サービス開始日: 2024-10-05 (665日目)
特に盛り上がりもしないが、つまらなくもならない。決まった構造で淡々と敵対者が出てくるが、処理して淡々と終わる…というわけでもなく、微妙に人間関係が変化したり仲間になったり小さな事実が明かされたりして、停滞はしていない。かといって特に盛り上がるわけでもなく、延々と引き伸ばされているような感覚だけがずっと続く。キャラクター造形も全体的に古く、連載の長期化として手慣れてはいるが手垢も感じさせる構成も含め、さすがに作者の年齢を感じさせる。1期で終わるなら…と思って見続けてきたが、連続2クールとなると、さすがにこのまま見続けるのも苦しい。急に面白くなったと聞いたら復帰するかもしれないが、ここで視聴停止する。
序盤は初対面同士がやたら性的な暗喩を交えて超速で距離をつめていって、これはただ百合をしたいために作られた百合AV的作品なのかと思ったが、中盤くらいからは様々な場所に出かけ、色々なものを見ながらゆっくりと距離感や関係性を変化させる展開になっていった。後述する多様な作画・美術・演出・劇伴、散りばめられた関東近郊の馴染みのあるロケーションと趣味的要素も合わさり、結果としては相当に楽しむことが出来た。
このシリーズは総作画監督を置かず、毎話違う人が作監・演出を務めてあえて統一感を出さないことでアニメーションとしての面白さを出そうとしているのだが、これは作品の楽しみ方に違う軸を加えていた。そうした試みが視聴者に浸透していない3話でいきなりまったく異なる…見る人によっては崩れているとも取れる作画をしたことについては、悪手だったと思うし、当然その他にも回によって良し悪しもある。とはいえ、基本的には面白い試みであった。
この作品の中心テーマはタイトルどおり酒と百合なのだろうが、他にも映画、アート、バンド・レコード・音楽、文学・詩と、それぞれ関連するロケーションを訪れながらほんの触りだけ触れていく展開が多い。回ごとの作画演出の違いに加え、こうした趣味的要素とロケーションの組み合わせが作品の楽しみ方にまた違った軸を与えており、そうした楽しみ方も出来る作品ではあった。
反面、作画、酒、映画、アート、バンド、音楽、文学、観光地・ロケーションと興味を持つ要素が薄く広く散っており、アニメーションとしてのこの作品は面白かったものの、序盤の湿度の高い展開は原作からかなり改編を加えていたことも手伝い、上伊那ぼたんという作品そのものを楽しんだかというと、若干の疑問は残る。原作自体がこうした制作の遊びを受け入れやすい物語・構造をしているので取り組みの相性自体は良いと感じるのだが、何かいじくりまわされた別物を見せられたような感覚は残る。私は本当に上伊那ぼたんという作品を見て評価したのだろうか。まぁ、作者も承知の上で実際に制作に参加しているので深く疑問を抱くところではないのだろうが。
アニメーションは最高で、背景美術とエフェクトも素晴らしく、ファンタジーの実在感を強く感じさせる映像に仕上がっている。キャラクターも年相応…それは、弟子たちだけではないのだが…の未熟さに振り回される描写が多く、物語上の都合で用意された舞台装置にとどまっていない。ただ、全体的に魔法世界の設定にリアリティが不足しており、つばありとつばなしで魔法の在り方を巡って争うという物語を駆動する大きな背景の説得力が薄れているのはもったいないところ。2期があるとのことだが、1期の終わり方がかなり中途半端で、これで2期制作決定といわれてもそれはどうなのかなと感じざるを得ない。このエピソードは1期で完結して欲しかった。設定面も含め、この終わり方がストーリーの評価を落とした要因になっている。とはいえ、それを差し引いてもファンタジー世界で生きる人々の描写としては高く評価できる。
原作既読。1期は作画以外あまり褒められるところがなく、単なるなろう亜種のような受け止められ方であり、それも仕方ないと思わせるものだった。原作ではこのシーズン相当から面白くなった感覚はあったものの、世間的にはまったく盛り上がっていない(ダンまち勢からもスルー)ので、いまひとつ期待しきれない中で視聴をはじめた。
しかし、蓋を開けてみればテルミナリア後半でこの世界の設定が開示され、導き手としてのフィンからこの世界での重要な役割を担うことを示唆されることで、無能者が単に周囲を見返す話ではなく、ここまでは世界の物語が始まる前のプロローグに過ぎなかったことが劇的に示された。以後は、マギア・ヴェンデ、ケリドヴェン、フィンといったこの世界の中枢を担う者たちが個々の思惑で動き始める一方で、ユリウスやエルファリアといった同期たちもようやく独立したキャラクターとして動き始め、与えられた世界設定と相互作用しながら物語が動的・多層的になり一気に物語の魅力が増している。まさにタイトルどおり、視聴者が受け取るに足る物語が始まった。原作からの補完もあちこちにあり、完成度も原作を上回っている。
