生まれつき足が速く、「友達」も「居場所」も手に入れてきたトガシと、
辛い現実を忘れるため、ただがむしゃらに走っていた転校生の小宮。
トガシは、そんな小宮に速く走る方法を教え、放課後2 人で練習を重ねる。
打ち込むものを見つけ、貪欲に記録を追うようになる小宮。
次第に2人は100m走を通して、ライバルとも親友ともいえる関係になっていった。
数年後、天才ランナーとして名を馳せるも、勝ち続けなければいけない恐怖に怯えるトガシの前に
トップランナーの一人となった小宮が現れる――。
面白かった。
一人の人間が何かに全力を捧げて努力をしてるのを見るだけでも面白いのに、それでいて、何のために走り続けるかという葛藤をいろんな人間のいろんな価値観の下で見られて面白かった。
登場人物一人一人が考えていることをちゃんと深掘りされていて、迷いながらも走っていたり、迷いを超越して走っていたり、ただ100mを走るというだけの作品にここまでの深みを与えられるのが素直にすごい。
ストーリーは、二人の男の子が小学校・高校・社会人と成長しながら走るってだけだけど、それを自問自答・掛け合い・イベント発生とそれに対する向き合い、これだけで面白くしていて、余計なものが本当にそぎ落とされる。面白いって何なのかってことをよく考えるんだけど、この作品を何回も見たら少しは理解に近づけるかもしれない。そんなことを思わせてくれる作品。
映像もかなり凝っていてよかった。全体的に、ロトスコープ?っぽい手法なのかな。ただのロトスコープじゃなくて、場面に応じて・強調したいものに応じて、外連味たっぷりに画面を作っているところが好きだった。画面の質感が作中の中で何回か変わっていて、そういった面も飽きなかった。髭男の主題歌も歌詞がまじでいい。刺さる。言うことない作品だった。惜しむらくは、これを劇場で見られなかったこと。
魅力的なキャラクター達が様々な哲学を持ってして100mという競技に向き合う話なのですが、根本の「何故走るのか?」という部分が全てのキャラクターに共通してくる部分なんです。
その「何故走るのか?」「何故陸上という競技に戻ったのか?」この伏線をラスト10秒の決勝戦、あえて言語化せず冨樫と小宮の表情だけで描写したのは素晴らしいと思いました。
差違・浮沈・時代 誰一人として共通しないが、世界はいまこの一瞬の記録を現す。
その残酷な現実をどのように受け止めるか、「らしさ」を映像と言葉回しで形作る。
知り合いがおすすめしてくれたので視聴。
本当に見てよかった。
陸上やっていたのでシーンや登場人物の言動一つ一つに相槌打ってた。
「現実は逃避できる。」
原作未読。ネットフリックスにて視聴。でも読まないとな。予想以上の作画だった。劇場で見とけばよかった。
選手それぞれ走る意味は違うのに、走るという行為に対する真剣さは等しく、全員が人生を捧げるつもりで走ってるのが犇々と伝わってきてカッコよさと迫力に圧倒された
学生時代から栄光も挫折も経験して、社会人になってやっと真の走る理由を見つけられるというところにプロの凄さを感じたな。
自分がボーッと過ごしてる10秒に対して100m走者は全てをかけている、その熱量と努力は素晴らしいし、だからこそ彼らは極上の10秒を味わえるのだと思った。
作画の質感がヤバい、最高すぎた。
あとBGMやSEも緊張感を駆り立ててくれて良かった。
人生アニメだこれは……
「なぜ走るのか?」そのシンプルな問いに答えを出すのは難しく、仮に出たとしても本人がその答えによって幸福に至れているかというとそれは分からない
100m走という競技の中で、その競技を戦う人間たちの価値観、存在意義、もっと言えば生きる理由、そこに至るまでを書き尽くした作品だと感じた
100m走という題材をとっているものの、この作品における価値観というものは広く競技全般、もっと言えば人生全般に敷衍して語ることもできると思う
というのも、人間として生きている限り、好きなものや嫌いなものはできる
仮に好きなものができなかったとしても消去法的に「これはまだマシだ」と思えるものが見つかっていったりする(事実、本作における序盤の小宮がそうだった)
ただ、問題は、好きなものができたとしても、それをたとえどれほど好きでも、ただ楽しいだけということにはならないことだ
登山がどれだけ好きでも山を登っている以上しんどいことはたくさんあるだろうし、野球がどれだけ好きでも素振りやダッシュやノックといった基礎練を毎日こなすことをずっと楽しいと思える人は稀だろう
そういう意味で、生きている以上直面する「なぜ続ける?」「なぜ戦う?」という問いに、今作では100m走という競技を通して取り組んでくれたという風に感じた
また台詞の一つ一つがどれも名言かのごとく胸に刺さった
中でも海棠さんの「正しく現実を見なければ現実から逃避することはできない」といった言葉や、何より最後にトガシが言った「ガチになること」という一連の台詞。彼のここまでの半生のすべてを観てきたうえでたどり着いた結論と、それを二人で実践することの気持ち良さたるや……!
