サービス開始日: 2021-03-01 (1801日目)
確かにチャーリーからしたらヒトに限らずあらゆる生物は個でしかないのかもしれないけれど、個であるはずのヒトが群れを成したらそれは“社会”になり、それは個としての生物とはまた別の存在に変わり、そしてチャーリーも半分はヒトである以上その引力からは逃れられない、またチャーリーの社会的な立場は一般的な人間よりもはるかに弱い
何考えてるかわからないおっさんだけど、チャーリーの過去エピソードやそれに伴ってチャーリーの両親が行ってきた努力を考えると、あながち的外れの指摘でもないというか、なんなら今後を占うような重要なことを示唆しているようにも思えるね
朝の実家の片付けをしに来た槙生と朝
故人に対する感情や、その受け止め方に困惑するものの、作業は滞ることなく進んでいく
朝は母親の自分の中での存在感と、母の死に対する実感が自分の中でまだ整理されていないのか、母親のことを現在形で話している
それに対して槙生は過去形
対照的な二人に見えるが、槙生が示したのは、朝は現在完了進行形で物事を見ていると
現在形でもなく、過去形でもない、まさに過去から未来までも含む「感情を整理している途中」の状態を表すのにふさわしい比喩だと思った
卒業式に出る前に友人のえみりにショッキングなことを伝えられる朝
卒業式に出席せず家に帰ろうとするも帰り方が分からない
槙生が来てくれたものの、どうしても口を紡ぐ朝
そんな中槙生が提案したのは「足湯に入ろう」
物事をその場で解決しようとするのではなく、一度落ち着いて考えてみることも大事だし、だからといってその場面でその提案ができるのはすごいなと思った
口論になりそうな二人だが、本質はそこではない
問題は朝とえみりの関係であって、この二人ではない
そして、「あなたの感情はあなただけのもの」というのも、それ自体はその通りだが、それはルールではない
だから「自分自身の感情を大切にするべき」ではあるものの、同時に「それよりも大切なものが、状況次第ではもしかしたらあるかもしれない」と常に考えることはもちろん大切になる
それが朝とえみりの関係に当てはまるのではないか、と槙生は考える
※↓ここから少し自分語り入ります!
自分も学生のときの卒業式は、特に出たいと思わなかったし、高校のときは体調の都合で出られるかも怪しかった
結局出たけど、出て良かったとかは特になく、「ああ終わったな」ということを思っただけで感慨とかも特になかった
それと関連して、ネット上での定期的な話題として、成人式に出たかどうかというものがある
成人式に出たから偉いとか、出なかったからどうだみたいなことは無くて、個人的にはどちらでもいいと思っている
俺は出席しなかったけど、別に出たらよかったとか出ない方がいいみたいな「思想」は特に無くて、出て楽しめると思うなら出ればいいし、同窓会行って二次会も参加したりしてもいいだろうし、でも出ない人がいたってそれは自由だよね、というその程度のものでしかないと思ってる
要は何が言いたいかというと、卒業式にしろ成人式にしろ、そういった形式的な儀礼はそこまで重要ではなくて(もちろん、重要だと考える人もいるだろうけど、少なくとも朝や槙生のような人間にとっては)、それよりも、例えば槙生にとっては今も続く友人関係であり、それが朝にとってはえみりなのかもしれない、ということだ
自分の経験に照らしても、自分が辛い時も話を聴いてくれるような友人が、少ないながらもいることは本当に大きな財産だと思っている
この作品はそうやって、「本当に大切なものとは何なのか」を教えてくれる
西さんめっちゃコミュニケーションの本読んで勉強しててワロタ
気持ちわかるよ……
コミュニケーションは難しい
言語によるコミュニケーションには限界があるけど、言語外の行動だけをもとに相手の意図を理解することにもまた限界がある
