二人きりの家出旅行は互いの本性を露わにするものに
紫陽花が旅費を全額負担しようとしたのは配慮に満ちた彼女らしさが垣間見える。でも、これはれな子が勝手に同行した旅である以上、れな子はそのような遠慮や壁は許せない。というか、家出に踏み込んだれな子は更に紫陽花へ踏み込むわけだ
そうすると見えてくるのは紫陽花という人間がどのような少女であるかとの点だね。紫陽花はただの天使ではなく、他人に優しく出来る少女であるのだと見えてきたよ
卓球しながらの口論は無茶苦茶。てか、そこでのれな子の要求も無茶苦茶。だからか、対する紫陽花も言っている事が無茶苦茶となり、普段なら口に出さないだろう事まで伝えてくれるね
自分の為、人に優しくする。それを嫌悪する紫陽花の姿は一種の本性と言える。なのに、それを全肯定してしまうれな子はそれこそ優しいのだけれど厄介だよなぁ(笑)
対するれな子も自分の本性を垣間見せるのだけど、そんなれな子を紫陽花も肯定するね。互いにネガティブに捉える本性を肯定し合う。それは補足関係であり、良いも悪いも共有しているかのよう
本性を明かしあった次は裸の付き合い…なのだけど、一緒に温泉へ入るだけに留まらず何で揉む流れに…?
ある意味、れな子の本性に巻き込まれつつ在る紫陽花が気にするのはれな子の恋愛観。真唯や紗月と恋仲となったれな子が語る恋愛観は心の本質、彼女の中で友達と恋人がとても曖昧になっている事が伝わってくる
だから紫陽花も今は友達であるれな子に対して思わせ振りな恋愛観を伝えられたのかもしれない
自分の嫌な面も裸も恋愛観も見せ合う行為を経て、紫陽花がなんか凄い状態に
長い期間に亘ってお姉ちゃんであった彼女にとって、妹とか幼い女の子を演じられるのは彼女が望む本性の在り方かな?それをれな子に求めるのはれな子にどれだけ心許しているかが露わになっているね
それだけに今の紫陽花にとってれな子が自分以外を一番にする状態は少し嫌なのかもしれない。そんなタイミングで現れるれな子の一番を自称するスパダリ真唯により紫陽花の更なる本性がどのように明かされるのか、次回が楽しみでなりませんよ!