存在意義自体を否定することになりかねない。ライブアクトでバンドとしての積み重ねを表現できるなら少しは評価するかもしれないが…このシリーズの最終回ライブでそういった表現を見たことがない。
そもそも、既に同じビジュアルと名前でありながら全く違うキャラクターでVとして活動している状態(さらに中の人も同名でリアルライブをしたりMV出したりするからより混沌としている)なので、もはやVによる架空の芝居でしかないアニメの物語を見せられても、なにひとつバンドの物語を補強しない。架空のバンドのさらに架空の芝居でしかない。その芝居ですら存在価値が感じられないとしたら、一体これはなんなのか。みゅーたいぷはバンド自身の物語、キャラクター、音楽、演奏…バンドを構成する要素が酷く分離、散逸している。キャラクタービジネスとしては狙い通りなのかもしれないが、バンドとしての物語性やそこから得られるカタルシスは、これらが自然に凝集しているリアルバンドの方が全然上に感じる。わざわざバーチャルで組成して架空の物語を与えた意味が私には全く理解できなかった。
キシリカ拘束から流れるように連行、そのまま始まるOPが葬式みたいな雰囲気で面白い。
今回アトーフェとザノバの交戦で、アニメとして初めて闘気について言及があった。初めてらしい。闘気は簡単にいえば魔力を使った身体強化の技術で、(気分としては)魔力によって細胞レベルで肉体を強化することであらゆる身体能力を強化するというもの。これは剣士を含め物理職には必須の技能ということになっており、原作ではルディがフィットア領でエリスの家庭教師をしていた頃、既にギレーヌからエリスが闘気を纏い始めたことに触れられていた。ラノア魔法大学ではバーディガーディとの対話でルディが(ラプラスと同様)闘気を纏えないせいで剣士として才能がないと宣告されているのだが、アニメではどちらも省かれてきた。今回ザノバやアトーフェがやたらと頑丈だったのは、ザノバは神子としての強靭な体に加え闘気を纏うことで物理攻撃に対して異常な耐性を持っているし、アトーフェは尋常ではない闘気によって肉体を強化しているせい。
闘気は魔術も軽減できるため、極端に闘気の強い者には攻撃魔術も効きづらい上、アトーフェは夫である初代北神カールマン・ライバック(ペルギウスとともに魔人ラプラスを封印した三英雄)から手ほどきを受けており、筋は良くないが北帝程度の腕前はあり、岩砲弾を叩き落とすくらいの技量はある。ムーアについてもアニメではルディの魔法を食らってから対抗魔術を詠唱していたが、原作では杖を構えた時から既に詠唱を開始するくらいに対抗魔術の熟練者であり、各種魔術を軽減する鎧によって魔術によるあらゆる妨害がレジストされていた。だから、アホみたいなやりとりで大したことない戦闘に見えるが、実際は絶体絶命だった。そこで、闘気を無視して麻痺効果を与えられるエレクトリックで足止めをしたということなのだが…さすがにStudioBindでも雰囲気までになってしまう。マナタイトヒュドラから採取した吸魔石も今回ここでザリフの義手に組み込まれて一応使われた。エレクトリック後にムーアからクリフに放たれた魔術を打ち消した「腕よ、吸い尽くせ」は吸魔石を起動するもので、ディスタブマジックの強化版のように発動後の魔術すら打ち消すことができる。もしかしたら後半クールでこのあたりまとめて補足があるかもしれないが…
今回、オルステッドも使った前龍門、後龍門を召喚する際のペルギウスによる「三番目に死んだ龍。最も鋭き瞳を持つ、白銀鱗の龍将。甲龍王ペルギウス…」という詠唱。これまたアニメではスキップされているのだが、原作ではフィットア領で獣人語、魔人語を学んだ際に、実はこの世界の神話・歴史についてわりと細かく記載されており…太古にあった7つの世界と7柱の神、そこで龍神と相打ちになった五龍将についても述べられている。三番目に死んだ龍。前回ケイオスブレイカーにあった壁画と重ねれば多くのことがわかるだろう。
