サービス開始日: 2016-03-14 (3662日目)
今日で最終回だと暫く気付いてなかったな…
この最終回は全日本への溜め回でありつつ、改めて全日本へ行く少女とコーチの様々な組み合わせが紹介された形か
同時に司の旧友が登場した事でかつての司がどのようにしてメダリストを目指していたのか、それが叶わなかった今の彼は何を覚悟しているのか?も描かれたね
昔と今が描かれた事で、選手とコーチ、かつて選手で今はコーチ、これからメダリストになる者達。そういった構図が見えてきたね
トリプルルッツを降りれられる美玖は全日本での期待株。けれど、滑るリンクが閉鎖される影響でフィギュアは辞める予定か
これまでの選手達、特に初期のいのりは勝てば選手を続けられる期待が有った事を思えば意想外な姿。でも、そうした環境が美玖を強くしているのも事実
これは部分的に司にも通じた話か。司は経済的な理由で選手を続ける事が難しかった。けど、その飢餓感が彼を強くした。メダルに届かなかった彼の挑戦は全てが終わったわけではなく、今はいのりの挑戦を救ける立場に居る事で洸平が言及したようにまだ戦っていると見えてくるね
全国の強者達の姿が描かれる事で話の重心は全日本へ。辿り着ける者、辿り着けない者、それらの差は自然と選手達に降り掛かる重圧も増すものに
それだけに重圧から守ろうとした司に対していのりが圧を判った上で選択を行ったと知れたのは良かったな。司が一人で戦う訳でもなく、いのりが一人で戦う訳でもなく。二人ならメダルへ届くのではないかと期待させられる
けれど、光と夜鷹も一人ではなく二人で待ち受けているようで恐ろしいね
いのりと光、ようやく二人が揃う大会はどのような演舞が披露される事になるのか予想もつきませんよ!
零が人間嫌いになる事件の原因には彼の未熟さが絡んでいたのでは?と勝手に予想していただけに、対応としては過度に間違っていると言えるものではなかったのは衝撃…
確かに対応に青さが見えるし、対処していない要素も多分に見える。けど、そもそも一教師の立場ではどうしようもなかった問題と見える
なら同僚教師が言っていたように”大人”になれば良かったのか?なら、受け容れなかった零は未だ”子供”なのか?色々考えさせられる回でしたよ
赤沢に良いように使われる未来は零の心配を誤魔化してSOSを投げない。しかし、見方を変えれば有力者の子女に取り入りポジションを確保していたと言える。それは”大人”の振る舞いかもしれない
問題は赤沢の”子供”じみた好き嫌いに抗う術が無かった事で
ここですぐに助けに入らなかった零は”大人”の振る舞いか”子供”の振る舞いか。確かな事は限界を迎えた未来は”子供”として”大人”に助けを求めたという点
それに零は応えようとした
けれど、あの学校は”子供”の声を無碍にする作りだったね…
未来のSOSは捻り潰され、零の追求は”子供”とされた。おまけにあの慟哭か…
未来の言葉は少し”子供”じみていた。なら零は”大人”として受け止めるか受け流せば良かったのだろうけど、零はそれまでの遣り取りで”子供”のように扱われていた。その余波が出てしまった形かな……
この件を思えば、零が今の学校で人外少女達と向き合う行為は少しずつ彼を大人へと変えていくものとなっているのかもしれない
ただ、そうなってくると後輩として現れた未来の存在をどう受け止めて良いか迷うね……
彼女は過去の因縁を全く表に出さず零が言及した際にもさらっと受け流す。それはまるで過去の零が出来なかった”大人”の振る舞いかのよう。対し、未来の出現を受けて言葉にできないモヤモヤを抱える零の心情こそ”子供”かのよう
けど、”大人”として過去を流している筈の未来は零が居ると知ってあの学校へ就職した訳で
本当の意味で”大人”らしい振る舞いとは何を差すのか?また零は未来に対してどう向き合うべきか?難しい課題となりそうですよ
フリーレンが依頼の対価として受け取っている魔導書、これを以てフリーレンは魔法狂いなのだと認識されてきたけど、そこに異なる意味が付与された回となったね
いや、フリーレンの場合は依頼の対価として魔導書を求めたというより対価が魔導書だから受けてるような気配もあるけどさ(笑)
