サービス開始日: 2024-10-05 (664日目)
誰も彼も癖つっよ… このシリアスとギャグのミックス、どこにでも持ち込めるんだ、持ち込んでくるんだ…。いや、すごいな。視聴者を、どういう気持で見たらいいんだこれ…って感情にさせるの上手すぎない?無意識に予想していたラインを軽々と踏み超えてくるんだが。これは…長所でいいんだよな…?
わああ…前回溜めてライブを持ち越したからには、何かライブに向けた展開を入れて盛り上がる形にしてからだろうなと思っていたのだが、冒頭からいきなりライブなんだ。曲の方向性がそこまでストライクじゃないというのもあるけど、バンドアニメのライブで過去一響かなかったかも。。当然だけどライブもバーチャル形式で、実際のバーチャルライブだとトラッキングや映像を駆使してまるでそこにいて動いているかのような再現が没入や感動を生む側面がかなりあるんだけど、これは別に普段の絵面とまったく同じでそういう意味での感動はないわけで…キーボードは楽器初心者で初ライブなのにあり得ないアクトしてるし、MPは急にラップしてるし、リハもないし、律はせっかく電撃的に加入したのにいてもいなくても良さそうな程度だったし、初ライブという重要イベントを物語と絡めて活かそうとは全然してない様子だった。これまでを踏まえるとみゅーたいぷはこんな感じでずーっと薄いままで、物語はひたすらビオラが暴れていく感じなのかな。律が前を向いて動いているのはいいけど、次はみやこがこうなるようだとただビオラを中心に穴を掘って埋めるマッチポンプ感が強い。全体的に切り札と展開は悪い意味で予想どおりだし、脚本は期待には届いてない…。ライブは単体で見ると良いと思う。ただ、物語の一部になっているように見えない。
全体的には小学校高学年~中学生女子向けでよく見られるような行動や感情表現がデフォルメされてリアリティラインが低い作品をベースに、ビオラがひたすら引っ掻き回す作品という印象が固まってきている。とはいえ、初回一挙3話放送のため7話まで来てもまだ半分程度で、普通の尺なら6話相当ぐらいのはず。そういう意味では、まだ挽回する余地は残ってはいる。
3Pの話は正直さすがにかなりどうでもいいのだが…今回もあちこちかなり会話を盛っていて、相当ゆっくりやるんだなぁという感じ。前半クールの区切りの場所の問題もありそう。あちこち丁寧に描いてはあり、前期のパウロの遺志も受けた日常の総決算的な回ではある。ただ、この先を見据えた際の伏線はそこまで厚くはなく、過去を踏まえた日常の総決算という意味だと若干前回とかぶって冗長な印象はあったので、もう少し畳んでも良かったかもしれない。畳みすぎると本好きみたいに味気なくなってしまうが…。
エレクトリックは想像してたのと結構違って、出るのも遅いしわりと大規模だった。おそらく、実際に魚を感電させる形に脚本変更したので、原作より大規模に描写されたのだろうとは思うが、大人気なさも含め、後々のことを考えるとこれはあまり良い改編ではなかったように思える。 そしてゼニスは…おそらくアニメだけでは最後まで知ることがないであろう設定があり、それを重ねてみるとまた違った見え方になるのだが…今回だけだとちょっと良さげな話でしかないね。
それなりに売れたジャンプ漫画作者の原作ということで視聴。岩元先輩があちこち巡りながら異能者を集めていくのだが、一話完結のエピソードがどれも面白くない…舞台も構成も今となってはありふれており、引っかかるものが何もない。その上で致命的なのが、岩元先輩を中心としたキャラクターに魅力がまったく感じられないこと…。そして作画もそこまで良いわけでもない。となると、どこを楽しんでいいのかわからない…4話で何か敵っぽいイケメソが出てきたが、この2勢力の争いを特に見たいとも思わなかった。この手の作品が初なら楽しめるのかもしれない。4話で視聴中止。
あ、そういう感じですか…。女子中学生が初見で裸馬に一発で乗って、手綱も鐙もなしで全力疾走して崖から飛び降りて、暴れ狂って蛇行する馬に乗り続けて、地面に倒れている女性を救って駆け去るとか出来るわけないでしょ…。めちゃくちゃすぎて乾いた笑いが出てきた、チーレムなろうアニメですら雑とはいえもうちょっと活躍の裏付けは用意してますよ。三姉妹も自分で王族の寝所に押し入るとか意味がわからなすぎる…。寝所の動きにも現実感がない。口に含ませようとした時点で王子ももっと動くことができただろう。仮死状態の白い水も…体当たりで建物を崩して外に出るのも…相変わらずの王子の人形っぷりも…もういちいちつっこんでも仕方ないが。。全部が30点以下の要素で構成されている。。
