サービス開始日: 2017-12-24 (2525日目)
変幻自在の戦闘機、圧倒的な歌声を響かせる歌姫たちといったマクロスシリーズの伝統を受け継ぎつつ、きちんと新しい魅力も感じさせる作品に仕上がっている。キャラデザ、作画、CG、エフェクト、音楽と全てが高水準だが、何と言っても後半の戦闘シーンが圧巻。最後の引きも見事。
1話の時点では話の主軸が曖昧だったが、今回で少し見えてきた。秘密組織が暗躍するスパイアクション……ではなく、ミステリと心理ドラマの要素が主らしい。主人公が推理の才を発揮し、諜報員としての自覚を持つまでの流れは良かった。が、説明セリフが多い……。
幸福実技で最下位となった杏たちに、罰ゲームとして3つの課題が与えられる。それを解決すべく街へ出る3人と、妨害しようとする響(と蓮)。今回は最後の写真のオチを含め、響の内面の変化に重点が置かれていた。花迷路で杏と一緒に歩く姿を見つめる蓮の表情が印象的だ。
アイキャッチを自然に挟む技術が進化している気がする。ティモシーランドは色彩豊かでなかなか楽しそうな所だ。それ以外あんまり言うことがない。響ちゃんは可愛かったけれども。
唐突に謎のウサギが登場。学園のマスコット的存在なのかもしれないが、正直あんまりかわいくない。3人の不幸体質の例はそれぞれバラエティに富んでいて面白かったが、全体的には印象の薄い回だったかな。
不幸の基準とは何だろう。「私は不幸なんかじゃない」と雲雀は言う。「終わりよければ全部ハッピーってやつだよ。私ってツイてるなぁ♪」と花子は言う。牡丹は満面の笑みで自虐する。四色四つ葉のクローバーのように不幸はさまざまな色をして、万華鏡のように回っている。
アイキャッチを頻繁に挟む構成が個性的。大沼監督はキャラをかわいく見せるギャグシーンを作るのが上手い。
OP・EDは畑亜貴の詞才もあって非常に耳に残る。
ここにきて少し持ち直してきたか。物資確保のための買い出しを機に艦外の人間と接触し、さらに他艦のクルーとも情報を共有したことにより話が少しずつ動き始めた。謎のネズミは謎だけど。シロちゃんの家族構成や心理がきちんと掘り下げられていたのも好印象。
なんと言うか……これほど脚本で損をしているアニメも珍しいのではないか。可愛いキャラクターも迫力ある戦闘シーンも揃っているのに、それらの裏付けとなるストーリーが欠けているので感動のしようがない。今のところはガルパンの劣化コピーにしか見えない。
印象としては「艦これ+ガルパン」だが、ストーリーや世界観がいまいち見えてこない。意図的なサスペンスではなく、脚本の手落ちという感じがする。キャラクターも大量に登場する割に各々の掘り下げが足りていない。音楽の使い方も下手。背景だけは良かった。
男女が一つの機体に搭乗する設定は結構面白い。前例がないわけではないが。鬼、姫、骸など、気になるキーワードがたくさん。ここからどうやってオリジナリティを出していくか。
まちちゃんかわいい。以上。
で終わってもいいのだが、他にもけっこう見所がある。田舎の空気感が伝わるボカシ気味の風景、日常系のわりに意外と下ネタを盛り込んでくる挑戦的な脚本、祝詞を読み上げる日岡さんの神秘的な声、などなど。
麗らかな春の日、郵便屋さんの仕事に同行する灯里。集荷や配達を手伝ううち、手紙を持った一人の少年と出会う。
仕事を「楽しみ」と語るおっちゃん。手紙が人の心を、あまつさえその人自身を連れてきてくれるなんて素敵なことだ。手紙によるコミュニケーションは時間がかかるけれど、そのぶん最も色濃く人の心を伝えるし、最も長く人の心に残るのかもしれない。それこそ直接会って話すよりも。ネオ・ヴェネツィアの街も同じだ、と気づく灯里はさすが。
あと、婚礼用のゴンドラに乗る晃と藍華が貴婦人と令嬢のように見えて面白かった。
流星群の降る一日を通じて、藍華とアルの関係にクローズアップする話。今回に関しては藍華が主人公といってよく、珍しく一人称のモノローグが多用されている。引かれ合う星々、恋に落ちた瞬間に流れ落ちる星、などのベタな演出も決まっている。
それにしてもアルくんの好青年ぶりときたら……。「僕は夜目が利きますから」という一言に込められた優しさよ。最後のセリフにしろ、本当は藍華の気持ちも知っているのではないか。
宝探しと幸せの達人。
灯里は相変わらず素敵な感受性を持っているけれど、それだけが彼女の魅力ではない。思ったことを素直に、ためらいなく口に出すことができる。この稀有な才能がある限り、彼女の周りには幸福な宝物が増え続けていくだろう。
そう、ARIAは「出逢いの奇跡」を描く物語。1期1話の冒頭で灯里が語っていたテーマは、2期でも変わらずそこにある。ただ、出逢う相手は人ばかりではない。ネオ・ヴェネツィアという街には、普段は見えない不思議がいくつも隠れているのだ。
Aパートの温かい雰囲気とは裏腹に、Bパートは演出も含めホラーチック。ズンタカポコテンの歌もなんとなく不気味に聴こえる。ARIAはこういう不穏なエピソードをたまに挟んでくるのが面白い。天野先生の趣味だろうか。
「社会の底辺に生きる人たちが、閉鎖的なコミュニティの中でサバイバルを繰り広げる」という物語は他にも例があるはずだが、正直言ってこのタイプの話は好きではない。現代人や現代社会の病理を記号化して描くことにあまりポジティブな意味を見出せない。
前回の茜に続き、新たな魔法使いが登場。犬の姿の犬養さんを母親が快く招き入れたように、弘前という町、そして倉本家の縁側は、気まぐれな来客に対していつでも寛容だ。問題はあっさり解決し、旅人はまた旅立ってしまうけれど、あたたかな人間関係だけは確かに残る。
今回改めて思ったけれど、この作品は色設定に本当に気を遣っている。昼に見る公園の桜、犬養さんの回想に出てくる桜、ラストシーンの光り輝く夜桜、各々がきちんと描き分けられていて、ゆえに全てが印象的だ。真琴の薬箱に並んでいる薬、立ち上る煙、出来上がった金平糖もみなカラフルで楽しい。
主役級3人の声の出し方が本当に巧いなぁと思う。感情を込めすぎず、ぶっきらぼうでもなく、素直で上品な落ち着きを湛えた演技。
「真琴の魔法は私のとは違う」と茜は言う。日常を学ぶ彼女こそ、私たちの日常の見方を変えてくれる魔法の体現者なのかもしれない。
今回は、町にさまざまな形で訪れる「春」の話。それは例えば謎めいた妖精であり、暁を覚えない眠りであり、鞄いっぱいのフキノトウをみんなで食べる時間である。手の動きだけで感情を表現する演出や、純粋さと見栄が同居する千夏の描き方など、細部の作り込みが非常に丁寧。