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"今だけ"の感性を閉じ込めたい

サービス開始日: 2017-06-27 (3205日目)

視聴状況

お気に入りのキャラ

由比ヶ浜結衣
やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。
古賀朋絵
青春ブタ野郎
佐伯沙弥香
やがて君になる
郭神琳
アサルトリリィ

お気に入りの声優

遠藤璃菜
5作品見た
高垣彩陽
19作品見た
綾瀬未来
1作品見た
石原夏織
31作品見た
安済知佳
34作品見た
雨宮天
49作品見た

お気に入りのスタッフ

水島努
14作品見た
山﨑雄太
3作品見た
あおしまたかし
21作品見た
須藤友徳
11作品見た
安野希世乃
29作品見た
岡本学
4作品見た

お気に入りの団体

スタジオコロリド
9作品見た
CLAP
3作品見た
アクタス
13作品見た
草薙
13作品見た
サンジゲン
19作品見た
キネマシトラス
14作品見た
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良い

果乃子さんとかいう一番の地雷



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ギャルパイセン実はちゃんとしてる



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良い

「なんで矢野が悪く言われるのかな…。」と涙を落とす陽芽の、今も昔も矢野のための外面を演じているのに上手くいかないことへの悔しさとやるせなさが胸にツンと来た…。

それでも重ね塗りの陽芽の外面に、何を信じればいいのかわからなくて、陽芽の本心すらも素直に受け取れない美月。

だからこそ、単純に真っ直ぐに「好き」を伝え合って、遠回りせずに本心を通わせた瞬間、数年越しの遠回りなすれ違いの帰結は胸をアツくさせられました。



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とても良い

夢の思案中

第三芸能課のみんなが各々の夢を書き綴ったホワイトボードに、「思案中です」と一人書いていたのが橘ありすだった。その姿は、夢を見ることを恐れているように見えていた。

アンビバレンスな孤独

そんなありすの中には、二つのずっと思いがあった。それは「大人らしくちゃんと現実を見なきゃいけない」という思いと、「子どもっぽいかもしれないけれど、アイドルになりたい」という思い。大人になりたい子どもとして、ありすはどちらかを選ばなければいけないとアンビバレンスな内で悩んでいた。

だから、ありすは大人でもなければ、子どもでもないのだ。そして、そのどちらにもなれずにその狭間をふわふわと漂う。それ故に、ありすは子どもな第三芸能課のみんなにも相談できないし、プロデューサーや親といった大人にも相談できずにいたのだと思う。

大人でも、子どもでもない私

心の中で「大人と子どもの違いってなーに?」とありすは問う。それは、どっちつかずの自分がいったい何者なのか、「大人になりたい」けど、「子どもっぽく夢を見たい」という私は何なのか?はたまた、そんなことが許されるのか?という疑問の表れだったように見えた。

そして、それに答えを与えるのならば、子どもから大人へ羽化しようとする「思春期」そのものであるというように思う。

夢は現実の延長線

そんなありすに、良い意味で子どもみたいな大人のプロデューサーが向き合ってくれた。大人と子どもの狭間でどうしようなく孤独で、夢と現実の間で迷っているありすに、そのどちらでも良いと教えてくれた。大人でありながら、子どもでも良いんだと。

大人も子どもも同じで、大人だって子どもみたいに夢を見ていいし、それを叶える姿は間違いなく大人である。そして、アイドルは夢をお仕事として叶える究極の存在で、それこそありすがなりたい大人で子どもらしい姿なんだと導いてくれた。



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良い

「矢野の前だと上手く外面できないんだよ」という陽芽の本心は、一見すると矢野に対するキラいや困惑のように見えていた。

でも、陽芽の心の奥底には、本当は幼い頃と同じように矢野のことをどこかで大切に思う気持ちがあるように思う。幼い頃の陽芽が「美月ちゃんだけには嘘をつかないから」と言ったように、美月を想う気持ちが、嘘の外面に違和感を感じさせているのだと映った。



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全体
良い
映像
良い
キャラクター
良い
ストーリー
良い
音楽
普通

