良かっただけに、
もっときれいな作画で見たかったな、
とも思う。
全てはこのエピソードのためにあり。
フラストレーションが交差する良い回だ
群像劇が最後一点に繋がるのが気持ちいい。
光一は佐久間とあかりの魂のコンツェルトに水を差してしまった。俺の仕事で勝手なことしてんじゃねぇよと。
俺の人生は始まらなかったなと嘆く光一だったけど、それは無邪気な高校生活そのものにあったんだと悟る。
何者かになりたいと貪欲だった彼の生き様は、すでに何かになっていたエレンにとっては眩しい光であった。
だからエレンは再び光一を焚き付ける。ガムシャラに藻掻くお前は光だと。天才になりたい光一と普通になりたいエレンの物語の最終局面はアツかったね。
何かを取り戻した光一は再撮のため各方面に頭を下げる。なんやかんやみんなが協力してくれたのって光一の熱意が伝わったからで、最後のカットでみんなが光一の光に照らされてるシーンはとても良かった。照らされる側の人生になれたんだよ光一。
100点の撮影を求める佐久間、それに対して自分は完璧じゃないからと言って対抗する光一。これも帰国していたエレンの行動というものが刺激になっていたのだと
天才と普通が共存して成り立つ、ビジネスとはそういうもの
佐久間の独壇場。イライラが募り、爆発する光一。もうこんなのは生き方の、人生の差だ。
佐久間とあかりが成し遂げようとしていた”絶頂”の瞬間に殴り込んだのは光一。何一つ偽りのないそんな生き方はできなかった。その事実が突きつけられるようで…。
天才になれなかった光一、普通になれなかったエレン。エレンの行動に刺激を受けて再撮までこぎつける時、スタジオ延長の決め手になったのが光一がスタジオマンの顔まで覚えてたのだったのが良過ぎたな。
0か100かで考えるの一点張りの佐久間に対しての光一のアンサーは「俺たちは完璧じゃないから」。そうして光一の目に光が戻るの本当に良くて…。めちゃくちゃ刺さるわ。
佐久間さんに押される一同。哀れ園宮さん……。
絶頂の瞬間ってのはこういうことか。理解ができない。
天才になれなかった光一と、普通になれなかったエレン。
天才だけでも普通だけでもビジネスは成り立たないんだな、と分かる話だった
エレンにとって光一は、人生が始まった日の象徴なんだろう。めちゃくちゃな奴ばっかり揃ってるな。集中力が命の使い方、なるほどね。何でもない自分を誇れよ、か、本気出して許してもらえ、がきっと言いたかったことだ。
凡人でもとにかく本気でやって、やり尽くしたら諦めるしかない
やらない後悔よりやる後悔のさらに先を行けば、かつての自分も許してくれるということか
エレンは光一に描けよと言われてから人生が始まったと言えるみたいだ。佐久間威風は本当に天才的な動きを見せる。なんていうか自分勝手な行動を見せまくる。
クライアントの言うことも無視して撮影が始まった、光一は撮影が始まったと聞き激昂したように見えた。これは俺の仕事だと。光一は大人になれないと流川さんは言っていたが確かに大人と言うのは何なのか。自分の仕事で一喜一憂しないのが本当に大人なのか。
あかり、案に理解されることはなく消え去るが絵や写真で伝われば10年後、100年後につながると言った。天才佐久間威風はゾーンに入り完全に自己陶酔、アカリを撮影しまくる。絶頂中の絶頂へ行く前に光一が佐久間のカメラに手を出した。最高の一枚を逃した佐久間、そしてあかり。あかりはその場に倒れた。光一は天才なら何してもいいのかよ、みんなお前に合わせているだけだと言った。俺と何が違うんだとも言った、佐久間は激昂し光一に対し殴る蹴る。佐久間は、金も、実力も、名声も、女も、全て自分で手に入れた、何者にもなれなかったてめえが悪いんだろと叫んだ。
光一は佐久間みたいになりたかったのか。なぜ佐久間が泣いているかわからないんだと言った。いつか自分の人生が始まると思っていた、だけど違った。三人でいた時が、あの瞬間がきっとそうだったのだろう。外をふらふら歩く光一にみっちゃんから電話が、光一がした仕事であるサニートライの広告に何者かが落書きをしているとの情報が飛んできた。光一は泣きながら笑った、俺より100倍うまくて左利きのあの人だろうと。エレンは光一が天才になれなかったように普通になれなかった。光一に対してすべて出し尽くしてからあきらめろと言った。光一が教えてくれた。信じることは光だと、あの下手くそな絵が私を照らした。だから描けよ、今は光が見えなくても、暗闇の中迷っても、光を放て、その先がまだあるんだろとエレンは言った。光一はその言葉を聞き戻らなきゃいけないんですと流川に電話した。
再撮影の許可をとり佐久間にも動じず彼は自分の意見を通した。佐久間の0か100の考え方に対して俺たちはは完璧じゃないからと光一は言った。何かを得た時に始まる人生もある、何かを捨てた時に始まる人生もある。本気出してそれからあきらめる、そうすればきっとあの日のあなたは許してくれる。最後はみんなが光一の仕事を認めてくれたような雰囲気で良かったな。
人生賭けて挑み続けること自体にも意味はある
クリエイティブを神聖視しすぎ。テレビと広告代理店の時代は終わったのに、「ギョーカイ」を舞台にした時点で既に過去の作品だったと思います。
やっぱり、さっぱり分からん
過労パワハラ等の問題、商業芸術の厳しさ、努力と才能の絶望的な成長限界や賞味期限などクリエイターを取り巻くあらゆる現実を網羅的に描いた上で、それでも「描けよ!」というひたすら挑戦を激励するというサディスティックなメッセージに行きついたラストはキツさしかないけれど、それがある種の現実であることをとても深く心に訴えかけられたなーと。頑張ろう。
写真界のジャンプフェスタ笑