当初は設定もキャラもやたらと無機質で記号的に見えていたけど、主人公とミミ以外のキャラもそれぞれの考え、思惑を持って動いている雰囲気が出て、4話かけてなんだかんだキャラが生きてみえてきた。今のところは破綻しそうな要素だけひたすら積み上げているけど、これをどこでどう使っていくのか気にはなってきた。
補正切りにカウンター確認、EVOJ…誰もついてきてなさそうで笑う。実際、何言ってるか全然わかんなくて切ったみたいなのを見た記憶…今ならEVOJの前にWWだろうなぁ…他にもオンライン大会山程あるしなぁ…今ならもっと楽しいだろうな。
今までよりは面白かった。今回は動きもいらなかったし。キャラ同士の絡みも良くなってきたのでは。まぁ…手品とかめちゃくちゃだったけど…もうそういうところには何も期待してないので。。
今回もまた、子供のようなララが真実の愛を探すという名の下に人間と感情を知っていく。ララが触れるエピソード自体は本当にありきたりなのだが、無邪気なララが子供のように純粋に振る舞って喜怒哀楽をあらわしながら、経験者として自分の後悔を語るから…相手もそれを素直に受け止めて前に進みたくなる、その様はすごく単純だけど高校生としてのリアリティもあって面白かった。これはララが一族を背負いながら大人になる過程でもあり、どんなふうに、そしてどのくらい過去と、そして未来の結末へと影響していくのかを含めて見るからこそ味がしてくる。
無邪気極まるララと、それに振り回されながらもなんだかんだ付き合って、横で常に冷静につっこむ茉里の構図も面白い。茉里は本当に辛抱強くいいやつで、ララの大きな支えになっている。私だったらララにはもっとイライラして説教してるかもしれないし、そうなると違う種類のドラマが始まってしまう。そうでなくとも、茉里がこのキャラで横にいてくれないと、このルックと演出があったとしても単なるベタベタな物語にしかなっていない。
加えて、こうした1話完結のエピソードを描くだけでなく、Cパートで姉との関係と現状が一筋縄ではいかないことが示唆されてメインの話も動き出している。この2つの糸がどう絡まってどこにたどり着くのか、いまだ見えないし、面白く着地しそうかもわからないが…今のところペース的には悪くないと思う。
これは、なのはシリーズとしてやる必要があるのだろうか、続編出す時は既存キャラの素直な掘り下げや人間的葛藤・成長じゃなく、新キャラ使って仕切り直したバトル展開しないといけないルールでもあるのか…?一応Detonationの世界の続きではあるのなら、はやてと年齢差が出来ているあたり、旧なのは世界やなのはたちの深堀りが多少はあるのかもしれないが。まぁ…Detonationの世界をそのまま保存して続編をやるのは人数的にも設定的にももはやきつそうだけど、それは同じスタイルの作劇ならきついというだけで、もうちょっと出来ることあると思うのだけど…主人公変えてまでリセットしてまたバトル展開で仕切り直すとは思っていなかった。いや…思っていたかもしれない…
女神の水浴場の光景が映像になったのは良かった。アクションは、君たちはここが頑張りどころじゃなかったの、というぐらいの微妙さだったが… 全体的にローゼマインが原作よりかよわい女の子風に改編されている上、原作でさらっと流せるものを改めて映像化されるとウザさがすごい。記憶があるとはいえ精神年齢は肉体相当という設定らしいから、まぁこんなものなのかもしれないが、もうちょっと性格的には締まっていて欲しい…原作の性格の方がしたたかで強さがあり、好きではあった。
ジャダ石をうっかり落とすとか、物陰でうっかり大きな音を鳴らすとか、物語の展開のさせかたが急にだいぶ雑に… 元々この作品はドレゲネを主役にするつもりだったらしいが、ファーティマに共感したドレゲネのこれまでとこれからがどんなふうに描かれるかで、この作品が決まるのだろう。史実として最後どうなったかは知っているから…過程で何を見せてくれるのか。次回に期待。