インモラルエロ×ハイテンションギャグコメディ×シリアスでミステリアスな世界観とかいうはちゃめちゃな組み合わせがすごかった……。
この狂気さをフル稼働させる演出もおもしろかったし、単純に宗教教団活動ってコンセプトも新鮮で深くて楽しかった。

そして、作画リソースが厳しそうな中で、ドット絵とかクソコラで表現するのはなかなか秀逸でした。



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見た

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良い

あまりにも計算高い陽芽と、正直すぎて全くそれを解せない美月……。もうなんか見ていて痛々しいくらい……。



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良い

美月さんは不器用なのよね……、昔も今も。



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良い

クソカス陽芽ちゃんが果乃子にだけは気にかけてるの良い。あと、原作だとやらかした時のリアクションが素感があったけど、アニメだとcv小倉唯さんのおかげでかわいさ増しになってる良いね。



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良い

めちゃくちゃ裏表のあるcv小倉唯さんがひたすらおもしろい。店長もcv田村ゆかりんが付くことで、この周到でしたたかなイメージが増すわね。

それにしても、原作読んでるけど、映像化すると途端にこのコンカフェの限界設定が際立つわね……。



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見てる

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全体
良い
映像
普通
キャラクター
良い
ストーリー
良い
音楽
普通

江戸に生きる葛飾北斎とその娘・お栄たち絵師の姿を通じて描かれた物語には、「見えざるものを見る、感じ取る」という迷信のような価値観が映し出されていた。

江戸に潜む、見えざる世界

その「見えざるものを見る」というのは、浮世絵師として必要な素養であることもちろん、目の見えないお猶が触れて嗅いで聞いくことで物事を捉える様子にも映し出されていた。そういった大袈裟に言えば、彼らの生き方の根幹にあるものとして、「見えざるものを見る」ということ、それによって世界を拡張していくということがあった。

一方で、思い込みから妖怪の気配を感じ取ってしまう奥方の話も印象的なエピソードだった。お栄の描いた地獄の絵のある屋敷の奥方が、鳥の鳴き声や花の落ちる音を絵に描かれた亡者の悲鳴だと思い込み、妖怪を錯覚してしまった末に病に伏せてしまうという話であった。そして、最後に北斎が仏様を描き加えることで、その奥方は気を取り戻すのだが、その結末で含めて「見えざるもの」が種々の迷信や信仰を生み出す根源という江戸や中世特有の世界観に触れたようだった。

そして、最後に目の見えないお猶がは病気になって、逝ってしまう間際。唐突な風がお栄と北斎の家に吹き込んで来たことが示すのは、やはり目には見えない形で、お猶の死を告げるものであり、またお猶が最後に二人に会いに来たということのように映った。そういう意味で、「見えざるものを見る」というのは、極楽や地獄であろうとも、この世に生きる人々と繋がっているという世界観や人生観によって、今を生きる人の心を支えるものでもあるように感じた。

やはり「見えざるもの」で溢れていた江戸だったからこそ、その「見えざるもの」を見ようとすることによって、人々の生きる世界はより豊かに広がっているように思えた。また、安定した世の中だったとは言えど、現代と比べると先の覚束ない社会の中、見えないものに希望を託すことはその時代なりの生き方だったのかもしれない。そして、今は「見えざる」江戸を描いたこの作品も、数百年前という未知の世界への想像を膨らませるものであり、自分の世界観が拡張していくような趣深さがあった。



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全体
とても良い
映像
とても良い
キャラクター
とても良い
ストーリー
良い
音楽
良い

端的に言うと、ちゃんと王道してるレヴュースタァライトって感じでとても良かった。特にストーリーだけ見ると、レヴュースタァライトを私好みの論理だった構成に仕上げた感じの印象があって、その点で言えば上位互換な感すらある。

あとは、舞台シーンの作画の滑らかさ。特に芝居がかった感じの緩急ある動きを的確にアニメーションに起こした場面はとても印象的でした。
そして、何よりもここなとその思いが生み出した存在である静香との絆が、単に儚げというローな感動を誘うだけではなく、夢へ走り出す原動力になっているというアッパーな感動も誘ってくるというのが何とも憎い。