単なるアホのやられ役にしか見えないアトーフェも、このカールマンの妻、バーディガーディの姉、キシリカの将来の義姉という人間関係から意外なほど重要人物である。ナナホシを救うためのちょっとした魔界へのクエストの背景にも膨大な歴史と設定が詰まっており、それらが垣間見えるのは面白い。
こんな風に、原作を読んでいると多数の設定や心情描写が省略されているのだが、その上でも楽しめる形になっている上に、原作既読勢がこのように蘊蓄を垂れ流したくなるようなフックは映像にきちんと埋め込まれている。それがこのアニメ化の優れたところだと思う。
そして次回はターニングポイント4。これまでの長い物語の見方が根底から覆る、その始まり。
な、なに?ここで特殊OP?OPは抜けて良いんだよねこの作品…
蘇生魔法の話が現段階でさらっと終わったのは良かった、この時点で蘇生ルートに入ったら話がめちゃくちゃになってしまう。この作品がアニメ向けに作られていたら…もう終わり方は見えているようなもの(紆余曲折はあれど不可避的にシーナは死に、ミミはシーナに蘇生魔法を使う、この特殊状況での蘇生の行方に最後のドラマが委ねられる)と思うけど、まだ連載中となると今期綺麗に終わるわけではないのだろうなぁ。そうでなかったとしても、シーナが治癒魔法でやる気を出して、これまでのシンプルな関係性が変化するための動機と材料が増えて、話を続けていく素材も揃ってきた。百合のための百合作品みたいだった1~2話からはもうずいぶんと違っている。
やっぱ今回も全体的にスト5時代の読み合いで、スト6だと違和感多すぎではある…ケンはガイル相手に近距離OD昇竜弾抜けで勝負なんてしないし、端でガンガードで守りが固くて有利とか、リバサ前歩き投げがありえない選択肢とか。ゲーム画面づくりもあちこち変…中足ラッシュ強P中迅雷弱派生とか、春麗の詐欺飛びにOD昇竜とか…中足弱波掌にカウンター喰らうのも意味わからん、何に打ち返したの… だが、懐かしい感じではあった。
連載長くやるなら、ここらで一通り外部のライバルに敗れていくのは良い展開だとは思う。わけわからんこと言ってるやつもいるけど、試合の流れの作り方とかは今でもおかしくないところもあった。まぁ学園百合ものとしてはいらん展開かもしれないが…
これまで少しずつ強くなる過程を描いてきたのと違い、ローゼンヘイムに来て以降はひたすら無双と成長を短いサイクルで繰り返すようになり、ある意味で見慣れた量産型なろうになってしまうんだよな。この先もそうだから、次第に興味をなくしてはいくのだけど…これまで積み上げた強さを解放し、始めてお披露目する場であるこのパートは、飽きが来る手前ということもあってやはりそれなりに面白くはある。今期までは面白く見れる気はする。
良いとこと悪いところが混ざり合ってる…ここに来ての大人組の背景の掘り方はかなり雑だなと思う、妹も姉を助けたければ家族として治療費は出せばいい、サーカス全体の問題にする必要性が見えず、さすがにやり方が迂遠で不自然すぎる。凛が情報を漏らしていた件は、序盤からどう見てもそうにしか見えない展開だよなとは思っていたが、それで面白くもなりそうもないし、さすがにないだろうと思っていたのだがこういう感じですか。麻利亜の生い立ちもかなり取ってつけたようで、そこも含めてあまり…
