グインを探す暗殺者達はナリスが差し向けたわけか。グインとレムスとリンダを殺してパロの王になるつもりなんだろうけど。ナリスはパロを奪還するだけでなく、モンゴールを手に入れて覇権を握るつもりなら、モンゴールと変わらない征服者でしかない。
そして、レムスはおそらくナリスを打ち滅ぼして自分が征服者になろうという野望を抱いている。
リンダはイシュトバーンが打ち立てる国に付くのかもしれないけど、まだ一介の傭兵でしかないイシュトバーンがどんな国を作りたいのかが分からない。
現時点では本当に義と徳で人々を統治する理想を掲げる者が一人もいない。
グインには野心は無いが、とりあえずパロの双子を守護することと、己れの天命を深く知ることだけが目的のように思える。
ここから、原作は100巻を超える大作になって尚未完のままになったというのがもう気が遠くなる。
ナリスはやはりアムネリスを愛してなどいなかったということか。
ミアイルの暗殺をナリスが指示していたとすれば、ナリスは目的のために義を通す気もないということか。このあたり、覇権を争ってきた国家がいかに血塗られているかという現世の歴史を反映しているかのようで、昨今のアニメや漫画のファンタジーに出てくるご都合主義とは一線を画しているように思う。
ナリスはモンゴールが自分を謀殺せんとする企みを知っていて手を打っているようだけど、同朋たるパロ人側にも敵がいることは見抜いているのかいないのか。魔道士に操られたアストリアスが最後にやらかす気がするけど、ナリスは影武者を用意している風でもあったし、アムネリスと結婚してブラド公とミアイル王子を暗殺すればモンゴールが手に入るという筋書きもあるようだし、どうなることか……
グインがレムスに帝王学を教えるとは。レムスは将来の情勢を考えている。リンダとイシュトバーンが結婚すれば、レムスと戦う未来になる。
モンゴールは権謀術数渦巻く。
レムスも世界の征服を望むのか。
三国志の場合、蜀の劉備のように徳によって人々に望まれて覇権に乗り出す王が現れるけど、この作品では今のところは王たらんとする者は皆野心家だなと。
イシュトバーンとリンダがそんなことになるとは。イシュトバーンはセム族を蔑んだり戦場から逃げ出そうとしたり、信頼度の低いキャラだと思ってたけど、段々と芯の強さが感じられるようになってきた。
アムネリスが完全にナリスの手練手管に陥落した…と思ったら、ナリスはアムネリスを本気で愛している?表情を変えずに話すから何を考えているか分からない。
アルゴスの情勢がいまいち分からない。
パロ=アルゴス連合 vs モンゴール という図式なのは分かるけど。
グインが再登場したと思ったら、ベラボーに強いw
レムスが急に変わりすぎな理由は何だろう。
ナリスにとって王位継承権の面でレムスは排除すべき対象なのかな。
アムネリスはナリスを受け入れはしたけど、あからさまにデレた態度にならないのは原作の品格なのかも。
光の船とグインの行方が気になる。
リンダはこれまで双子なのにレムスを下に見ていたってことか。
善良な心の持ち主がグインだけのように見える。
ナリスは愛を偽ってアムネリスを籠絡したように見える。
ただ、それぞれのキャラの人間性が複雑に描かれていて、一概に白か黒かを割り切れない。
アストリアスは身の程知らずが高じてアムネリスのストーカーになり果ててるなぁ。
男に興味無かったアムネリスがナリスをひと目見てフォーリンラヴしてしまったw やはり顔なのかw
ナリスはパロの再興を目指しているのだろうけど、食えない策士でもあるかな。
レムスは自らの劣等感を餌にダークサイドを呼び寄せつつあるのかと思ったら、別の為すべき運命に導かれそうな雰囲気。
ナリスは少々無謀な潜入だったのでは。神官?の娘のナリスへの恋慕は私欲でしかなかったってことか。思いが遂げられないとなると裏切ってナリスを敵に売るという下衆の極み。
ここまでは、どことも知れない所から現れた豹頭のグインが運命に導かれてノスフェラスの王になる物語ってことか。
で、次回からは続章なのか別の章なのか……ワクワクする。
マルスの死はモンゴール軍にとって痛手だなと。
マルスは良い漢かもしれないけど、野心による侵略を進めるモンゴールに大義が無い時点で仕方ないことだなと。
原作1巻が1979年と知って驚いた。何という重厚なヒロイックファンタジー。
セム族はスターウォーズ(ジェダイの帰還)におけるイウォーク族と帝国に抗う獣の部族という点で似てるけど、グイン・サーガの方が古い。
ナチュラルに恋愛要素あるんだなと。
水彩とかアクリル画タッチの背景美術が素晴らしい。
演出に佐藤順一さんが入ってるあたり、納得。そしてキャラデは馬越嘉彦さん。
ここまで見てきてよかった。
真面目に見ると全員可愛くて尊い。
1曲ごまかすんじゃなくて、観客には事情を話してその1曲だけミサキのアテ振り込みで楽しんでもらうというやり方もあったのでは。
ダンスはコンボ技の練習になったってことかな。
サドネが自信の無さを克服する話。ミサキは少し視野が広がったかな。敵のタイプを知ってたり知らなかったりするあたり、未来から来たとかかな。
可愛いさ以外に取り立てて秀でてる要素は見られないけど、ベーシックなプロットの組み立てはしっかりしてると思う。
最終回の全体の流れはいいんだけど、鷲津の登場シーンのために与一が唐突にザコにやられるっていうプロットの作り方が本当にヘボい。
ラスボス鷺宮右京の人格の歪みの裏付けも弱い。セリフ無しの止め絵を数秒流すことで生い立ちを説明するあたりが雑すぎる。
この作品の主題はラブコメと姉妹の家族愛だと思うんだけど、最終回を作るために終盤に強引かつ雑な誘拐イベントを作ったという印象を受けた。
キャラそれぞれに魅力が感じられるだけに、プロットの過不足や雑さが悔やまれる。
鷺宮のやり口がものすごく姑息なのはともかく、作劇がイマイチな気がする。
一瞬でもあやめとちはやがセレブ待遇に目が眩むのも主人公が簡単に言いくるめられるのもおかしい。そこから、それぞれが為すべきことに気づいて敵地に向かうっていう、最終話の前段階の展開の作り方なわけだけど、尺を調整するために無理にプロットをこねくり回した感がある。原作がどうなっているか分からないけど、作劇の質が低い。2009年のアニメ脚本の水準がこの程度とは言い切れないというか、どっちかと言うと90年代ぐらいの感じがする。