どことなく、視聴体験に、ストーリーゲームをやっているような感じがある。ペルソナシリーズみたいな。何がその感じを生んでいるのか。一つは舞台空間の演出の仕方にあると思う。物語シリーズの舞台である「21世紀初頭のとある田舎町」は、北白蛇神社や私立直江津高校といった、有限個のロケーションから構成されており、さらに各ロケーションごとに特定の背景美術やアングルが使いまわされる。RPGゲームの「エリア」やビジュアルノベルの「背景」がそれぞれ特定のロケーションに対するビジュアルイメージを提供するのと同じように、物語シリーズの背景美術やアングルは「21世紀初頭のとある田舎町」を構成する特定のロケーションのビジュアルイメージを提供する。結果、RPGゲームやビジュアルノベルと同様に、特定のビジュアルイメージを伴った有限個のロケーションの束として、物語シリーズの舞台空間は演出される。このような仕方で舞台空間を演出することは、単に作画コストを削減するのにとどまらず、独特の豊かさを生んでいる。それは、ビジュアルノベルが必ずしも映像作品と比較して貧しいわけではないことと通じており、異なるシーンで同じビジュアルイメージとロケーションが使いまわされることで、そのロケーションにおいて生じた出来事の記憶、歴史的意味のようなものがロケーションに付与されていき、結果的に場所性が生じるのだと思う。だからこそ、古典的なRGPゲームやビジュアルノベル、ゲームっぽさを伴う物語シリーズやとあるシリーズといったアニメ作品では、単なる物語の豊かさやキャラクター劇の魅力を超えた、舞台空間そのものの豊かさがある。
そうだよなあ。学問ってのは善く生きるための知識なんだよ。それが今ではクイズとか専門主義みたいなオタクの道楽に成り果ててしまってさあ...
絵柄がカートゥーンみたいでちょっと抵抗あったけど、表情や動きがちゃんと日本のアニメでスッと観れた。山田尚子は、平家物語やきみの色でもそうだったけど、手垢のつきまくった美少女的キャラクターデザインから脱却しようとしてて、好感が持てる。少なくともこの作品では、キャラクターの愛らしさを損なわずに、美少女的キャラデザだけを消去することに成功してると思う。
囮物語だけ再視聴。何度も視聴しているが、やはり千石撫子には自分の実存と重なるところがあると感じるので、その直感を改めて展開してみる。
千石撫子は、クチナワのお札探しに協力しつつも友人に対して日常を擬態する理由を「心配をかけたくないから」ではなく「怪しまれたくないから」と説明する。不快感が他者に帰属せずに自己に帰属する。彼女の世界には自己の気分だけが存在していて、他者はいない。暦おにいちゃんへの恋愛感情も、その恋愛感情そのものを欲望しているのであって、暦おにいちゃんとの現実的な恋愛関係は欲望されていない。いわゆる「自閉的」な実存である。漫画が好きなこととも通じている。現実と空想にほとんど区別がない。したがってより快い体験をもたらす空想の方に惹かれる。彼女にとって現実での振る舞いはとりあえず生きていくための仮のものにすぎず、他者に対する自己の表現になっていない。そうして場面ごとに振る舞いを切り替えているうちに、しだいに矛盾した自己像がいくつも生まれていき、どれが本当の自己なのか分からなくなり、自己が分裂する。逆撫子や神撫子といった異なる形態は、それを戯画的に表現している。撫物語は、その分裂した自己を統合していく話であり、それは彼女と同じような「自閉的」な実存を生きてきた私のような人間にとっては、成熟のために欠かせないプロセスである。その場を乗り切るためだけの仮初の振る舞いをやめ、現実と空想の区別がないような「認識の主体」から、振る舞いが自己と通じた「行為の主体」へ移行するのである。撫子は、撫物語で、斧ノ木余接に対して「現実が厳しいことが今はうれしい」と語っていた。行為の主体においては、空想的な認識の心地よさではなく、現実からのフィードバックに絶えずさらされるなかで主体を維持するその手ごたえ、つまり主体性の感覚が生きる喜びを生むのであり、このセリフは撫子がそうした移行を経験したことをよく表している。
ここまで満点だなー。うれしさ満点。アスレチック感も良いし、単色背景演出も良いし、お話も良いし、キャラクターも良いし、舞台設定も良いし、サーカスのモチーフで正当化されるカラフルな配色も良いし、田舎なのも良いし、という感じで要素に還元して良さを掬いだす必要が一切ない程度には総合的なうれしさに満ち溢れている。
遥かだ。。。広い世界を登場人物が生き生きと動いている。油絵みたいな背景美術なのに、むしろだからこそ空間を感じる。あと稲子のセリフに毎回ウルッときてしまう。
いくつか外れ回もあったが、基本的には各話それぞれの魅力があって、結果的には楽しめた。最終回がベタに作られていたのも好印象。ただ、こういう作風が増えてほしいとは思わない。