とはいえ、団が一つになり、麻利亜も含めて頂点を目指すというクリアな目標設定に至ったこと自体は良く、その部分的な過程にも良さはあった。終盤に向けての盛り上がりの土台にもなっている。ただ…ここまでのサーカス描写が雑すぎて、いきなり頂点を目指すという話の現実感があんまり湧いてこない。なんか麻利亜の過去や皇との関係も含めて、雑に終盤の盛り上がり作ってきたな感が漂う。何もないままだらだら続くよりは良いが、もう少しやりようがあったんじゃないだろうか。
ルカとの関係も含めてほぼ予想どおりの展開ではあるのだが、今回ララが振りかざした利己的な感情が呼び起こした光はまるで魔法のようなエフェクトを撒き散らし、巨大な魚はより歪に望まぬものを飲み込もうとした。本当にこいつは適切な感情であれば望んだ形で効果を表すのか…?今回茉里の祖母が牧師であることが示され、教会のシーンも挟まれて、ララの感情と光・魚の振る舞いとの対比もあってキリスト教的な無償の愛も匂わされている。普通に考えれば人魚全体を救うならそういう方向なのだろうが、個人的にはそこからもっと捻った結末を期待したいなぁ。
弱り果てて消滅寸前に見える魔女は、「もはや人魚ですらない」はまだわかるにしても、「人ですらない」とは一体…魔女もかつて人だった時期があったということか?人魚世界の代表としてのリサと魔女グレイスは対立しているものの、どちらも彼らなりに自分たちの世界、そしてララの行く末を案じているようには見える。両者の対立点は、人魚側が人間を嫌悪し、人魚世界のことしか考えていない一方で、グレイス側は人間と人間社会に愛着を持っているように見え、選ばれたプリンセスの力とやらが本当に存在しているとしても、ララには人魚側に閉じていてほしくないと考えていそうに見える点。その理由を明らかにする鍵は魔女の過去にあるのだろうが…魔女も過去にララと似たような立場から失敗したとかだろうか。終わりは近いがここまで来てもまだ見えない。
残りは3話、いずれにせよ先の見えないオリジナルアニメとしてこれ以上ないくらいに楽しませてもらっている。願わくばこのまま最後まで走り抜けて欲しい。
別に、おおよそ変ではないんだよな、全員トラウマや精神的な幼さがあって不思議ではない設定で、このいつものお約束的すれ違いもまぁわからなくもないし。ただ、ドラマを起こす構図がいつも同じというだけで…。もはやこれは、時代劇、量産型なろう、刑事モノミステリのような1つの型になっているのかもしれない。しれないが、私はこういうテンプレを繰り返すのは飽きが来て苦手…
前回の事件でのボラクチン側の動きが明らかになり、各陣営への影響がファーティマ視点で語られる。ボラクチンにいいようにやられていたことにようやく気づき、ドレゲネを支えていくことを決意した、ということで基本的には楽しめる内容。ただ今回、その受け皿となるべきグユクの人物像はこれまたかなり誇張気味に見える。オゴタイもかなり妙なのでこのあたりはもうある程度作劇上の都合として受け入れていくしかないのだろう。オゴタイには既に若干のあやしさを感じているが、作劇としてうまくまとまっていくならそれで良い。
今回も含めてこれまで何度も繰り返されていて気になるのが、ファーティマの演技・演出。こいつ、嘘をつく時だけ明らかに表情、しぐさ、話し方が違う、というか本当にうさんくさくなる。あえてわかりやすくやっているのは理解するが、ボラクチンは政治的に有能である設定になっているのだから、このレベルだと見抜けない方が不自然になる。少なくとも現状ボラクチンは、ファーティマを自らの目的のために問題なく利用できると判断している描写に見えるため、違和感が強い。あれだけ露骨に裏がありそうな態度を見せている相手なら、利用するにしてももう少しアプローチの仕方が変わるだろう。
政治劇としては、こうした重要人物との虚実交えた会話が鍵になるのだから、視聴者にだけわかる「嘘のサイン」と、作中人物にも当然見えている表情やしぐさの区別は、もう少し慎重に扱ってほしい。