今となっては強力な敵に対して限界を超えて強化形態へ変化するなんてど定番の一つだけど…
比較的ワクワク感が起こる事が多い強化形態登場イベントにおいてこのダイの竜魔人化は悲しさの方が勝ってるよねと
結局一番否定したかった力に頼るしかないダイの泣きながら叫ぶこんな事が正義であってたまるかぁぁ!に集約されてるよなと。
ジャンプコミックス、36巻から37巻(最終巻)までの収録分。
最終巻の表紙裏コメントは、三条・稲田両先生からの、最後のご挨拶。連載は7年間、349回に及んだという。この新アニメは100回予定だというから、3〜4話ぐらいずつのペースで消化してきたことになる。
大魔王の野望であった「地上の破壊・消滅」は、閃光のごとき精神を持った人間たちによって阻止された。「魂の絆」はアバンの使徒たちを大魔宮に送り届け、天地魔闘の構えを破る為の力となり、そして再び、今回のような奇跡を起こしたのである。
この奇跡を起こしたのが、勇者一行ではなかったことにも意味がある。アバンの使徒のような選ばれた者たちでなくても、人はすべからく、「閃光のような」爆発力を持っているのである。まさしくダイが言った様に、「おまえがバカにした『人間の絆』が奇跡をおこした」のだ。
この回の原作はカラー回ではなかった為、テラン王が「空が黄金色に」と表現した、ゴメちゃんのような色の空をフルカラーで観ることが叶わなかった。それが実現したことも感慨深い。
勇者一行は、地上の破壊を止めて大魔王に勝利した。大魔王は「おまえは余を殺すことが目的でこの闘いをはじめたのか?」とダイに尋ねたが、その言葉の通りに、自分の決めたルールで敗れたのだ。
しかし大魔王は、この期に及んでルールの変更を行い、「閃光のように」凄絶な人間の生き様を侮辱する。かつて「強者に敬意を持つ」と言ったのは大魔王自身のはずだが、この若造は本当にあの老バーンと同一人物なのか?
繰り返しの引用になるが、バランは聖母竜に「力ばかりが全てを司る今の世界に、魂をもって悪を討つ」と言った。(59話)
しかし、魂の力が及んだのは残念ながらここまでで、ダイは竜魔人となり、勇者として勝利することを諦めてしまった。サブタイにもある「ダイの決断」を象徴する様に、勇者としてのダイを象徴していたかの様な冠は砕けた。
これと似た演出は2話にも存在。毒に冒されたレオナを守らなければいけない状況で、勇者への憧れを象徴していた木製の手作りの冠が同様に砕けた。もっとも、そのシーンの意味は真逆で、竜の紋章の力がライデインと共に発現したことが、勇者としての目覚めを象徴していたのは面白い。
大魔王以上の「化け物」である竜魔人への変貌は、この戦いを魂の力で締めくくるべきだった経緯から、ある意味では邪道な展開と言える。しかし「こんなものが正義であってたまるか」という、ダイの心からの叫びが胸を打った。
この言葉はポップの「閃光のように」と同様に、その後の自分にも大きな影響を与えた。「力こそ正義」と言う者が、自分以上の強者に屈服することには決して納得しない。強者理論とは、かくも身勝手なものなのだ。
神回が続く。
偽勇者パーティの魔法使いがマトリフ師匠の弟だったとは!何かもう、脳神経細胞のようにいろいろな点が繋がっていくなぁ。最初からの構想じゃなかったとししても、壮大ですこ!
バーンの戦略核爆破は不発!
ゴメちゃああああああああああ!(号泣2回目)
ポップの不滅の友情にもやられた。
バーンの高笑いはもうフラグだな。
バーンをボコりながら暴力の正当性を否定するダイ。こんなもののどこが正義なんだと。お前はより強い力でやられたらそれで満足なのかと。それな、プーチンにも殴りながら言ってやりたいわ。
ついに最終バトルか。
怒らないでくださいね弱肉強食とか言ってるヤツはバカばかりじゃないですか
ダイが自分を保っていられる範囲での全力は出し尽くした。あとはそのリミッターを解除するしかない…。
ダイの葛藤に対して後ろから強く抱きしめるポップが良い….。
竜の騎士、チートや。
あと2話? 終わって欲しくないな、、、