他方で魔法種類の豊かさも示されているね。対価として貰う魔法は下らないものばかりながら、竜探しに一役買う魔法とてある。魔法の豊かさはそのまま彼女らが進む旅路の色鮮やかさも示しているかのよう
フリーレンが対価を要求するのがヒンメルの思想に則っているというのは良いね
ヒンメルは勇者であり、人助けも道草も格好付けも好んだ。けれど、救世主として振る舞うタイプではなかったようで。誰かを助けはすれど対価は求める、だから相手もヒンメルの助けを重荷に思わない、有難い出来事として語り継げる。それが尚更にフリーレンが生きる未来へとヒンメルの存在を残してくれるのだから
そう思えば、フリーレンがヒンメルから教わった遣り方で人助けをするのは自身やヒンメルの痕跡を未来に残そうとする振る舞いなのかもね
Bパートで船長が船代の対価として求めたのも大仰な代物でないのは面白いね。ヒンメルの自伝なんて金になるか微妙なラインだし、そもそも彼は憧れの人の品として求めた。いわば金銭的価値より心情的な価値を対価とした
この価値はフリーレンにも刺さるものと成るね。ページを捲りながら”あの頃”を回想し、白紙のページを手繰る様子には確かに寂しさが見えた。ここで船長が自伝の入手を対価とするのではなく、フリーレンへの返却を対価としたのは良かったなぁ
対価があれば依頼は対等なものになる。また、その対価は支払った記録が残る事で人々の記憶に残り続ける、そのような関係を感じられたよ
通常、人は表情から相手の感情を読み取るもの。それだけに姿が見えない透明人間が集う里は相手を計り知る事そのものが難しく不気味さすら感じてしまうもの。けれど”見えない”故に計り知れるしずかは透明人間の里でも問題なく過ごせそう
…そんな彼女をして「受け容れられてない?」と不安を抱きかけた透乃眼の両親の態度はちょっと予想の斜め上だったというか、”見えない”相手にお面で配慮するってひょうきんが過ぎて可愛げすらあるよ!
ただ、そんなご家族が描かれると、そこに馴染めない透乃眼の在り方が目立つようにも感じられたのだけどね
見えない状態が楽という里において、顔に絵を描いていた霧黒は異端。でも、そんな里に馴染まない姿の彼が透乃眼の癒しと成っていたというのは良いね
ただ、都会から来て里に馴染めない透乃眼が懐いた霧黒でも、都会に出ても馴染めるわけじゃない。透明人間という珍しい属性を持っていても、都会の人にはそれ以上の個性を見出だせて貰えなかった。そこで無意識に行った原点回帰のペイントが彼という個性を世に魅せる切っ掛けとなるのは面白い
同様に考えた際、透乃眼が自己表現として行っている服装をしずかが認め、褒めてくれている点に改めて二人は良いカップルだと思い直せるね
それだけに二人をカップルとは決して認めないふうたの疑り深さも目立つけど…。いや、まあ指輪を渡すシーンだけ見ればほんの少し勘違いしそうな要素が無いわけじゃないけどさ…
結局、よく判らないコメディオチで終わったのは本当に何だったんだ、この話…ってなる(笑)
魚淵の指導方法は素晴らしいね。司が見様見真似で出来るものではなかったと実感させられる。それだけに魚淵がハーネス釣りを司に任せるシーンのプレッシャーは半端ない
ハーネスはレベル補正器具かも知れないが、使用者のレベルが不問に成るわけじゃない。ハーネスでいのりをレベルアップさせると同時に司自身もレベルアップしなければ成らないわけだ
そうして司に求められたレベルアップがいのりにも作用して、彼女もレベルアップさせる構図は良いね
ただ、そうしたレベルアップ先に現状の強化ではなく、4回転が待っていたなんてね……
3回転の全てが習熟できている訳ではないから意識していなかった盲点、魚淵の指摘は視界を開くものと成るね
けど、選択を一つに絞る行為は再び視界を狭めてしまうもの。いのりの決意は気迫に満ちていながら、追い詰められても居る
そこで似た経験をした司がいのりの心を開かせるように視界を開かせたのは良かったなぁ
遂に辿り着いた新世界。これを武器にどこまで光と戦えるか楽しみですよ!
