これは夏目も泉に惚れ(直さ)ざるを得ない。フラレナオンは狙い目というか、病で倒れたときの看病というか、弱ったときに手を差し伸べられるとイチコロ的な。
これまで伏せられていた中学時代が描かれたことで、泉と夏目の関係がわかり、より感情移入しやすくなった。んだよー二人イイ雰囲気じゃんよーもうつきあっちゃえよー。
センター試験中であろうが夏目に揺さぶりをかけにいく小宮、容赦ねえ。だけど、やっぱり小宮は(言い方は悪いが)当て馬的ポジションなのか……。彼女の恋が実らなかったとしても、何らかの救いがあって欲しいと願う。
えええ……なんでこういう着地点になるの?
身近に双子がいて、周囲からの「双子はそっくりであって欲しい」圧力を苦々しく思い、各人を一人の独立した個人として尊重したいと思っている身としては、容認しかねるドラマ。どうして「自分そっくりの他人と二人一組みたいに扱われたらどう感じるか」を想像できないのか。
結論から書くと、端正に構築された未来SFで、十分に楽しめた。ただ、ゴジラの「目」が足りない。
今、怪獣対超兵器を子供だましでなくやろうとすると、世界観も映像も、このくらいの作り込みが要求されるのだろうな、と感じた。日本の実写映画でやれる気がしない……。この方向性は、アニメに任せた方がいいんじゃないかな。
最初のうちは情報量が多くてついていくのがたいへんだったが、地球に帰還してからは「どうやってゴジラを倒すか」に焦点が絞られるので、アクションに集中できる。ゴジラは「本当に倒せるのこれ」な強さで、最後までハラハラ。個人的には多脚戦車が出てきて大喜び。
しかし、存分に怪獣対超兵器をやっているはずなのに、怪獣映画感、ゴジラ映画感が薄いと感じる不思議。なぜだろう?
本作のゴジラは、キャラか舞台装置かという軸で言えば、他のゴジラ映画と比較してかなり舞台装置に寄っていると思う。それが端的に表れているのが、ゴジラの「目」が見えるカットが非常に少ないことである。
人は、相手の目を見ることで、人となりを知ろうとする。それが怪獣の場合も、我々は無意識のうちにそうしているのではないか。頭にゴジラを思い浮かべるとき、作品毎に微妙に姿が変わっても、いずれもあの「目」が強烈に印象に残っていることに気づく。もっとゴジラをキャラとして押し出したもよかったのでは。
あと、本作のゴジラはムキムキの筋肉オバケみたいで、ちょっと自分の好みからは外れるかなあ。
とはいえ、次はまさかのゴジラ対アレになるようだし、つづきを楽しみに待ちたいと思う。
ああもうウサミンかわいいなあ!
前回触れ損なったが、新EDの衣装が白タイツで大喜び。
とうとう写真をPhotoshopで加工しただけっぽい背景が……。絵の動きが少ないアニメが「紙芝居」と揶揄されることがあるが、今回はまさにそれだった。次回は特番とのことで、これで少しは状況が改善するのかなあ。