だからその相手の言葉と言外の意図を一つずつ汲み取ろうとする努力が不可欠なんだと思うけど、谷くんはまさに鈴木さんが発する「カワイイ」という言葉の真に意味するところを汲み取ろうとしていたし、図書館でのやり取りなどでもお互いが意図を上手く汲み取れなかったとして、それでも相手の気持ちと自分の意図を上手く擦り合わせて丁寧に掬い取ろうとしていたのがまさにこの作品を象徴するようなエピソードだったね
あと、俺自身が割と悲観的な人間だからか、平の卑屈なモノローグにどこか同意してしまう自分がいて、同時に平が自分の考えが偏狭すぎたと自覚するときに同時に自分の思考の偏狭さも自覚させられるような感覚になってつれえわ
アバンはパンダ先輩と夜蛾学長の話から
術師の特級は核兵器みたいなもので、最高の戦力とも成り得るが、総監部がコントロールできなくなるほどの戦力である以上、上としては放置しておくわけにはいかなくなる
これまでは五条がいた手前学長に手出しできなかった総監部だが、五条が封印された余波がここにも……
夜蛾学長が最後に遺した「呪い」は楽巌寺学長にどういう影響を与えるのか……
秤の説得に行く2人
呪術規定を逸脱している上にやってることが賭け試合の胴元という完全にチンピラでしかない秤だが、特級の乙骨が認めるほどの実力というのは、「大体チンピラみたいなキャラはかませポジ」という少年漫画のお約束の逆をいってて一周回って珍しいなと思った
秤が愛しているものは“熱”
熱のせいで人は判断を間違えるが、熱が無い人生は味気ないというのはまあ分からなくもない
要は秤という人間は考え方から行動の基準まで徹頭徹尾ギャンブラーってことなんだな
どうでもいいけど秤の口から出てくる言葉がリボ払いとか情報商材とか妙に生々しくてワロタ
ヴィーガンになった方がいいのかどうか
結局人は多かれ少なかれ動物に被害を与えて生きている、それを前提にした上で、少しでも正しいと思えることをやっていく……
ヴィーガンになるかという点だけでなく、やるかやらないかのゼロイチ思考ではなく、世の中は広いグレーゾーンがあって、その中で自分に適切な割合で物事を選択していくという考え方は納得できるところがあった
チンパンジー以上の力と人間以上の知能とは……チャーリー思った以上にすごい存在だ
しかしCV:大塚明夫さんのおっさんは何を企んでいるのだろうか……?
ALAという過激派ヴィーガン組織による犯行、と見せかけて実態はそれを利用してる黒幕がいる、という認識で良いのかな
ヴィーガンによる犯行だ、ということが明らかになった際、人々は個々別々の個人ではなく、ヴィーガンそれ自体が問題だという風に人間を属性でしか判別しなくなってしまう
そしてそれはヴィーガニズムに限った話ではなく、イデオロギーやジェンダー論など、あらゆるところで見かけることで(例えば、「また○○人による犯行だ!だから○○人はこの国から排除するべき!」みたいな論調は今のこの国でもネットを開けば毎日見かける)、冷静に考えるととても恐ろしいことだ
個人的には人間が他の生物と区別されて特別視されているのは、やはり知能の高さだと思う(実際、知能の高い生物は神経が発達している分苦痛を感じやすく、捕食を取り締まる流れができている)
ただ、そのある種人間を特権視する人間中心史観みたいなものに楔を打ち込むのが、ヒトと同等の知能を持っていながら人ではないヒューマンジーが題材になっている所以なのかな、と思う
そういう意味で、どこまで突っ込んだ話をしてくれるのか楽しみだ
(しかし、なんとなく予想していたとはいえ、色々な勢力がチャーリーをシンボルとして利用しようとしているのはキナ臭いな……)
いや~おもしれ~!
狂化されてないヘラクレス(アルケイデス)とギルガメッシュの戦いとか、まさに「これが見たかったんだよ!」という代名詞のような場面!
フランチェスカと同じこと言うのは癪だけど、やっぱサーヴァント同士の戦いが聖杯戦争の華だよな~!