会える日が限られるいさきの為にお手製の卒業式を企画する面々の優しさは良いなぁ。その行動には一咲といさきをちゃんと別人と捉え、これから本物の2人になれる彼女らを正しく送り出しているように感じられるよ
それは一咲といさきをどちらか片方だけでなく、どちらも大切な存在だと伝えているかのよう。一咲もいさきを送り出して貰えて嬉しそうだったし
そこには別の存在であっても繋がりがあるのだと感じられるね
彗の手紙も似たような話かも
今の彼女は以前のようにルール破りをしようとは思わない。分別が出来ている。だから零も彗子に彗の成長を報告できる
また不思議な巡り合わせにより、彗の頑張りを褒めるかのように彗子の娘さんに零は彗の存在を間接的に伝えられた。娘さんはぬいぐるみが生きているなんて知らないけれど、零が「生き続けている」と伝えた事で娘さんも彗の存在を感じ取ったようなエールをくれた
彗とぬいぐるみが繋がった存在と扱われていると感じられたよ
もう一つの在り方との面ではトバリにも通じる話か
彼女は理事長でありながら生徒もしているが、本当の姿を生徒達は知らない。だから一咲もトバリが人間になった時の約束を伝えてくれる。今は人間に成るつもりが無いだろうトバリに一咲の言葉はどう響いたのかな…
また繋がっているとの面では零に最も響く要素でも有るね。今では人間を許す心は増しているようだけど、零は人間嫌いが高じて人外の学校にやってきた
零が別の場所で教職に就こうと以前の零が居なく成るわけではない。だとしたら、以前の零を知る者が現れる事は今と昔の零をどのように繋げてしまうのだろうね?
このアニメって原作が紙の漫画だから出来ない表現を贅沢にやってくるよね…。シュタルク・ゲナウ対レヴォルテによる縦横無尽の殺陣とか想定以上のものがお出しされて目が奪われてしまったよ…
四刀流のレヴォルテは尋常な人間の枠内で戦う事は不可能、枠を押し広げるような戦法が必要となってくる。だから敵の隙を突く為にシュタルクは態と己を斬らせる限界バトルが展開されるし、ゲナウもギリギリを責めるような戦いが求められる
いや、本当に凄まじい戦闘表現でしたよ……
態と己を斬らせたシュタルクの判断は人間らしからぬもの。対するレヴォルテはゲナウの人間らしさを利用するね。“子供を庇う習性”だなんて吐き気がする
けれど、それが実際に隙となった事でゼーリエから「優しさの欠片もない」と言われたゲナウに優しさや人間らしさが備わっていると証明されたのは面白い構図
そうして人間らしさが表出したゲナウがシュタルクと生の喜びを目指し共闘するのだから尚の事面白い
フェルンは霧によって普段通りの戦い、自然状態が抑えつけられた窮状
これを補佐したメトーデの判断が面白いね。彼女が状況を好転させる為に選んだ戦い方は一族の遣り方に沿ったもの。けれど実態は好戦的な攻撃は囮で繊細な解析を行っていた。それは無理なものではなく、自然な振る舞いだから魔族を騙せる
そうしてフェルンが魔族の枠で測り知れる範囲外から攻撃して敵を一掃する展開は気持ち良さがあるね
最期にレヴォルテが見せたのは枠を外れた振る舞い。剣を壊された剣士が見せるとは予想もしなかった刺突。だからこそ悪足掻きに対する反撃も人を外れたものとなるのか。シュタルク達は丈夫過ぎる…
他方で限界を超えた状態でも彼の命を守る為に力を振り絞ったゲナウの渾身には驚かされた。無感情を振る舞うゲナウの実態はとても人間らしく、命の為に抗い続けるタイプなのだと実感できたよ
別れ際に再会を約束した一行。その希望が叶う時を願ってしまうような良いエピソードだったね
前回時点ではハーネスがどれだけレベルアップに繋がるのか…と見守る気持ちだっただけに、あっさりと壁を突破したいのりに驚愕……。え?高難易度ジャンプの壁ってあんなあっさり乗り越えられちゃって良いの?