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とても良い

この物語には、二人の主役がいる

夢は約束。だから、静香は舞い戻ってきた。

「ワールドダイスターになりたい」という夢を 叶える自分の姿を、幼い頃のここなは信じることができなかった。でも、それはそんなここなの背中を押してくれる静香と、二人の約束になっていったことで、ここな自身も夢を信じられるようになっていった。

だけど、自分はここなのセンスだからと一歩引いてしまって、その果てに静香は一度は消えてしまった。そんな静香は、まるで「オペラ座の怪人」のファントムのようだった。舞台を盛り上げるだけ盛り上げて、最後に炎の中に消え失せてしまう。

しかし、一方で、静香がここなを導いたように、ファントムもゴーストの歌い手だったクリスティーヌを表舞台へ導いていた。そして、最後に、逆にここなが静香を表舞台に立たせようとしているのと同じように、クリスティーヌもファントムの作曲した歌を舞台で歌っていた。

たとえ最後に離別してしまうとしても、互いに主役の舞台へと導き合うのが「オペラ座の怪人」のファントムとクリスティーヌという二人の主役だった。だから、この物語もここなと静香のW主演でなければいけない。静香も役者の一人として舞台の上に立たなければいけないのだ。

飽くなき欲望が、少女を舞台へ導く

そして、ファントムと違って、静香が舞い戻ってきたことにも必然性があったと思う。なぜなら、クリスティーヌの許に現れなかったファントムの心は満ち足りていたからだ。醜い姿のファントムはクリスティーヌによって、初めて愛されることができて、そこで満足してしまっていたのだ。

しかし、静香は違う。彼女の中には「私もワールドダイスターになりたい」という思いが眠っていた。この結末に満足していないからこそ、静香はここなに導かれ、再び舞台に戻ってきたように思う。

そして、ここなと静香は「二人でワールドダイスターになる!!!!」という夢を求めて、新たな舞台へと経ち続けていく。そして、輝くセンスと共に、二人は永遠に二人の物語の主役を演じ続けていくのだろう。



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全体
とても良い
映像
良い
キャラクター
とても良い
ストーリー
とても良い
音楽
良い

やりすぎなおもしろさの自重も知れ!!!!!!!!!

クソアニメにカテゴライズされることの多いハイテンションギャグコメディだけど、転生貴族はかなり正統派だったな
なんというか、一般的なクソアニメが意図しないおもしろさで溢れてるのに対して、転生貴族はコントみたいに意図通りのおもしろさすごい良かった



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いや〜アーロンとの最終決戦を終えて、まーた王様に呼びつけられたカインくんだけど、「常識外れの魔法を使うなッー!!!」とか「魔王を助っ人に呼ぶなッー!!!」とかめちゃくちゃなことでめちゃくちゃ怒られててめちゃくちゃおもしろい。

てか、もうカインに疲れたからって王位を譲ろうとしちゃう王様も王様なんよな……。

そして、新しく与えられたドリントルの街へ行ったカインくんだけど、まーたやりすぎちゃって、衛兵に逮捕されてるのは流石にやりすぎだろ。てか、ここのやりすぎエピソードラッシュの勢いが好きすぎるし、いちいち新鮮なオーバーリアクションを取ってくれる王様もおもしろさぎる。

それに、浮気がバレて追い出されて人界に逃げてくる魔王さまも魔王さまで自重をさぁ……。



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現実と夢、大人と子ども。第三芸能課のみんなのステージに立ちたいという思いと、「現実を…仕事を…」という部長の姿は隔絶された対立項のように映った。

だけど、現実と夢は必ずしも反発し合うものではないと思う。「みんなに期待されては、頑張らないわけにはいきませんわね」という櫻井桃華の一言が、まさにそれを示していたように見えていた。

