全編に織り込まれた多数のトリビアが売りだが、いろいろと問題のある作品。
序盤で登場した人気のあるキャラクターが、やがて登場しなくなり
記憶に残らないようなモブ級のキャラクターで埋め尽くされていくことには
作り手による主人公への肩入れを感じる。
ストーリー面は作者のイデオロギーが色濃く反映されており
世界のあり方をめぐる論議において誘導の意図が見え隠れする。
一例を挙げると、主人公・千空が「科学」の価値として掲げる事物は、
その副産物である「技術」である。技術と科学は同一のものではない。
過去に人類が編み出した技術には、経験によって発見され定着し
科学の知識を必要としないものも存在する。
ゆえに「技術」は「科学」と同一のものとして扱えないのである。
民衆がもっぱら必要とするのは「技術」のほうであり
科学そのものではないのだ。
科学由来の事物は素晴らしいものばかりではない。
人類が歴史において生み出してきたものについて本気で探究するなら
拷問用具や処刑道具、兵器なども言及を迫られることになるはずだ。
そうなると物語の聞き手にも
科学の価値に疑義を抱く者が現れるかもしれない。
一見、過激にみえる獅子王側のような思想を持つグループが
実社会に存在するのは、このような背景があるからだ。
それでも、主人公側は現実から目を背けず信念を貫くことが
できるだろうか。壮大なテーマを扱うからには、
作り手はそうした責任感を忘れないでほしい。
本作は単なる娯楽作で収まる企画ではないはずだ。
主要な登場人物の言動から、
「ホースにはモデルが存在する」と察しがつく。
作者が自分の私的感情を劇中のセリフにこめることは
先行作品でも行われてきたことだから、
その行為自体をとやかくいうべきではないのだろうが
主張の趣旨には同意できない。
その言い分を許容できるほどのカリスマ性が
ジョーロとパンジーには備わっていないからだ。
他者を罠にかけて恥じない者が
主人公とヒロインだとは嘆かわしい限り。
商業作品においてキャラクターの取り扱いは重要。
作者の手駒として使おうとしたことを厳しく評するしかない。
原作由来のようだが「臓物アニマル」とよばれる
内臓が露出したぬいぐるみの言動が醜かった。
主人公や主要な女性キャラクターの描写は秀逸。
これも個人的にリブートしたい作品である。
メインの三人組に用意された新規デザインは目を引く。
特にベラは今風の女子校生で、話題になっていたし
確かに見どころはここだろう。
モブキャラにいやな奴が散見され、
セリフを聞いているとストレスになる。
こういう演出は珍しいものではないが、見かけるたびに
作り手は人間不信なのかと思ってしまう。
敵兵は解放すべきではなかったと思う。
「無礼討ちにせよ!」と喚いて当然のように斬りかかる連中なのだから
野に放てば無辜の民が被害に遭う。
拘束して雇い主の情報を吐かせるべきだったな。
公式画像で「ホントにどうして、こうなった」と
記載されていることから察するに
企画者は今回のリリース形態が不本意なのだろう。
おそらく、原作ゲームの販促目的で企画したものの
想定した画風で制作できるスタッフを確保できず
言い値で仕事受けてくれる作家で妥協し
デフォルメ多用で制作することになったのでは。
土足で自室を踏み荒らされたら誰でも身に危険を感じる。不法侵入者を警戒して一時転居することの何が問題なのか。薬の成分を調べたか。処方薬や栄養剤の可能性は? 麻薬にも処方薬として認可されているものは存在する。冤罪の可能性あるのにクロありきの対応。結局、二重スパイ疑惑を裏付ける証拠は出てこず。魔女狩りの論理。ふたりは銃の扱いに慣れているはずなのに、眼前で自決を阻止できず。何も解決してないどころか最悪の結末。コントロールは、それでよしとするような組織ということか。ゼルダやジェネラルといった上官が外道すぎて、ヒロイン陣の問題点が矮小化されてる。美人は得だな。
シュールレアリスムを扱うなら
それに徹するべきだと思う。
幼児がいたずらして暴れる場面は
