鬼となった妹・禰󠄀豆子を
人間に戻すため鬼狩りの
組織《鬼殺隊》に入った竈門炭治郎。
入隊後、仲間である我妻善逸、
嘴平伊之助と共に様々な鬼と戦い、
成長しながら友情や絆を深めていく。
そして炭治郎は《鬼殺隊》最高位の
剣士である《柱》と共に戦い、
「無限列車」では炎柱・煉󠄁獄杏寿郎、
「遊郭」では音柱・宇髄天元、
「刀鍛冶の里」では、霞柱・時透無一郎、
恋柱・甘露寺蜜璃と共に
激闘を繰り広げていった。
その後、来たる鬼との決戦に備えて、
隊士たちと共に《柱》による
合同強化訓練《柱稽古》に挑んでいる最中、
《鬼殺隊》の本部である
産屋敷邸に現れた鬼舞辻󠄀無惨。
お館様の危機に駆けつけた《柱》たちと
炭治郎であったが、 無惨の手によって
謎の空間へと落とされてしまう。
炭治郎たちが落下した先、
それは鬼の根城≪無限城≫―
”鬼殺隊”と”鬼”の最終決戦の
火蓋が切って落とされる。
S+
赤窩が悲しくて切なくて…
もぉ涙止まらず
義勇さんもカッコ良かったし
大満足でした
無限城は、あまりにも広大で複雑。
それは琵琶鬼・鳴女の血鬼術によるものだ。
その中で翻弄される鬼殺隊。
描かれた主な戦いは以下の三つ。
胡蝶しのぶ vs 童磨(途中からカナヲが合流)
善逸 vs 兄弟子・獪岳
炭治郎と冨岡義勇 vs 猗窩座
いくばくかの勝利と、そして犠牲も描かれた。
鬼が滅びる条件として語られてきたものは――
1.日の光
2.日輪刀による頸の斬首
3.無惨の力
このうち「2」の定義を覆し、なお動き続けた猗窩座。
その執念は凄まじいものだった。
鬼になった際に、人間だった頃の記憶を消される理由も、
猗窩座の最期を見ればよく分かる。
誰も守れなかったこと。
大切な約束を守れなかったこと。
弱い自分自身を、ずっと忌み嫌っていた――だからこそ消された記憶。
しかし、その記憶は呼び起こされる。
炭治郎の言動をきっかけに、父、師範、恋雪の存在を思い出し、
「弱き者」とは他でもない自分自身だったと気づく。
そして最期に猗窩座は、
「力」ではなく「愛」を選び、人間としての死を迎えた。
二度目の映画館での鑑賞だったが、
今回はとてもゆっくり、じっくりと楽しむことができた。
今回は友人も誘ってみた。
その友人は原作も本編も未視聴で、
無限列車編を一度観た程度の前知識しかなかったが、
猗窩座再来編は登場人物の背景を丁寧に描きながら進むため、
置いていかれる感覚はなかったとのこと。
「続きが楽しみ」と言っていたので、
また一緒に観に行こうと思う。
客層がある程度落ち着いてから観たいな、
と思って10月末に行ったらまだまだキッズいっぱいだった… すごいね
原作未読ながら、バズってるif絵やらなんやらで勝敗や生死はなんとなく知りつつも (個人的に 生存if ってタグは最悪だと思っている) 、童磨戦は衝撃的だった…
勝敗や生死がほぼ決まってるところからの回想はズルいというかひどいなぁ (褒め)
鬼滅の刃-完- という状態になりそうなところから助けてくれる義勇さんがかっこいいし、シリアスな善逸も良いし、猗窩座にはそんな過去が…
何より背景の無限城の変態的なCGがすごく、待った甲斐がある・観て良かったと思えました
戦闘→回想のジェットコースターだった
鬼滅の刃の無限城編という、事実上の最終決戦になるシリーズ3部作の1作目
自分は原作読んでいたとき上弦1〜3戦が一番好きだったので、ufotable制作の圧巻ともいえる映像美と戦闘描写を観れたことはとても貴重な視聴体験だったかな
3時間という長丁場の中でもストーリー的に大きな見せ場は何個かあって、特に胡蝶さんvs童磨→善逸vs獪岳→炭治郎・冨岡さんvs猗窩座というのが大きなタームだったかな
初手から童磨戦で驚いたけど、童磨というキャラはナチュラルサイコパスみたいな人格でやってることもえげつないし、全く褒められるところは無いのに、漂う強キャラ感と宮野真守ボイスで不思議と画面に惹きつけられてしまう奇妙な感覚があった…笑
とりわけ胡蝶さんが姉の仇をとるためにどれだけの苦労をしてきたのか分かるエピソードはよかったね
また上弦上位の鬼の強さというのも(無限列車で既にわかっていたとはいえ)実感できて、そこもバトルものとしてはアツかったと思う(ホント童磨の血鬼術強すぎるんだよ…)
善逸と獪岳の話もよかった
獪岳はどんなことでも利用する外道のように見える(し、それは間違いでは無い)ものの、あの生育環境と状況を考えると生き残るために最善を尽くすとああいう悲劇も起こってしまうのかな、という例に思えた
善逸はヘタレキャラ的に描かれているけど、毎回肝心な時には全力を尽くす人間だし、じいちゃんへの思いの強さと兄弟子である獪岳への思いも感じ取れた良いエピソードだった
善逸と獪岳のボタンの掛け違えは切ないけど、それでもどういう行動が自分にとって最善に繋がるのかということを考えさせてくれたね…
それで、やっぱりこの映画で一番好きだったのは猗窩座の過去エピソードだった
自分はこのエピソードで鬼滅の鬼のキャラの中だと猗窩座が一番好きになった
ずっと弱者を守るために戦っていたのに、記憶を奪われて鬼にされて…
守るべきものを何一つ守れなかったというのはそうかもしれないけど、それで終わらせてしまうのはあまりに悲しい半生だった…これも少し違えば猗窩座も鬼になんてなってなくて、幸せな生活を営めていたかもしれないと思うと救われてほしかったね…
それでも、炭治郎に最後感謝の念を見せることが出来たのは本人にとっても救いだったかもしれないと考えるのは傲慢なのかな…でもそういうところも含めてやっぱり猗窩座一番好きですね
鬼滅という作品自体は、5年前原作読んだときは何とも思わなかったけど、最近は分かりやすい勧善懲悪やコテコテの人間讃歌に乗れなくなってきてて、「少年漫画の価値観とも合わなくなってきたのかな」と思っていたけど、この映画を観て「やっぱり王道というものはいいな」とも実感させてくれたのでそういう意味でも感謝しています
猗窩座篇に見せかけて、しのぶ&善逸篇が前半は繰り広げられて少しびっくりしたが、抜群の映像美と衝撃の展開に圧倒された
後半の猗窩座との戦闘は、透き通る世界の描写が丁寧で炭治郎の強化理由が明確だった点が良かった
猗窩座の過去は、悲しいものだとは思ったけど不思議と泣けなかった
それよりも、罪なき人に毒を盛る手段への憤りの方が強かったからかもしれないが...
