「実は、私が霧島透子なんです」
謎に包まれた大人気ネットシンガーの正体は
国民的女優の桜島麻衣だった――と、沸き立つ観客たち。
その光景は梓川咲太がクリスマスイブに見た夢と同じ――。
4月1日、麻衣の衝撃の告白を皮切りに
かつて皆が夢で見たあり得ない出来事が次々と起こり続ける。
見た夢が正夢になるSNSの書き込み「#夢見る」の存在も消え、
目の前の現実と自分の認識が食い違う咲太のもとに、
もう一つの可能性の世界の咲太からメッセージが届く。
――霧島透子を止めてくれ
――現実が書き換えられる前に
書き換えられた世界を元に戻すため、咲太は霧島透子を探す。
これは、思春期症候群を乗り越える物語――
S
青ブタ堂々の完結。
霧島透子の正体の件がメインで話が進むと思ったが、まさかそれだけではなく咲太をこれまで支えてきたと言っても過言では無い思春期症候群との決別を最終的に描かれている。美東美織の話では彼女にとっての霧島透子が綺麗に描かれており、霧島透子が最後に残した歌の歌詞の意味にグッときた。霧島透子の件が終わり、全てが解決したと思ったら、まだ解決しておらず、次に必要なことは咲太自身が思春期症候群に別れを告げることだった。
思春期症候群との決別は彼にとって難しい話ではあったが、思春期症候群を思い出としてしまい込むという彼なりのケジメの付け方で何とかなり、最後まで残っていたランドセルガールとの別れで幕を閉じたように見えた。
最終的に彼が目指すのは思春期症候群のように異変が見える生徒を信じれる教師と言っていたが最終的にはそれが叶っているように見えた。
色々あったなぁと感慨深く映画のストーリーを感じることができたなと思う。
結局世界は戻ったのか平和な日々が続いている終わり方をしていたのも良かった。ヒロインたちも出し渋ることもなく皆が自分の役割を果たして話がどんどん動いていくのも気持ちよかった。
過去の映画のように涙が出るシーンはなかったがまとまりのあるストーリーのおかげで約2時間という長めの時間であったにも関わらず、スッキリした気持ちで見ることが出来た点も良かった。
青ブタ、万歳!ありがとう!
アニメ2期から続く、過去の劇場版を含むシリーズを総括する壮大にしてごくごく個人的な話。その個人的な話に、気づけばいつものごとく引き込まれていた。その気になればいつまでも続けられそうなこの青ブタという物語は一体どこへ向かうのか。今作はその終着点を理屈と感情の両面から見事に描ききっている。青ブタの魅力である会話の軽妙さやキャラクターの仕草・表情の細やかさといったアニメーションの素晴らしさは今回も健在。その見た目からつい忘れがちな、見るものを不可思議の世界へと放り込むSFミステリーとしての威力もいつにも増して凄まじい。118分という劇場アニメとしては比較的長めの上映時間であるにも関わらず、それを感じさせない極上の物語体験。主人公咲太の動向を食い入るように見つめ、追いかけ、涙するうちあっという間にエンドロールまで駆け抜けていた。キャラクターの進学や進級、出会いと別れ、関係の変化などを描きつつも、日常系作品のようにどこか閉じられた世界にも見えた青ブタの世界。この最終譚となる劇場版には、そんな私たちが見てきた青ブタのこれまでと現在、そして未来への答えが全て詰まっている。物語は完結してしまったけれど、あの世界は確かに存在していて今もどこかで続いている。そう思わせてくれる堂々の完結編であった。
双葉は、双葉はその後どうなったんだ!?
霧島透子の正体は桜島麻衣だ――。何度否定しても世間へ蔓延する誤った認識、その状況は咲太が向き合わければならない相手が空気などより強大な世界なのだと思わせるもの。特に麻衣が霧島透子へと呑み込まれた展開のみならず、咲太の世界まで改変されるシーンは強烈。小説では一人称視点だったから気付き難かった咲太が受けた衝撃が三人称視点となった事でより実感しやすくなっていたね
これまでも咲太の周囲では理不尽で不可解な現象が何度も起きてきた。彼の世界は思春期症候群に侵食されている。だから原因の見えない現象には慣れつつあった。
しかし彼の周囲で新たに起きる現実改変は解決するのが正しいのかと、以前の状態へ戻すのが正しいのかと問い掛けてくるもの
特にかえでがひょっこり現れたシーンなんて呻き声を上げそうに成ったからね…。原作既読済だから、かえでが現れるのは知っていた筈なのにそれでも驚きのあまり恐怖とも感動とも区別出来ない想いに襲われてしまった
また、双葉が国見と付き合っている景色も何とも言えない気分に。『ロジカルウィッチ』の話を見た私達ならば、それがどれだけ尊い光景であり双葉の願いが叶った関係かを知っている
これらの異変は解決しなければならない問題と解決して良いか迷わせられる問題が並行的に発生しているわけだ
見ている世界が壊れた咲太にはどう行動すべきか判らない、頼れる相手も居ない。そんなタイミングで現れた翔子は本当にもう……!
