いろいろ過去の因縁が明らかになったシーズンでした。「悪者にもそれなりの理由があった」というのは他の作品にもあるけど、その深みが違った。先のことは分からないけど、とりあえず今はハッピーエンドということでよかったです。
「助けてやる」じゃなくて「助けてくれ」がベティを助けることになった。"その人"でなくても「でも俺はお前とあした手をつないでいてやれる」、永遠は無理でも「あしたを、今を、お前を大事にしてやれる」、だから「俺を選べ」って、すごいセリフだな。長命種族と知り合うことはないだろうけど、人生で一度入ってみたいセリフだ。
サッカーマンガと勘違いしてた(それは『アオアシ』)けど、こちらは『名探偵コナン』ばりに若返ってしまった中年のベテラン殺し屋が中学生活を送る話でした。
リアリティラインが分からなかった。こういうこと「あるある」の面白さなのか、これはないけど「きららマンガ的にはあり」な面白さなのか。ヒット作はこの配合が絶妙だけど本作は微妙にスベってる感じがしました。
キューブっぽいデザインの犬の家族のお話。アメリカのカートゥーン特有のキャラクターデザインの異質さ(気持ち悪さ)が無くて見ていられた。色彩がポップ。ストーリーは幼児向けなので感想は特に無し。主人公はブルーイというよりブルーイのパパ。小さい子のいる人なら楽しめると思います。
お酒版『ぼっち・ざ・ろっく!』(バンドでワチャワチャしてるのではなくお酒つながりという意味で。だとすれば主人公はきれいな「廣井きくり」か?)。女の子を愛でるという意味では大学生版『けいおん!』かもしれない。オープニングはよく出来てる。全編オープニングのクォリティだったら凄いけどそうでも無さそうなので視聴中止です。
ムキムキの肉体の3D表現も見慣れたので違和感はそれほどない(だが目新しさもない)。絵作りは原作マンガの絵のタッチの再現を目指しているようだが、画面が暗い(肉体の変形や流血の生々しさを軽減するため?)。何度もアニメ化されている名作だが、今作ならではの売りが感じられなかった。
間に入るCMが『終末のワルキューレⅢ』なのだが、そちらの方が面白く感じられてしまう。『北斗の拳』のハチャメチャさの継承者は本作ではなく、むしろ『終末のワルキューレ』なんじゃないかな。
主人公の声質がちょっと変わってると思ったら実写版の主人公を演じた亀梨和也氏とのこと。ストーリーはワインの蘊蓄が好きな人は面白いと思います。ジャンルはビジネスサクセスストーリーの一種で天才(野生の勘)の主人公と秀才(何事も計算尽く)のライバルが競う話。アニメ的には普通。視聴中止。
姫騎士:貴族の子女の務めは結婚と兵役だが、なまじ剣の腕があるばかりに結婚を諦め騎士として生きるセラフィーナだが戦場でヴォーエルに敗北。戦利品としてお持ち帰りされる。
蛮族:強い女を娶る風習あり。ヴェーオルの一族に至っては異民族(敵の女兵士)を娶るという。
なるほどそういうこともあるかもしれない。設定としておかしいとは言えない。それに本作が「くっ殺(ころ)」ものだということも分かっている。分かってはいるのだが……
しかしセラフィーナ。仮にも軍人、それも指揮官だよ?女として扱われてテレテレするだけってあまりにもチョロすぎる。
それにヴォーエル。力こそ正義(マチズモ)という価値観だから蛮族と呼ばれる訳だが、彼の一族は異民族融和派として他の氏族から糾弾されないのか?蛮族なのに女性に対して紳士というのは、やはり元姫騎士であろう母の教えなのか?
マンガは絵の迫力でこうした疑問が浮かぶ前に話を進めてしまうこともできる。しかしアニメはシーンの順番に情報を提示することになるので、演出がとても重要になる。本作は演出が悪く、イチャコラを楽しむ前に力尽きてしまった。
・オットー、モブキャラだと思ったらいい奴だった。
・スバル、こんなどストレートな告白みたことない。
琴子(金髪の子)は非実在ファンタジーギャルだと思うけど、慶(長髪の子)の方は居そうな感じで面白い。主人公のオタクくん含めタイプの違う三人が共通の話題で親睦を深める話だったらよかったけど、恋愛要素を強調し過ぎかなあ。
(愛情も含め)自分が必要なものは誰かが与えてくれると信じている子供が(そう考えるのは甘えではなく子供として自然なことだが)、その「誰か」(親)を失い、自分が必要なものは自分で自分に与えるものだと学んでいる大人(槙生)に引き取られる。親に従う生き方しか知らない子供(朝)は、自立した生活を送る槙生を「自分とは違う国の玉座に座る女王」だと感じる。
女王ではあるが、槙生は相手を支配しない。「こうすべき」という正解を与えない。しかし子供である朝は「自分で選ぶ」とはどういうことかがまだ分からない。誰かに決めて欲しい気持ちを、相手の愛情が足りないせいだと取り違えたりする。
朝の親は槙生の姉であり、槙生に対し「こうすべき」を押しつけてくる存在だった。槙生はそのことにわだかまりがあるが、姉が育てた子供(朝)を通して今は亡き姉と和解する。
二人は親子となる。朝は失った親を悲しむ心の余裕を取り戻し、槙生は子供を持つという失った選択肢を取り戻す。ハッピーエンド。
ここで終わりか……あ、まだ終わってなかった……ここで終わりか……あ、まだ終わってなかった……を繰り返してようやく「もう終わりか」。いろんな最終回を全部詰め込んだ感じだが、悪い感じはしない。
一つ一つの描写は理解できるんだけど総体として何がしたいのかがよく分からなかった。最近は「キャラ=作品」「キャラのエピソード=物語」だから、一人一人のキャラに感情移入させるタイプの作品じゃない本作を見て面食らったんだと思います。
見終わって思うのは、思春期の「人を押し退けないと生き残れない罪悪感」といった繊細な感情を、デスゲーム(に参加した少女)という形で表現したって感じなのかな。
(息子が友達と出かけると聞いて)驚愕しているお母さんの表情がよかった。笑った。
最後、「付き合って下さい」と言われて彼女の表情が曇ったが何かあるんだろうか。一話切りするつもりだったけど次も見てみるか
なんのコミュニケーションコストも支払わずに関係が成立する(相手の方から距離を詰めてくる)作品って、社会的害悪(甘い毒薬)以外の何物でもないと思います。