と思ったらライダーと思しきサーヴァントの乱入
真名はヒッポリュテ、こんなに早く明かすと思わなかったよ
どうでもいいんだけどヘラクレスにしろヒッポリュテにしろ、どちらも神性持ちだから天の鎖使えば楽勝じゃない……?笑
いやでも今のヘラクレスは神を否定するアヴェンジャーだからそもそも神性は否定されてるのか?いずれにしろギルガメッシュは天の鎖を使うような段階ではないと判断してるだけなんだろうけど
というか、もうそもそも偽物の七騎のサーヴァントと本物の聖杯戦争のサーヴァントみたいな話になってる時点でそういう次元の話ではないのかもしれないけど
ところで「うお~ここからすごい戦い始まるぞ!」と思ったら大体毎回外部から干渉食らってお預けになってない?笑
次々に疑問点が湧いてくるからいちいち気にしてたらキリないんだけど、そもそもセイバーの真名がリチャード(1世)なら、何でアーサー王の宝具であるエクスカリバーが使えたんだい?(ここにもまた「例外」が潜んでいそう)
自分がおじさんと言えなくもない年齢になったから余計思うんだろうけど、こういう、おっさん主人公を若い女の子にヨイショさせる作風自体が観てて厳しいものがあるというのが正直なところ
こっちはもう切るけど、勇者刑の方はもうちょっと擁護させてくれ……
あとまあ、シンプルに批判するならこんな人を殺したり戦闘不能に追い込んで金目の物を漁ったりするような救いようのない人間に弟子入りしたがるというのがもうおかしいし、そこに目を瞑っても倫理観が欠如してる部分に筋が通ってないと思えてしまうんだよね
作風は全く違うけど、コミカルな作風だけど倫理観が欠如しててそこに無批判という点で言えば、例えば『リコリコ』の、リコリスという身寄りのない女の子が秘密裏に暗殺者として育てられていながら、死んでも社会はそれを認知しない、でもちさたきが尊いのでオーケーです、みたいなそんな認知の歪みに通じるものを感じるんだよね……
中部ブロック大会編開幕
加護さん視点からも瞳先生視点からも、司先生が以前よりずっと生き生きしているのが見て取れたのが、いのりさんの成長だけでなく司先生の活力にも繋がっていると感じられてよかったね
優勝候補筆頭である光ちゃんは、まさかの出場を辞退しロシアの振付師の元へ
さらなる高みを目指して全日本ノービスという大舞台でスーパーシードとして待ち受ける
中部大会の15人の中から光ちゃんを除いた同世代最強の5人を決定するために今、大会が始まる……
大きな大会のプロローグとも呼ぶべきエピソードではあったけど、いのりさんのリンクに掛ける執念を象徴するような全日本女王への直接質問や、いのりさんが司先生に与えた影響、そして司先生が加護さんに与えた影響を改めて感じ取れるエピソードでよかったね
あと、ネガティブな感想としては、曲自体もそうだけど、本編でバチバチ火花散らして戦ってる選手たちがOPでは仲良くアイスショーしてるのは流石に解釈違いというか、合わないな、と思ってしまった……
槙生と朝、二人の異なる感じ方や捉え方がある中で、一つ一つを手探りで進むようにお互いがお互いをどういう距離感で接すればいいのか模索していく
この作品の本当に好きなところは、一つ一つの言葉やコミュニケーションを非常に大事にしていると感じられるところだ
朝の友人からのLINEのメッセージ一つ取っても、そこに込められた含意を丁寧に汲み取っていく
槙生のそういった言語化の上手さはやはり小説家らしいなとも思う
また、言葉やコミュニケーションだけでなく、自作のフィクションの登場人物に対する手付きなんかを見ても、自らの手からこぼれてしまいそうなものを可能な限り掬い取ろうとするその真摯な姿勢が好きだ
非常に詩的で、逆に言えば大きな動きがあるわけではないアニメだけど、その詩的な雰囲気と演出や劇伴が非常に合っているように思うし、槙生と朝という二人の関係という軸を通して、観終えた後少し世界が色づいて見えるような、そんな空気の作品だなと感じている