本作のメインヒロインが麻衣であるのは絶対的に動かない事実だけど、真ヒロインは翔子かも…なんて思わせられたよ。そのくらい彼女の登場は咲太を救うもの
『霧島透子』異変の中心たる美織は解決方法を知っているわけではない。むしろ自分は逃げ続けているとの自己認識を抱えている。でも、これは今までの思春期症候群に悩まされてきた少女達に共通する要素
しかし美織特有の要素として彼女は自身の異変を認識しながら平然と受け止めている、これまでの少女達のように困っていない
だからか彼女と咲太の会話も特有のものに。二人の会話は打てば響くようにテンポ良くオチもツッコミも豊か。でも二人の会話はとても空虚なんだよね。咲太は大事な話をしようとしているのに、美織は空っぽな返しをする。仲良く見えて、美織は咲太に一切心を許していない。とても異質な会話
他方で咲太はそんな彼女に対して「友達になりたい」と訴え続けるわけだ
原作を読んでいた時はイマイチ理解しきれていなかったこの発言、思えば咲太の友達基準って結構重いんだよね。いや、意味が籠められているというか
初期は双葉と国見だけを指して「友達なんて2人もいれば充分」と咲太は言った。それが思春期症候群を通して、朋絵や育実、福山など何人も友達が増えた。かつての彼とは違い、今の咲太は交流を広げている
友達の意味をしっかり持つ咲太は友達候補の美織が困っているなら解決したいと思う。最初は麻衣を元に戻す為に行動していた彼は美織の困り事を解決する為にも行動を深めるのは彼の世界が広がった結果であるように思えたな
幼い頃からいつも一緒にカレーまん分け合ってきた美織と透子は一心同体に世界を共有していた。だから仲直りのタイミングで透子が去った事は美織にとって世界の喪失であり、彼女が全ての世界から透子を探し出したい理由となったのだろうな
なら、咲太がすべきは彼女に霧島透子の居ない世界を受け入れさせつつ、美織をあの世界の霧島透子にして麻衣を取り戻す事で
美織が歌い上げるシーンが良いのは勿論なのだけど、直前の麻衣の信頼がとても良いんだよね。麻衣の認識では自分こそが霧島透子であるのだから咲太の発言は可怪しい。それでも彼女は咲太や翔子を信じた。そこには桜島麻衣という人間の強さを見てしまったよ
逆にその後から描かれるのは咲太の弱さか
美織の問題は一段落ついたのに現実改変は終わらない。それどころか咲太自身が改変の中心と突き付けられる。『ランドセルガール』でも咲太が問題の中心となったけど、あの時は母親と向き合う事で彼は思春期症候群を乗り越えられた。しかし、今回は正真正銘咲太だけの問題だ
咲太って思えば思春期症候群に惑わされる半生を送ってきた人物で。劇中で彼が叫ぶように思春期症候群は彼の人生を滅茶苦茶にした。彼の半生を語る上で思春期症候群は外せない、無かった事になんて出来やしない
これは本作に対しても言えるね。本作の特徴を語る上で思春期症候群なる特殊現象は外せない。思春期症候群は在るのが当たり前。無かった事にするなんて容易じゃない
難題に向き合えない咲太はいつにない弱さを見せた
弱りきった咲太に見せた麻衣の強さが再び光る。美織のライブシーンでは咲太が見えるものに合わせ自身の認識を棚上げした彼女だけど、今度は自分と同じものを見て欲しいと咲太が認識を棚上げするのを待った。この柔軟性と最適な判断力はそこらの人間では真似できないもの
そこからの流れも良かったな。本シリーズは図書館にバニーガールなんて有り得ない光景から始まった。思春期症候群が在るなら理解できる光景、でも認識を変えれば図書館にバニーガールなんて居るわけ無いよなと思い直せる
また、咲太に最後の決断をさせるのがかえでの言葉であるのも良いね。彼女は咲太が絶対に守りたい大切な女の子。かえでが怖さを抱えつつ「帰りたい」というならお兄ちゃんは叶えてやりたくなるわけだ
咲太は不思議な現象を思春期症候群だとは信じなくなった。でも、そこに不思議な現象を見ていた事は覚えているし、何処か遠くに行ってしまった美織の事も覚えている。それは一つの成長で在り、彼が明確な意味で大人になった瞬間であるように思えたし、シリーズ総決算としてこのような展開を持ってくるラストには美しさばかり感じてしまう
咲太がそのような成長を見せたから、エピローグ部分で描かれるのは終わりではなく、新たに始まる日常。思春期症候群に悩んでいた少女達はおらず咲太も普通にSNSのトレンドを話すようになった
けど、思春期症候群の思い出は残っているから、不思議な体験に直面する思春期少女と向き合える。それこそが咲太の新たな人生の意味となるわけだ
いや、本当にもう美しいラストですよ…
欲を言えば、本シリーズには終わってほしくないという望みや、咲太達の新たな日常をもっと覗いていたいという願望はある
しかし、劇中で咲太が思春期症候群という掛け替えのない日々を思い出としたように、私達も本作を思い出とするのを許されたと見るべきなんだろうなとも思えてしまう
原作1巻が発表されたのが2014年、随分長いこと付き合ってきたものだと思いつつ、尊い思い出をくれた本シリーズに、そして多くの関係者に感謝を送りたくなる。ラスト、“保証”という始まりの言葉を交わし合う咲太と麻衣の姿を見ながら、そう思えてくるような素晴らしい作品でしたよ……
俺たちの青春が終わっちまった...
歌詞の仕掛け、おもしろかった。
その種明かし時点ではなるほどでしかなかったけど、
透子がステージで歌うところでグッと来たよ。
思春期症候群を否定するのが解決策というのは納得しつつ、このシリーズを否定するどんでん返しになっちゃうなと思ったけど、咲太も同じ思いで解決に導いてくれて良かったよ。
特別音響にて鑑賞。
とても良かった。「青ブタ」完結にふさわしいお話だった。
霧島透子の正体と思春期症候群との決別…。
いままでの話があってこその、今回の映画だったように思えた。
最後の終わり方もとても綺麗で素晴らしかった!!
終始笑顔が止まらなかったけど、喪失感が凄い
これから半蔵門線に乗って自分を探したいと思う
でも幸せならOKです!
視聴日:2026/10/17