嵐の前の静けさ。否、嵐の過ぎ去った後のつかの間の平穏か。物語は閑話休題、とはいかず後の展開への不穏な種を撒く。
初華に関しては”孤独”がひとつ彼女のテーマにあることが示されたように思う。周囲との調和に最も重きを置いているキャラクターであり、不和またそれによる孤独を恐れるか?祥子に対しての心配の裏側に彼女への執着を見て取れる。”ドロリス、悲しみを恐れるなかれ”
にゃむちもバラエティでいい感じに立ち回っているかと思えるが、モーティスの天才的な演技に対する嫉妬に狂わされている。
祥子の仲間という関係性への不信が彼女の持つ孤高さと悪い方向へのシナジーを持ってしまう。その結果生じた損害も自らが恩恵を受けつつも縛られているTOGAWAの力で解決されてしまい、またその力に抗うこともまたできず自己を諦めお嬢様に甘んじてしまった。「私は、私が嫌いですわ。」
そよりんが己の弱さと向き合って”やばいんだからね☆”となったように、AveMujicaの面々も己と向き合い各々の解決へ向かうことになるのか
個人的に海鈴の内面の問題をどのように浮き彫りにするのかというところが全く想像できず、かなり楽しみにしている。
AveMujicaがMyGOと対比される関係にあることはPVから明らかであるとして、その対比は「MyGOが”解散から紆余曲折を経て結成したバンド”であるのに対してAveMujicaが”最速で武道館を目指す結成から最速で解散するバンド”であった」物語上の構造以上に、メンバー5人の性格といった他の面でも対比の構造があるのではないかと探りながら見ている。(流石にそこまでの構造を組み込むと物語の設計が難しいようにも思うので妄言かもしれないとも思う)
立希はともりがいればMyGOなどどうでも良いと思っていたように、初華は祥子がいればAveMujicaにこだわる必要はない。といったうっすらとした対比はところどころ見つかる。
自己暗示と他者暗示とかいう思ったよりオカルト路線の技が出てきてびっくりしちゃった。
グリザイア、一応リアル路線の作品だと思っていたので。(まぁいうて風見雄二もとんでも肉体野郎ではあったが)
あいかわらずムラサキの話し方にフリーレンの残滓を感じてしまい
睦の二重人格、なるほどそう来るのかというところ。睦を壊したのを一旦落とし所として、その後は他の登場人物を壊していくのかと想像していたが・・・4話にしてまさか解散までするとは想像だにしていなかった。
とはいえ解散から回収までに必要な尺を考えればここいらでバラバラにする必要があるといったところか。
モーティスは睦と睦が大切にしているバンドを守ると言っているが、その音楽性を軽視する振る舞いこそが祥子の思い描く”CRYCHIC”と相反するというのが皮肉だね。
MyGOの歌詞がともりの心の叫びだったように、一度壊れたAveMusicaも祥子のこころの叫びが再び形作ることになるのか否か。
今後の展開と各キャラクターへの深堀の仕方とその行方が気になるところ。
皆が__”AveMujicaだから”一緒に居る__未来は果たして来るのだろうか。