魚淵の手助けはあんまりにも簡単そうで、ハーネスを使えば誰でも簡単な結果を得られると思えてしまうもの。だから司も真似しようとしたのだろうけど…
ここに来て夜鷹の言葉が響いてくるなんてね。雪に対しては問題なく成功した。だからこそ、そこに驕りのような油断が潜んでしまったのかな
ただ、司は「自分なら何でも出来る」なんて傲慢な考えでハーネスを使用したわけではないね。魚淵も言及していたようにジャンプは選手人生に直結する。だからハーネスの助けは重要
でも、司はそこばかり重く見てしまったような。自分を軽視した司の怪我はいのりに不要な心理的外傷を齎す事に。いのりがジャンプを跳べていたのはハーネスの助けだけじゃない。そこには司の助けが有った。なのに司が自分を軽視したからいのりのジャンプも傷付いてしまうわけだ
自分に問題が有ると気付いた後の判断は凄いね。無理に自分で頑張る道を選ばずに魚淵を頼ると決めた。また、新潟への車中でも賑やかな時間が生じた。まるで怪我の功名
でも、怪我であるからには傷は癒やした方が良いに決まっている。そこで司やジャンプの傷を気にすいのりに夢を語る司の姿勢は良かったなぁ
そうしてちゃんと癒してやれたからか、予想外の治癒も待っていた。誰も認めてくれないまま傷として残っていた司の才能をいのりが静かに肯定してくれた。いのりはちゃんと司の存在を重視してくれている
まるで奇跡のような瞬間を受けて、司がいのりへ奇跡が降り注ぐ未来への決意を新たにする姿に胸が温かくなったのでした……
早くも2回目の年度末か…。いや、ほんと早いな
つまり零があの学校に来てもうすぐ2年が経つという事であり、当初は人間に失望していた彼が人外達の学校で何だかんだ上手くやれているという事であり
理事長であるトバリの進路すら気に掛けるのは零がちゃんと教師をやれている、人として成長できた証か
特に二人の会話は良かったな。人間らしいとは何か、改めて考えてしまったよ
最終課題はまたもやバラバラな内容…。それぞれに何が求められているのか測るのは難しい。当事者も理解しきれないから向き合い方も難しくなる
カリンは判り易く壁にぶつかっていた印象。トバリは逆に問題無さすぎて何を心配すれば良いのやら…(笑)
意外な状況に追い遣られたのは一咲と彗か。特に彗は普段の言動がキツいのに手紙をで真摯な想いを渡すなんて普段と逆、つまりは苦手を求められているも同然。だから言動のキツさを彗自身が自覚して悩んでしまう
でも、こういった壁にぶつかって悩んだ上で答えを出すのが最終課題の本質なのかも知れない。思えば鏡花もそうだったわけだし
一咲はいさきとの手紙で書き慣れてはいる。けれど、自分が感じた想いを答えとして出す事には躊躇が有る
それだけに言葉だけで伝わらない想いを手紙として渡してくれた彗の”答え”は一咲に道標をくれたようで
そうして苦手を乗り越えた一咲といさきが卒業要件を満たすのはめでたくもあり寂しくもあり……
まず思い浮かんだ感想としては「随分とグリグリ動く作品だなぁ」という感嘆と「特定の年代には超弩級に刺さるだろうなぁ」なんてものだった
というかNetflix配信だとどれだけ常識外れな作品が出来てしまうかという実例を目撃してしまった気分
本作のベースにあるのは日本人ならおおよそ知ってるだろう『竹取物語』。童話向けのお話として触れるのが最初にあり、古典の授業でも扱うだろうし、近年では高畑勲監督作品としてのイメージもある。いわばどの年代相手でも「かぐや姫とか判らない」なんて事はない題材
本作は仮想空間が舞台とか歌要素とかの色付けはあるものの、ベース部分に対して大きな改変を含ませているね。原題においてかぐや姫を拾ったのは竹取の翁と媼の夫妻だった。それ故にかぐや姫は夫妻の娘として育てられ、彼女が去った跡にも福が残された