BLEACHの作画・キャラにNarutoの序盤展開・キャラを重ねたみたいな感じだな…実際、この作者はBLEACH大好きでかなり影響受けてるらしい。私はあのノリ好きなので嫌いではないが、今のところはあくまでわかりやすいフォロー作品の域を出てもいないかなぁ。原作はかなり短く終わってるから、BLEACHほどキャラ掘れないまま終わっちゃうだろうしなぁ。しかし、ここから転換してHEART GEARに行ったのはなかなか勇気あるな。だいぶ違うじゃん。
田寺の東村に対するスタンスも明確になり、ユルの東村に対する姿勢も明らかになる方向で、単なるユル陣営と新郷のバトルにとどまらず、あちこちで陣営の立ち位置が明確になってきて話が進んできた。このへんもっと引っ張るかと思ったんだけど、いい加減情勢はある程度固めて次はユルの両親の手がかりで物語を作っていくのかな?まぁさすがに死んでるってことはないだろうし…。今までわりと謎だった左右様と影森当主のバトル的なポジションが明確になった。影森当主の化物っぷりを考えると、東村って全体的に戦力低すぎない…?東村の山賊壊滅してるし。だから引きこもって解と封で一発逆転狙ってるって感じなのかな。いずれにせよ面白かった。
言っちゃなんだが、前半のReflectionがあそこまでめちゃくちゃだったのに、勢い任せはありつつもなんだかんだ綺麗に畳んできたのには感心した。基本的には引き続き魔法少女ドラゴンボール的な感じで、増やしに増やした味方の陣営に対抗すべく、ただでさえ多かった敵陣営にさらにぽっと出感満載の黒幕は登場するわ、俺は手駒を量産出来る!とやたらと兵士兵器を量産するわ、その中に謎の特殊個体みたいなのを突然誕生させるわ、さらにそいつらには名前もなくキャラデザも立ってないわ、そのまま退場してくわで、ますます誰が誰かわかりづらく、一体何してんの…ってツッコミどころ満載ではある。ただ、主要オリキャラであるキリエ、アミティエ、イリス、ユーリ、王様、シュテル、レヴィの出自と関係、経緯については一通り描写され、因縁があるキャラクター同士の感情のぶつけ合い、戦い、和解が描かれていたし、なのはシリーズらしい見せ場は用意されていて、自分で散らかした感のある舞台はきちんと収拾をつけて終わっていた。散らかさなければ良かったんじゃないかと言う気はするが、そこはまぁ…
シリーズの主役格、なのはフェイトはやての出番は相対的に少ないのだが、終盤は超サイヤ人覚醒からの自己犠牲、自己対話、からの友情帰還エンドと、なんかどっかで見たような雰囲気は強いながらも、シリーズファンが見たかったものは見せて終わったのではないかと思う。プロットはやはりシリーズの従来構成をほぼなぞっているのは気にはなるのだが、まぁ10年に1度上映される伝統芸能みたいなものだと思えばこれでいいのかもしれない。
うーん…。やはり、鬼夜叉が稽古以外で得た感覚と、古典的・形式的な能が結びつかない。生物としての生活に接続した原初的な舞やコンテンポラリーダンス的な舞に見出した良さが、あの形式的な能の動きにどう活かされているのか、作品を見ているだけだとまったくわからない。
非常に高い要求をしていることはわかるし、出来なかったとしても仕方ない面があるのも理解できるが、この作品自体が明らかに身体表現としての舞、芸とは何かをテーマにしており、それを幼少期の鬼夜叉から描く以上、作品は成長と変化によって芸を描くアプローチを選んでいる。その作品をアニメにするのであれば、鬼夜叉が得たものを、舞の変化として映像でわかるように表現して欲しかった。正解なんて誰も知らないのだから、正しいかどうかはどうでも良い。物語を、テーマを、映像で伝えて欲しかった。
猿楽はモノマネを含むもっと猥雑な大衆芸能だったものに、観阿弥が物語や歌謡を取り入れたという話で、世阿弥が幼い頃ならばまだ大衆芸能色が強く、形式化されていくのはもっと後なのではという疑念もある。室町時代はこれが大衆芸能として楽しまれていたのか。大衆に受け入れられる芸能が生物的・原初的な舞と近いとするなら、今と昔でそこまで乖離があるとは想像しづらく、さすがにこの能のスタイルが大衆に楽しまれていたとはどうしても考えづらいのだが…。もしそうであれば、この時点ではもう少し原初的な猿楽として描けば、原初的な舞やコンテンポラリーダンス的な「良さ」と接続しやすいし、鬼夜叉の成長を猿楽の変化と同期して描けたのではないか。私が今のアニメ上の表現を完成した能としか認識できていないだけで、ここからまだ変わるのかもしれないが…。
