大勢で巻物に記録つけてる「お帳場」の描写、「鬼灯の冷徹」の「記録課」とかぶるな。なぜどちらも記録を電子化しようとしないのか。
雨散歩と離れでのヒトコマの艶やかさ。
「日常の中にあるステキを発見し名指す」行為と
「夢と現実の堺が切れ目なく連続性がある」状態というのは
果たしておなじことなのだろうか?という疑問。
有料の貸し切りスパってふつうの高校生活ではけっこうゴージャスなことだと思うが、
スパ自体を満喫するのではなく自分たちの夢が優先されてしまうのか
(今季に関しては、前傾姿勢で走るとウマ娘だと思ってしまうそんなハロウィーン競争)