けれど本作は違うね。最初の日こそ彩葉の身には子育て奮闘記が始まりそうだった。けど、かぐやがあっという間に成長した事で2人は親子ではなく親友の間柄になったし、そこにはアニメ的な文脈での百合を見る事も出来る
平安時代においては娘を偉い身分に嫁がせる事によって家の繁栄を目指す手段は珍しい話ではない為に原題にもその傾向は見えるものの、本作の場合は2人の関係が親友であるが故に福とか残されても困るのだ。彩葉にとってかぐやは財貨に変えられる存在ではない、居なくなった後に大金だけポンと渡されても意味なんてない。本作はそうした改変がベースにある為に魅力的な作品となったのだろうと思えたよ
他方でキャラクター造形…というか配置に関しては非常にシンプルな作りとしてるね。原題の要素には結婚を望まないかぐや姫が求婚して来る貴族に対して無理難題を吹っ掛ける工程も存在する
けれど、本作ではそれらの要素をあっさりとし、更に求婚しに来た男も彩葉の兄として配置する事で恋愛要素を本作の主題とならないよう配慮しているね
また、他の登場人物の配置も比重としては軽い。台本に占める彩葉とかぐやのセリフ量が2人で7割近くあっても驚かないかもしれない。そのくらい、本作では彩葉とかぐやの関係性にだけ注視できる作りとなっている
なら、本作において彩葉とかぐやの関係性として何が主題となっているかは出会いと別れであり、それこそ『竹取物語』の主題にも通じていると言えるのかもしれない
彩葉は彼女の本質に刻まれてしまう程の重い別れを抱えた人物。父の死に別れ、母を理解できなくなり、兄は自分の近くから去ってしまい…
そんな彼女が好いたのはAIのVチューバー・ヤチヨ、お別れなんて発生しそうもない相手。生きている人間ならいずれお別れがあるかもしれない。でもプログラムなら理不尽なお別れは早々ない
そして、学業を疎かにせず学費も自分で稼ぐ彼女に理不尽な変化も訪れる筈はなかった。だからこそ理不尽で無茶苦茶な出会い方をしてきた“かぐや姫”は彩葉の人生を変えうる訳だ
かぐや本当に無茶苦茶だね。様々な意味で彩葉の人生を変えてしまった。一人暮らしが二人暮らしになり、貴重な財産は使い潰され、彼女の正体が世間にバレるかもと心配事を抱える羽目になった。何よりも多くの人との出会いの契機となった
かぐやの無茶により彩葉の生活は変わってしまう。その最たるものはヤチヨカップへの参加か。彩葉としては遠くから眺めているだけでよかったヤチヨに近付く切っ掛けとなり、もう続きを描けないからと封印していた楽曲を紡ぎ直す起点となった
その工程は彩葉の可能性を試すものとなるね。学業とバイトを頑張っていれば付け入る隙のなかった日常が不確定なものになってしまった
普通の人は不安定よりも安定した状態を好むもの。なら、かぐやに引っ張られてどうなるか判らない状況に追い込まれたのはストレス要因。あの忙しい日の中で彩葉が体調を崩すのも当然というもの
けど、不安定要因となったかぐやは同時に安定の鍵ともなるね。彼女が作る美味な料理や騒がしいイベントの数々は彩葉に忘れかけていた日常の彩りを思い出させるもの
そうなれば、彩葉にとって輝かしい新たな日常はかぐやと紡ぎ直すものと成り、かぐやとの別れは人生が詰まらないものになってしまうかもしれない認めがたいものとなってしまったのだろうね
そう思えば、母の影響下から脱し不必要に人を頼らない生活をしていた彩葉がかぐやを守る為に兄や友人達に頼るのはそれだけかぐやが大切な証左であり、誰かに頼れるような彩葉へと成長できた証明だったのかもしれない
でも、少し成長できた程度では運命は変えられない。理不尽なめでたしめでたしは訪れる。そこで彩葉が運命に抗うが如く予定調和的な進路をぶった切って無茶苦茶な未来へと突き進んでいく姿は爽快感が有ったなぁ
そのような行動に出れたのも運命に抗いながらも運命に従うしかなかったかぐやの悲哀を認められないからというのもあるのかもしれないけど。
