異なるレースが重ね合わせられたかのように演出された今回の演出方はルドルフが夢想したように、もしオグリが出走していたらレース結果はどうなったのか?と考えずに居られないもの
そう思えば、夢を見せるという点においてオグリは誰にも勝るダービー出走条件を満たしていたのではないかと惜しい気分になってしまう
それだけにオグリに不足していたものは何だったのかという点が焦点となる内容でも有ったね
冒頭のマルゼンの台詞に表れるようにダービーを走る事は誰にとっても名誉な話。それこそ多少の不利を受け入れたとしても
そう考えれば、1万の署名を集めた藤井や諮問委員会に乗り込んだルドルフもオグリをダービーで走らせる為にリスクを承知で行動していたと判る
オグリの走りには夢を見てしまう。だから夢が実現する光景が見たい。願いとしては単純であっても、夢とはそう易く実現するものでもないから夢と表現されてしまう
その点は頂点を取れる者は限られているという此処数話の問答に凝縮されているね
日本ダービーは最も運のあるウマ娘が勝つ、その格言に従ってしまえばオグリは運が無かったという話になり、勝ったチヨノオーは運が有った、つまりはオグリが居なかったから勝てたかのような印象を持ててしまう
けれど、その点は原作よりもレース描写を増やし、オグリが走るレースを誤認させる要素を減らす事により、チヨノオーは勝者に相応しい好走を見せたのだと判る内容となっていたね
勝ったチヨノオーを称える観客の姿を描く事で、彼女とて大勢の人が待ち望んだ夢を実現出来るウマ娘であると、ダービーを走り獲得するに相応しい頂点であるとも描いていたと受け取れたよ
そしてチヨノオーがそのような描き方をされているから、ダービーを走れなかったオグリがチヨノオーと同じような歓声を受けている事によってダービーを走るに相応しい品格を備えていると判る
だから、今回は無理でもオグリというたった一人の人物を機にルールを改訂しようという機運が生じる展開に無理がない。オグリはダービーを走れなくても実力で常識もルールも覆したわけだ
オグリキャップという存在をこれでもかと刻み込んだこの中央編入篇を終えて始まるのは最強との激走。彼女がオグリが走るレースへと本格参戦してくる未来が楽しみに思えるエピソードに思えましたよ