キャラはテンプレ気味だし、ご都合主義的なところは勿論あるのだが、そうした部分に目をつぶっても良いと思わせるほどの王道的な展開の力、設定とキャラクターの魅力がある。今シーズンのラストの引きもよく、3期が楽しみになる出来だった。
世界の設定は非常に良い。また、描こうとしているものも良かった。キャラクターも揃っている。劇伴も良い。OPEDはとても良い。概して、素材は良いものが揃っている。だが、アニメとしての調理方法が何から何まで間違えているように思える。まず構成がおかしい。全体の3分の2くらいはずっと雛菊を中心とした過去の悔恨の描写がしつこく繰り返され、すれ違いが続く。10年前の事件を彷彿とさせる秋の事件をきっかけに、バラバラだった春夏秋冬代行者が結集して過去を精算し、未来を取り戻す…という、そこまでの抑うつ的な描写を糧にカタルシスを爆発させようという場面で、すべてを台無しにするような原作改編・演出をしてこれをなかったことにする。また、事件解決のために前を向いた後も、やはり何度も繰り返し悔恨の回想を入れ込んでくる。もうそれはいいんだって。見ている人がどういう風に物語を受け入れたいのかを考えて構成しているのか疑問に感じる場面が多すぎる。
また、戦闘描写がすべておかしく、いちいち没入を阻害してくる。10年前の回想もそうだし、春冬・夏秋陣営のそれぞれの会敵でもそう。会話のために敵がいちいち手を止めてくれるし、こちらが反撃したい時には丁寧に倒されてくれる。そもそも銃撃戦の途中に情緒たっぷりに会話を始めるな。本当にご都合主義的な動きをするシーンが多い。終盤は戦闘シーンが多いのに万事この調子なので、前半とはまた違ったイライラを与えてくる。
回想の多さや戦闘中の会話は原作からしてそうなのだが、原作は文字媒体だからこそ回想を短時間で雰囲気だけで受け流すこともできるし、戦闘時の時間感覚も気になりにくい。アニメはそれをすべてバカ正直に等倍時間で描いた結果、ナンセンス極まりないものになっている。回想などは、説明的な地の文を新たにシーンとして起こしたりもしているので、陰鬱回想の時間的比率が非常に高くなり、視聴体験を完全に破壊している。媒体の違いを全然考慮できていないように見える。
このアニメはいったいなんなのか。原作を丁寧になぞるでもない。アニメに適した形に構成するでもない。その悪いところだけを抱き合わせたような作品。良いのはOPとEDくらい。制作スタッフは猛省して欲しい。
雛菊の逃げない覚悟と狼星の回答は良い。
ただ、そこまで持っていく展開がやはり…結局他の護衛とは何を協力したの?2人だけで屋上にいって残りは全員退避を進めるのが作戦?っていうか、どこにいるか、どこに来て欲しいかの連絡は冬陣営にしたの?なんで屋上に来ると思ったの?っていうか華歳もビル中にどうやって爆弾設置したの?やりたいシーンのために適当に周囲を動かしすぎでは?
相変わらずここぞという場面の戦闘シーンも謎すぎる…その早さで人拘束できるなら最初からやっときなさいよ…。さくらが刀一本で銃とやりあえるのも謎だし、銃をもった集団の中に刀・短剣使いが飛び込んでくるのも謎…
新一年生と理事長代理が綾小路を狙う話を長尺で描いているが、思わせぶりに出てきて長々と何か狙っているムーブをするわりに、さして見せ場もないままあっさり退場していく。基本的に相手の動き方を調べて殴ってリタイアさせるみたいな単調な話を長々と描いているようにしか見えず、そもそも殴ってリタイアが許されてるルールなのかも不透明で、彼らが何をしているのか全体的に常に意味がわからない。
宝泉はともかく、七瀬と天沢は(南雲も)本当に長々尺を使ったのにわけがわからない動きをして退場していくし、理事長代理はゴミみたいなムーブした挙句最後に直接殴りかかってくるし、何がしたいんですかこの人たちは…?綾小路も何かすごい策でポイントも上位に行くのかと思いきや特にそういうこともなく、15話ぐらい使って島をうろうろしながら七瀬と理事長代理を暴力で撃退して教師を呼んだだけで、作品として何が魅せたかったのかまったく理解できないまま終わっていった。
相変わらず舞台設定もふわふわしていて、この作品世界を成立させる基盤みたいなものもわからず、目的もキャラクターの狙いもキャラクターが凄いかどうかも何もわからない。いつかわかるかと思って見続けてきたが、特にそういうこともない。綾小路は喧嘩が強いことしかわからないし、競い合っているライバル?たちが凄いところも特に描かれず、大人も含めてなんとなく知略ごっこ・バトルごっこして遊んでるようにしか見えていない。最後、天沢の退学をホワイトルームが決められるなら、綾小路の退学もホワイトルームが決められるんじゃないの?何もわからない。