そして知らされるのはかぐやは運命に従ったように見えて何処までも運命に抗っていた点。かぐやは予定調和的な運命をぶち破る為に無茶をした。その果てに待ち受けていたのはいずれ訪れる運命の時まで待ち続けるという孤独な時間。そんなかぐやを孤独を抜け出し大切な人を見付けられた彩葉が無茶苦茶な遣り方で時には兄も頼りつつ迎えに行って、再び出会うという構図が本当に美しく感じられましたよ……
あの結末ってちょっと無理矢理なものに思えてしまうのは事実なのだけど、かぐやと彩葉が紡いだ物語の終着点且つ新たな物語の始まりとしてはこれ以上ないものなんだよね…
ストーリー面で言及したくなる要素は他に幾つもあるけれど、それ以上に本作はグリグリと動く絵力と退屈させない展開力がこれでもかと暴れまくる作品だったね
冒頭でも述べたけど、Netflixという媒体で制作を行うとこのような作品が出来上がるのかと感嘆してしまう。あの絵力は何度見ても飽きが来ないのだろうと思える
戦闘シーンで縦横無尽に動き回る様子も良かったけど、特にライブシーンにおける迫力は凄まじかったね。各キャラの性格を反映した細かいフリや観客を楽しませようとする喜も楽も詰まった千変万化な表情や仕草には魅了されてしまったな
あと、楽曲面では何と言っても聞き覚えのあるボカロ曲が流れるのは豪華に感じられたね。ライブシーンではボカロを愛するほぼ全員が知っているだろう有名曲を導入に用いて、本作オリジナルの楽曲でかぐややヤチヨの心情表現をするなんて大胆な遣り方ですよ
特にエンディングに使われた『ray』なんてBUMP OF CHICKENと初音ミクがコラボした楽曲という、つまりは現実世界とデジタル世界が融合したかのような楽曲を締めに使うなんて感極まる想いを抱いてしまったよ…
あの瞬間は多幸感に満ちていたなぁ……
彩葉とかぐやの物語はまるで尺足らずかのように突然終わってしまう。けれど、お別れで終わってしまった原題よりも先へと到れたのは確かな訳で。また、最後のMVでは少しだけ再会後の光景が描かれていた。その意味では予定調和すら無くなったハッピーエンドのその先を彩葉とかぐやがどのように楽しく過ごしていくかを自由に想像しつつ、もう少しだけ本作の余韻に浸りたくなるような素晴らしい作品だと感じられましたよ
神技のレヴォルテは魔族でありながら武を極めんとした存在か。そうした求道については説明が難しいもの。そういうものだとしか言えない時がある
同様に今回描かれた様々も説明が難しい要素に満ちていたね
ゲナウが語る前の相棒、良い奴なんて判りやすいようで居てその実は判り難い。ゲナウに構い、人から好かれ、子供を庇い、そして死んだ。前回ゲナウは死んだ村を見て「何で私達ではなくこいつらなんだろうな」なんて理不尽な死を嘆いていた
きっと前の相棒に対しても、「何でこいつが…」なんて通らない理屈に悩んだのではないかと思えてしまう
レヴォルテが利用する”人間の習性”、この行動原理を彼は説明できない。けれど、人間ならばそうするという経験則に基づき、粛々と罠を狭めていく
ゲナウが率先して村に残るのは理解できない魔族からすれば”人間の習性”と蔑まれるもの。でも、そこには理屈は通らなくても”何かしら”はある。だからゲナウと似た経験を持つシュタルクはゲナウに同調して死者を守る為に村に残る訳だ
ゲナウがシュタルクに明かした胸の内はそれこそ彼自身も説明し難いもやもやした感情だったのかも知れない
メトーデの習性は…説明が難しいようなそうではないような…(笑) てか、魔導書を貰えれば何されても良いとするフリーレンも何と言うかアレだね。それで良いのか最年長者(笑)
さておき、会敵する人間と魔族。フリーレンはまさかのフェルンに戦闘を託す姿勢。そこに理屈は有るのか無いのか?また、共闘するのは初めてなシュタルクとゲナウは仲間の戦い方を把握しないままにどこまでやれるのか?