自分は『チ。』しか読めていないので本作の原作は未読だったが、弱冠21歳にしてこの作品を書き上げた魚豊先生が天才的だというのは言うに及ばず、アニメーションのクオリティも非常に高く、競技が始まる前の緊張感、競技中の息を飲む思い、また登場人物の挫折や葛藤に自分の感情を飲み込まれるような演出の数々、それらすべてを含めて一本の映画として観られるというのはとても贅沢な時間だった
100m走という競技がもはや生きることそのもの、生きる上での悲哀や歓喜といったあらゆる感情を引き起こし、そこに人生のすべてを乗せる、そういう男たちの生き様という点で言えば、去年大ヒットした映画『国宝』や、アニメだと『ピンポン』とも通底する話だったと思う
常軌を逸していると評されるような、競技のトップで戦う人達の生き様について一つ深いところで解釈されているな〜と感じました
色々書きなぐりたい感想はあるのですが、とにかく作品のテーマを視聴側に意識させるような展開に非常に上手さを感じました
競技の世界が好きな人は刺さる!と思います。
素晴らしいかったです
一度の鑑賞ではセリフの細部を覚え切れなくてぼんやりした感想ではあるのだけど、とても良かった
時間を数えながら観たわけではないので印象の話だけど、基本的には100メートルを距離的にも時間的にも短く感じさせるシーンが多かったように思います。浅草さんに請われてトガシが100メートルを走った後、スタート地点にいた浅草さんのつぶやきがトガシに聞こえているかのように演出されたり
高校での800mリレーが時間をかけてしっかりと描かれていたように感じたのは男子ふたりのブランク明けを意味していたのか、100メートルが特別であることの表現だったのかは一度観ただけだと整理がつかない
肉離れを理由に契約解除を宣告された後のトガシが小学生の前で泣き崩れるシーン、小学生の声がトガシと小宮の幼少期を演じた種﨑さんと悠木さんで、そのことを切っかけにトガシが昔の気持ちを思い出すの、マンガからアニメへの翻案として劇的で印象に残りました
おそらくはトガシの最後のレースになるという悲劇の予感を孕みながら結末を見せずに終わる最後も好きな感じ
トガシが選手契約の打ち切りを告げられるシーンでドリーズームが使われていて実写みたいだと思っていたら、エンドロールでロトスコープが使われていることがクレジットされていて、実写をアニメにする手法としてロトスコープはかなり好きかもしれないと思うなどしました
同名の原作マンガ(魚豊/マガジンポケット/講談社)のアニメ化作品。とても良かった。映像面だと長回しのロトスコープの競技シーンだったり、映画館ならではの音響で聞く音だったり。イップスから脱却するための禅問答の様なやり取りや、試合前に交わす相手を見ているのか自分を見ているのか分からない様な会話、10秒の中に詰まっている感情、どれも面白かった。感想は言語化が難しい感じなのだが、視聴後の感じとしてはアニメ ピンポン/松本大洋の様な感じだろうか。
岩井澤健治監督はロトスコープのアニメを持ち味としている監督だが、大勢のスタッフを得て大規模なロトスコープに挑戦し、素晴らしいシーンを描いていた。