そして、第三芸能課のみんなは手づくりのステージを作り上げて、ネット配信のライブを行った。彼女たちは『夢が先立つことで、現実をそこまで連れて行ってくれる』ということを見せてくれた。

たとえ小さな夢でも、夢を願うからこそ、現実と大きなステージまでの距離は少しずつ縮まっていく。そして、その道筋を描くのが、小さな彼女たちの仕事である「アイドル」なのだと思う



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全体
普通
映像
普通
キャラクター
普通
ストーリー
普通
音楽
普通


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普通


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良い

みんなを笑顔にするパワーがあるのが龍崎薫。それは周りのみんなも巻き込む力になって、大きな困難も乗り越えられる。

BBQで苦手なピーマンが食べられなくて、でもプロデューサーに応援してもらえたら…と頼んでみたら食べられたという一幕は、微笑ましい光景でありながらも、まさにその象徴だったように思う。

なかなか大きな舞台に立てない第三芸能課だけど、「みんな、大丈夫!」という薫の言葉がみんなを笑顔にしてくれて、不安も吹き飛ばし、次の一歩への力になる。その証拠に、彼女たちの次の一歩は飛躍のものになりそうな予感がしていた。



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自重を知らないカインくん、召喚魔法で魔王を呼び出しちゃうのクソおもしろすぎだろ。つか、魔王さま、魔王のくせにチョロすぎるんだが………。なんだよガキに仕える契約を結ぼうと申し出る魔王て……。

王様もカインくんの余りの強さの自重しなさに「お前が国をくれというのなら、おとなしく渡してやろうかと思ったぞ」とか、キレてるのかびびってんのかふざけてんのか全然わからなくてバカ笑う。

つか、魔王が使いっぱしりのサブキャラとかマジかよ……。自重を知れ、自重を。それに、魔王の執事にcv中田譲治って、キャスティングも自重を知らんのかこのアニメは。



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欲を夢を、仕舞っておいた思いの箱

ここなが舞台に立つ原点。それはワールドダイスターになりたいという思いだった。

でも、そんな高すぎる憧れは、夢見るだけでも怖いくらいに眩しい。夢と現実の差、憧れと自分のギャップを自覚せざるを得ないから、夢を口にするのには恐怖が付き纏うのだ。だから、ここなはその夢を直視することすらできず、舞台へのエゴや渇望も心の奥底に封じ込めてしまっていたのだと思う。

だけど、それでも願わずにはいられないここなの欲求の具現化が静香だったように見えた。そして、その静香はここなの押し殺したエゴと欲望を引き受けて、大事に取っておいてくれた。また、「舞台に立てない私の分も…」というここな自身では言い逃れのできない、夢へ進み出すための理由を作ってくれた。

あの子の先に夢を追いかける

そんな静香が去ってしまうことに最初は喪失感と孤独に泣き伏せていたここなだったけれど、静香と対話して、自分自身と対話する中で、一つの気付きを得たように思う。それは、今こうして描かれたように、静香はここな自身の「役者としての欲望」であるということ。

だから、存在としていなくなってしまっても、静香はここなの中に居続けるし、夢のままな「役者としての欲望」を追いかけることこそが静香の存在証明にもなっていく。

今まで一歩先からここなを導いてくれたように、静香はこれからもここなの一歩先で待っている。そして、その先のワールドダイスターを追いかけ続けることが、ここながいつまでも静香と共にいるためにできることなんだと思う。



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自分に自信を持てなくて不安で、だから一歩踏み出せないのが佐々木千枝だった。誰かに頼られると嬉しいという思いは確かにあるけれど、でもだからこそ、何かに飛び込む勇気へのハードルを高く感じてしまうのが彼女なのかもしれない。

だけど、そんな千枝に、不安で震えていても笑ってステージに立たなくちゃいけないからと気丈に振る舞う姿を桐生つかさは教えてくれた。それはきっと、100%の自信がなくても良いということのように思えた。

まだちっちゃなアイドルの千枝だけど、それでも彼女はみんなと笑ってアイドルがしたいと一歩踏み出す勇気を見つけられたんだと思う。



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