サービス開始日: 2025-04-12 (444日目)
原作はゲーム的リアリズム(「ノベルゲームのプレイヤーの視点」をメタ的に取り入れた物語の方式)を採用しているので、アニメで再現することは原理的に不可能。しかも本作は全ヒロインのルートをバッドエンドも含めて全部並べて初めて物語が描き切れる構造になっている。さらに話数の制約も加わって、アニメで本作の物語を表現するには、ストーリテリングにおける相当な改変が必要になる。現に6話まででも、原作の話を省いたり切り貼りしたりして、物語上重要なポイントを押さえながら、なんとかアニメ作品の体裁を保っている。この先、どれだけエレガントに、アニメとして、原作の内容を表現できるのか、楽しみだ。
後半飽きてきたが、総じて楽しく観れた。どの話も教科書的な美談で、モーターサンズスタジアムには悪人が1人もいないのが、一周回って新鮮だった。あと、エンディングが非常に良くて毎回聴いた。ネオ渋谷系の印象は抱かなかったが、作曲が北川勝利、編曲がプラスティックスクイーズボックスのハヤシベトモノリらしく、良いのも納得である。
瑠璃がおにまいのまひろと重なって見える。もっと言えば無職転生のルディとも重なって見えなくもない。無垢で屈託のないキャラクター性が、アニメーション、演技、脚本のレベルで通じている。スタジオバインドは童貞から卑屈さと性欲を取り除いたところにある(あってほしい)純粋さを反復してるんじゃないか。
おにまいの作画。藤井慎吾のアニメは世界を過剰に美しく描写する点で新海誠作品と似ている気もするが、根本的にアプローチが異なる。新海が光の反射など写実性の表現を過剰にすることで物語にかかわらず世界を「美しく描写する」一方で、藤井は夕日や宝石の輝きといった物語に即した表現を印象的に使って世界を「美しいものとして描く」。おにまいもそうであったが、藤井のやり方はキラキラした主観に徹底的に終始するので、世界が美しくあってほしいという「祈り」の印象を抱かずにはいられない。美しくないものを排除するという意味では山田尚子とも通じるが、山田の作品はやはり排除が核であって、藤井のはむしろ美しさへの妄執という感じがある。
『泉りこ危機一髪!』と『やさしさ革命』がよかった。井の中の平和