格上に思える魔族を相手にそれぞれは己の理屈をどのように通して、相手の支配的な強さから脱せられるのだろうね?
微ミステリな内容に物珍しさを覚えてしまったけど、探偵事務所が舞台なのだからこちらの方が通常営業か
透乃眼は自分の姿は見えないけど、眼の前の景色は見える。しずかは眼の前の景色は見えないけど、自分と相手の姿は”見える”。そうした齟齬は露天風呂と景色が同時に見えてしまう窓ガラスを前にした時に最も表出したね。”見える”透乃眼はガラス越しにしずかの入浴を見ないようにとカーテンを閉じて去ったけど、”見えない”しずかはカーテンを閉じている事で透乃眼が景色を見ないようにと気を遣っているのではないかと憤った
そこには両者の”見える”と”見えない”のありのままが交錯しているが故の面白さが有ったね
そして旅館で起きた微ミステリもありのままが原因か
中居達にとってはありのまま、当然の現象。けれど知らない者からしたら恐怖の対象
これは透乃眼という存在についても言えてしまうのか。服を纏わぬありのままの姿は誰にも何も”見えない”姿。それは泡を纏っていれば最低限の見た目を保てるが、纏う物が本当に無くなった時に彼を見る事は出来ない。元カノさんが恐れを抱いたのは仕方ないと言える
けど、しずかは”見えない”故に”見える”。彼女にとって姿が”見えない”事はありのままの現象、見えないなら触れて”見える”ようにする。彼女はそうして生きてきた
互いに”見えない”を持つ透乃眼としずかがありのままとして接する事で”見える”ようになる構図はとても美しいものに思えましたよ
色々印象的なポイントはあったけど、慎一郎が36歳な事に超ビックリした……。もっと年取ってるものかと…
さておき、光も居る強化練習に参加できた事はいのりのレベルアップを判り易く示してくれる要素。けど、レベルが上がればそれだけ別世界と感じていた上位も身近に感じて却ってレベル差を感じてしまう事もある
現状のいのりはレベルが上がり続ける皆が跳べるジャンプが跳べない。その差を司の指導の下、どれだけ埋められるのだろうね
レベルが上がった事で近づいた存在は光だけではないね。いるかはかなりのクセ者のようで。おまけに年上だし普通に怖い
年上で怖くて実力者で、そんな相手にいのりは姉と己の尊厳を守る為に立ち向かったね。可能性が問われる世界だからこそ、終わった後の可能性を語る事は御法度。いのりの抗議方法は可愛らしいものだったけど、上位者であるいるかを退ける点においては有効だったと言えるのかな…?
