こう終わるのか…と驚きつつ、同時にこの作品の感想を全て言語化するなんて無理だなと実感させられる
ララは一族を助ける使命として”本当の愛”の先にある光を求めた。しかし、途中から光を取り戻すには憎しみの相手を殺す必要が生じた。愛であろうと憎しみであろうと一人に向けるもの。一人と多数をララは天秤に置く事になったが、茉里を好ましいと感じていたララは彼女と一族を引き換えになんて出来ない。また、この運命はララの命も懸かっている
”本当の愛”とやらは一族の命や愛する者の命、そして自分の命と釣り合いの取れる重さなのかという点がララに問われたのかな…
どう進展するにせよ、ララと茉里の関係が鍵になる。リサが茉里を向かわせるのは正しい。けど、彼女はそこで忠告に似た何かをしてしまうね
リサにとって茉里は憎むべき人間の一人なのに彼女の不足を教えてしまう。そこには人間社会で悲惨な目に遭った彼女ですら人間に憎しみ一色だけを向けられない何かが見える
なら、同様にララが光を手にする上で求める感情も一色とはなり得ないわけで
茉里との会話は象徴的でありながら対立的。自分達は異なるから憎しみ合うしかないと言うララに対し、茉里は違うから独りじゃないと訴える、愛せると説く
何が憎しみの刃となったかは判然としない。ただ、「愛する為に生まれて来た」は1話のグレイスの言葉を彷彿とさせるね。あの時もララは自身を大馬鹿者と称していたが、その理由は父の言い付けに背いたからだった
父の言い付けに従い茉里を害した今、目の前には望んだ光がある。けど、ララは自分を定義する諸々を否定する、地上に来た運命の否定すら否定する
そうして彼女が見出したのは馬鹿な自分の肯定と否定、愛する者が存在する肯定、そしてまさかの”本当の愛”の否定か……
ララが手にした光はプリンセスの光とは異なるもの。しかし、一族を癒す事はできる
愛一つで急激に全てを救うのではなく、少しずつ時間を掛けての和解。それは相互理解であり相互肯定か
ルカが描いたララの絵に尾鰭はなく、変わりに人の脚。ルカにとって最も美しいララの姿は人間の姿に行き着いたという事だろうか?それは同時にララが人魚で無くなった点を明確にする。ルカとの別れは人魚との別れであり、”本当の愛”を求めて彼を求める必要もなくなった事の象徴か
ララはまさかの滋賀や茉里の家を出ていくようで。”新しい光”とは地上の世界でまだ見ぬ場所だろうか?
茉里が居る世界であっても、茉里の近くではない。それは茉里に寂しさを覚えさせるけど、きっと彼女もララとの出会いを通して愛を得た、別れを寂しいだけで終わらせない何かを知った
ララの脚は人間というには傷だらけ。しかし、それがララであり、同時にララが愛した全てを象徴している。”本当の愛”を拒んだ彼女は誰か一人ではなく全てを愛するように世界へと旅立った
ラストの暗転、タイトルになっている言葉が聞こえてくるようでしたよ…
いや、本当に全てを言葉で解釈できたとは思えないけど、何か凄い作品を見てしまったという感覚がありますよ…