無限列車は地上波でしか見なかったが、無限城は続編も劇場でちゃんと見ようと思った
劇場版三部作で送る鬼滅の刃の最終作の第1章、細かい事は抜きに圧巻だった。決着まで描かれた獪岳×善逸、炭治郎&義勇×猗窩座のマッチアップはどちらも見応え抜群でありufotableの描く圧倒的なアクションシーンはまさに至高の領域としかいう他ない、弱い奴が嫌いと言っていた猗窩座が自分自身が守りたかったものを守れなかったという所から来ていた所も皮肉めいたものだった。猗窩座…狛治と恋雪が来世で共に過ごせたらと願いたい
途中まで描かれた童磨×しのぶのマッチアップもしのぶの最期が描かれて、初見の人からしたらきっと衝撃的だったと思う。童磨のウザい感じもマモの演技で100%増しになっていて、倒すべき憎き悪役という表現がなされていた。次の章で決着まで描かれると思うので是非とも注目したい
日曜日に視聴。諸事情で本当に久しぶりにTOHOシネマズで視聴(多分10年ぶり...?)。
猗窩座の過去に泣いた。そして猗窩座が敗北を受け入れて最後に人間として消えようとする辺りで涙腺が崩壊した。
更生して真っ当に生きようとした矢先にあんな悲劇が起きて、無惨の手によって鬼に変えられて我さえも見失って...
そしてまさかのしのぶさんもここで退場... 柱としては一番好きだからショックなんだけど、なーんか腑に落ちないんだよな...
「劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来」視聴終了
評価A+(名作)
猗窩座単体なら評価S、その他の話も含めたら評価A+。流石に3つの話を165分の映画でやるのはくどい。各キャラ全部で回想が入るからお腹いっぱいになった。焼肉食ったあとに寿司食って、最後フルコースを堪能した気分。猗窩座だけを90分くらいで映画にしてほしかった。
ただ、猗窩座の話ならほんとに面白かった。職場で鬼滅知ってる人に好きなキャラを聞くと、6割ぐらいが猗窩座になるけど、その理由がよくわかった。鬼滅の良いところは、敵がきちんと強くて、バックボーンの話も良くて、復活が適度にくどくないところだと思っているけど、猗窩座はまさにその良いところを詰め込んだキャラだった。濃密な過去を丁寧に描き、強さを求める理由を描き、去り際も美しい。これを最高級のアニメーションで見せられると流石に感動する。いつものように、周りから見捨てられ鬼になったという過去に、やり直して真っ当な人生を送る手前だったというもう一捻りが加えられており、長い回想でも見応え抜群だった。
炭治郎のゾーンに入った演出も抜群だった。派手な戦闘シーンが続く中での静寂の覚醒は印象に残りますね。炭治郎の覚醒が好きなんで満足しました。煉獄さんの想いを受け継ぎ猗窩座を討伐。王道少年誌展開は良い。無限列車の時みたいに泣きはしなかったが(というかあれは「炎」という曲が強すぎた)、すごく見応えありました。カラスが「上弦の参討伐!」って各柱のところを周る達成感も半端なかった。
アニメーションはもう言わずもがな。無限城でワクワクしない人類はいないでしょう。弦の音とともに縦横無尽に無限に広がるお屋敷は、ユーフォにしか描けないだろう。
童磨vs忍の戦いも良かったし、善逸のも悪くなかったが、その3つをまとめて165分という長時間やるのはくどかったな。毎回回想が入るのも…。ここからもまだまだ長いし、仕方ないところはあるか。
サイコパス殺人鬼ものが好きなので上弦の弐はとっても良かった。のだが、残酷シーンはもちろん、鬼の言動は子供に見せていいのか、と。
善逸が大番狂わせ。次章では伊之助の大番狂わせがあるのかな。
猗窩座の過去部分が長過ぎるっていう批判を読んだ気がするが、感情移入するのにはあの長さは必要だな。ベタであっても、やはりぐっとくる。いや、ベタでいい。
鬼の所行を為す醜い人間と鬼との違いは何か。
心根は優しい男だったのが、無惨はそれを分かっていて強さだけを取り込もうと脳を破壊して記憶を失わせて鬼にしたのだな。
いやぁ、もちろん映像は圧巻なのだが、話もおもしろくて、とても良かった。