今回作画はかなり良くなったのだが、逆にそれが仇になっているというか、前期までは作画もぐだぐだの低予算アニメだったからこそ期待値も低く、話がぐだぐだでも低予算で原作をうまくアニメ化できなかったんだろう、と捉えていたのだが、今回は初回4話一挙放送で尺を延ばし、作画もかなり力が入っているにもかかわらず、面白さ(面白くなさ)が前期と特に変わっていない。原作の問題なのか、制作の問題なのかわからないが、見続けても私が期待するものは出てこなそうということは今回でなんとなく理解した。
今回は、クールの終盤にふさわしくなるような解釈を加えているが、これはこれで良い出来になっている。原作でローゼマインはこんなに落ち込んでおらず、もっと軽く流しているのだけど、この描き方なら少しは可愛げが出て良かったのではないだろうか。次期アウブ争いに絡む場面も挟んできて、先々につながるように構成しているのも、まぁ良いのじゃないかな…?逆に、司書になれないで倒れるのはギャグであって、こんな大げさに悲しい音楽流すエピソードじゃないでしょ笑
原作勢からすると若干気になるのは、ヴィルフリートとローゼマインが同じ曲を弾いているということ。この曲は、ライデンシャフトに捧げる夏の歌(仮)と思われ、ローゼマインが前世からパクってきたメロディが元になっており、編曲的にも演奏難易度がかなり高いという設定。原作では、ローゼマインがこれを弾けることが驚かれる、という描写があったはず。ヴィルフリートがこれを弾くのは、難易度的にも、この時点でヴィルフリートがこの曲を知っているという点でもおかしく感じる。また、お披露目の奉納歌は誕生季を司る神に捧げるはずで、春生まれのヴィルフリートがライデンシャフトに捧げるのはおかしい。…と設定的には色々変なのだが、まぁライデンシャフト以下略をうまく編曲ができなかった&曲を使いまわしたかった、ということなのだろう。アニメだけ見てる分には特に問題ないので目をつぶれるところなのだが、こういうところにもうちょっとこだわってくれると原作ファン的には嬉しいのだが。
設定、展開、演出、キャラクター、すべてがご都合主義に溢れた作品。いい感じの場面を作るためだけに、自らが作った設定を直ちに破棄し、情報の出し方を恣意的に曲げ、視聴者に公正でない嘘をつき、不自然な現象を肯定する。細かいところは気にせず雰囲気に乗れるなら楽しめるのだろうが、見せ場の土台になる設定、展開、演出に納得感がないと評価できない性質なので評価は高くならない。キャラクターも、鍵になる鉄男、ユキオ、相模がどれも好きになれない。鉄男はあまりに幼すぎ・成長が少なすぎるし、ユキオは過保護すぎる。相模は本人の問題というより、決着前はただただ狂人として描き、決着後に良い人間・騙された人間として描くという作劇上の描き方と露悪的な演出の問題と思う。全球凍結した意味も(物語上の意味だけでなく、作劇上の必然性も)まったくわからない。
特におもしろいポイントもないけどストレスも大してないのでながらで流して完走。基本的に不自然に女子に好かれるといういつものやつ。最後、いい感じに終わらせようとするためだけの非常に安直な展開のせいでストーリー評価は下がっている。
ポケモンのように神を仲間にして自宅に招いて住まわせ、神から能力を授かって悪霊を払う手助けをしながら暮らす日常系作品とでも言えば良いのだろうか…といっても、登場人物たちに何か目的があるわけでもなく、居心地の良い田舎の一軒家、地方都市、そこに住む人々や神々と交流しながら穏やかに暮らすといったもの。
話に特筆すべきものはないのだが、相棒とも言うべき白狼である山神が良いキャラをしており、主人公の湊も嫌味のない性格で、彼らがのんびり暮らしている様を見るのが楽しい作品。また、劇伴はこの和の世界観に合ったもので、OP EDも含めて品質が高い。
全体的に雰囲気の良い日常アニメとしてストレスなく見られるものであった。
前シーズンはどうしようもないと言って良いものだったが、一応原作が海外で評価高いと聞いていたので続きを見てみた。あちこち粗だらけではあるし、設定や展開もありきたりではあるのだが、全体的には改善されて見れる範囲には入ってきた印象。特に同世代のそこそこ存在感のあるキャラクターが増え、大人に囲まれた子供がただ褒められる展開から、ある程度自立した人間関係を構築したことが寄与してはいる。それでなんとかギリギリ普通に届いたかどうかという状態。