悪い意味で生活臭が漂い、不快だった。
古本の多くは絶版となっており
産業界では「商品価値を失っているもの」として
廃棄物同然に扱われる。
消費者には少量ながら需要があるので
古本市が成り立つのだろう。
本作は、古書の取り扱いについて
ありかたを考える機会になったと思う。
https://ch.nicovideo.jp/angelbeats
https://dizm.mbs.jp/program/angelbeats
https://fod.fujitv.co.jp/title/90gu/
https://www.amazon.co.jp/Departure/dp/B073ZN2GD4
https://animestore.docomo.ne.jp/animestore/ci_pc?workId=20333
https://www.b-ch.com/titles/3733/
https://www.nicovideo.jp/series/96293
Keyブランドのネームバリューにあぐらをかいて商売しているにもかかわらず
公式がステマを続ける、恥ずべき作品。
あまりに指摘したい疑問が多いので、論点を精査し、
いずれ改めて述べるつもりだったが
先日、新作「神様になった日」のPRを行う番組で、企画者らしい人物の紹介で
本作を代表作のように説明しているのを聞き、
やはり書いておくべきだなと思い直した。
これは反省こそすれ、誇るような作品ではないはずだ。
過去の企画の曲はともかく、この作品の音楽は
聴かせる相手への気配りが欠けている。
劇伴を聴くとわかるが、場面が転換するところで時間内に曲を収めず
ブツリ、ブツリと切っている。ムードが台無しである。
演出に必要な感性を備えたプロが監修していないのだ。
ストーリー面の問題点は多々あるが、
最たるものは「戦線」メンバーの異常な行動力である。
「反抗」を題材とした作品に先例はあるものの、
平時の中高生ふうの制服を着た集団が
武装勢力もかくやと思わせる装備を揃え、武装している姿は不気味さしかない。
彼らは、校舎にデストラップを仕掛ける、銃器を持ち出し
無抵抗の者に向けて発砲する、といったテロに及ぶ。
現実世界での行為なら、少なく見積もっても「殺人未遂」の罪状がつく。
事情があれば正当化なり情状酌量できるようなことだろうか。
反抗の発端としている「生徒が消えていく」という話については
頻繁ではないにせよ、現実の学校でも起こりうる事態である。
「○○、学校やめるってよ」というジョークを、
ネット上の雑談で見かけた経験のある人は多いと思う。
校友の失踪が気にかかるなら、原因を探るべきだし、
なぜあの状況で、根拠のはっきりしない推測を理由として殺戮に及ぶのか。
地下世界にあれほどいた協力者は、どうして彼らに手を貸せるのか。
生徒会による戦線メンバーへの成敗は、相応の処置に過ぎず
「死後の世界」という物理法則の異なる世界で起きたことでなければ、
劇中の出来事によって主要人物は全滅しているはずだ。
あれほどの人数がいて、なぜこういったことに考えが至らないのか。
結局、終盤に一同誤解していたことが判明する。
これらの行為が、もし有象無象によって行われるならともかく
「彼らを主役の側で登場させたこと」が、
いかなる意味を持つのか考慮すべきだと思う。
視聴者は、本作を娯楽として笑っているのではなく
戦線メンバーの軽薄さを嘲笑しているのである。
別作品のレビューでも同様のことを述べたが、本作の長所を挙げるとすると
「美少女の絵」に尽きる。ほかの要素は添え物でしかない。
Key作品の売りであるはずの音楽に魅力がないのは何故かというと
作り手が自己の技量でなく、マニュアルで仕事をしているからだ。
Keyブランドの隆盛は、作画および「外部の」コンポーザーといった
職人の才の賜物なのだと察せられる。
協力者の才能で成功を収めて、間違った自信をつけた作家の暴走にも
プロとして要求に応え、おもに作画面で企画を支えたスタッフには
敬意を表したいと思う。