スタッフを見ていると、シテ方観世流のちゃんとした人が型付・監修をしているようで、型にはまった能から外すことが難しく、接続が難しくなっているのではという気もしなくはない。一方で、東京五輪の振り付け師のような現代的な振り付けスタッフも入っており、そこの統合が少なくとも物語の表現としてはうまくいっていないように感じる。もしくは、原作者の考えた原初的な舞と能との接続がそもそも無理筋だったのか。
また、義満が秩序のために能を用いたというのは通説らしいが、それと自然や美を直接結びつけるのは無理があるのでは。仮に作中の義満がそう考えたとしても、義満の考え方…ひいては作者の考え方にもいまひとつ賛同はしづらい。現実は別にそんなものではなく、自然が無秩序を生んでもたらす美もあれば、秩序によってもたらされる美もある。アニオリで補強された台詞でよりこの違和感が強調されているが、この作者らしい感覚的な飛躍にも感じた。
全体的にはこれまでと同じ展開なのだけど、怪獣化した状態で恋愛の高ぶりがなくなると完全に怪獣化に向かうこと、そして最後はこの状態のまま付き合うことで次回以降は違うリスクと人間関係につなぐ形になったので、まぁ良しという感じ。おじさん的ポジションの人は敵に回るのかと思いきや、黒絵溺愛で立場との間で引き裂かれるかわいそうなポジションっぽく、こっちはこっちで展開次第では面白そう。大人の良いとこ見せて欲しい。黒絵が怪獣だとバレたかどうかはまだ微妙そうだが…
主人公の出自関連は、体質とかでなく1話からずっと家に置いてあって何かあるたびに映ってる卵の殻みたいなやつから生まれてきた人外で、そもそも人間じゃないと思ってたのだが違うのかしら。それだけだと病院で人間判断されてるのは妙で、何かもう一皮くらいは設定あるのかもしれないが、基本的には生物学者時代の母がどっかに探検した先で拾ってきたもので、人間に擬態できるのはその生物の特殊能力とかそういう雑な感じだと思っていた。そっちを掘っても別に面白くはできるだろうけど、個人的にはそこらへんは全然期待してないというか、ここまでの半分ギャグ混じりの展開からはそういう方向の作品ではないのだろうなとは思っている。
80~90年代の香りを色濃く残す、ドタバタアクションコメディとしては楽しめなくはないかも。実際にあの時代を通って色んな作品に触れているとさすがに黴臭いのだが、そうでない人たちにはこのビジュアルが新しく映ることもあるのだろう。しかしフロッピーディスクて。犯罪者が公務員買収するのにキャッシュで10万ドルて。今どき若手社員でも持ってますよ、さすがに古臭すぎる…当時作られたものを古いものとして鑑賞するのはいいけど、今作るのにあえて古いまま作ったというのは単なる逆張りにしか見えなくてあんまり魅力感じないなぁ。原作もうほとんど覚えてないが、人形遣い含めて設定は当時としてはとても面白いのは理解できる。合う合わないは別として、ゲームのリマスター・リメイクと同じで、こういうのもあってもいいかとは思う。
ここまでは無駄なカメラ回しとしか思わなかったが、今回はじめてGoHandsのカメラと演出に意味が感じられた。コミカライズの時点でわりかし面白かったのだが、序盤の戦闘がそこまで面白かった覚えはない。しかし、今回はその序盤の戦闘にも迫力が感じられてコミカライズより良くなっていた。見たいものが見られた感。パート間のカットの使いまわしはもうちょっとなんとかしてほしいが…
クレマチス加入、主人公吹っ切れ、初ライブ(次週だけど)までは予想どおり…なんだけど、胸糞女はここからさらに活躍して引っ張っていく感じかぁ…主人公が前向きになって音楽はじめようとするのは好ましいのだけど、ヴィオラが出てくると直ちに話がそっち方向に行っちゃうからつまんなく感じてしまう。次回は初ライブだろうしさすがに盛り上がれそうな気はするけど、クレマチスの加入をバンドの音楽的な成長として魅せるのはさすがに無理そうだよね、そもそも今まで何も演奏見せてないんだから…。やっぱ音楽要素薄くて、プロモ描写に傾倒してるよなぁ…そこはあんまり興味ない。。初ライブ後も今の胸糞女の別のメンバーとの絡みを育ててメインの展開にするならあんまり好きな方向にはならなそう。それでもラストライブに向けて面白い展開は作れはするんだろうけど… たぶん最終回までの間はまた人間関係でもめて、最終回でライブとか…?音楽要素もうちょっと出ないかなぁ