まあ、皆がジャンプを跳べている中でジャンプを苦手じゃないと明言出来たいのりは必要な可能性を己は持っていると示せたのかもしれない…かも
けど、いつまでも可能性にしがみついてなど居られない。上がったレベルを更に上げる行為が必要になる。その為には何よりもいのりが自分のレベルを上げたいと発する事が必要。そうすれば司も彼女の意気込みに応えてやれる
ここで中部ブロックでの布石が上手いこと働くのは気持ちいいね。司といのりの協同が効いている。…その割に想いが擦れ違っているのは笑って良いかもしれないが
レベル補正器具とも言えるハーネスを用いての練習。これでいのりが短期間でどれだけ実際のレベルアップに繋げられるかが課題となるのかな?
人間に成りたい理由を明かさなかった寧々子担当回。人間に成りたい理由はそのままあの学校に居る理由となる本作において特殊な存在だっただけに、そもそも彼女自身は人間に成りたいとは思ってなかったのは予想外
寧々子は何者に成りたいのか?それを明かせない彼女に教師として零はどう寄り添うべきか?結局彼女は学校を去る事に成ったけど、零は寧々子の価値観を否定せずに向き合う教師が出来たのだと思えるよ
神社にてトバリから明かされるように、ただ人間に成るだけだと失敗リスクがある。だからあの学校で人間の文化に馴染めるよう教え込むわけだけど、逆に言えば学校に居続けると元の自分らしさが薄れてしまうとも言えるのかな
寧々子は猫又に成りそうだからと学校へ預けられた。変わる事は避けられない。でも、寧々子自身は変わりたかったのかという点はアリスとの対話においてはお座なりにされていたとも言えるのかも
零が問う寧々子の望み。彼女としては主人の望みに沿いたい、それこそが在るべき姿と捉えていた。けれど、零は良い事を言うね。違いを間違いではないと言ってくれた。普通でなくても寧々子の絵を隙だと言ってくれた
そうして寧々子が起こしたのは問題行動で有り、親への我儘。普通でない黒だけの世界への希求
寧々子は学校を去った。けれど、彼女の好きな色だけで描かれた零の顔が微笑んでいた点は彼女があの学校で大切な事を学び終えられた証左であるように思えたよ
冒頭で断片的に描かれる村の破滅、しかしそれで全てが判る事はないし、この時点では敵の正体も判然としない。それもあってかこの回は痕跡を辿るような要素が幾つも見られたような
そもそもあの村はゲナウの故郷。表情変化の少ない彼の心の痕跡を視聴者は些細な仕草や声の揺れに探してしまう。魔族相手にすら「頼むから少しは本当の事を言ってくれ」なんて無駄でも求める彼は律儀者であると判る。それだけにゲナウが滅んだ村に過去の痕跡を探し残そうとしているのが見えて物哀しい気持ちになってしまうね…
原作よりゲナウとパン屋の彼の会話が盛られた事でゲナウの心情がより伝わりやすくなっているね
「贅沢は言わん」との台詞と手の動き、何よりも既に死んでいると知ってなお彼を安全圏まで運んだ。それはどれだけ失おうとも、故郷の痕跡を僅かでも残したいと、そして彼を痕跡の中に留めてやりたいとの想いが見えたよ
他方で彼は戦いを求められる立場。悲しみに暮れるより、人々を傷付けた魔族を討滅を優先しなければならない
だからこそ同じく戦う者でありながら、死者に祈りを捧げ、似たような経験をし、当然の疑問を口にしてくれたシュタルクの存在は彼にとって死を悲しむ時間となったのではないかと思える
ゲナウとシュタルクは死を悲しめたから、フリーレン達は空腹を満たせたから、次へ進める。倒すべき魔族の痕跡を探す行為へ
一つの剣では足りない、二つでも足りない。そうして見えてくる宿敵の姿。既にあの村には命は無く痕跡しか残っていない。それでも死体という平和の痕跡を守る為に彼らが四刀流という破格の魔族とどう戦いを演じてくれるのか楽しみですよ
2人は共に”見えない”を持つ者である為に仲を深められたと安易に捉えていたのだけど、ここに来て”見えない”が他の意味を持つようになったような。冒頭のしずかが誤って透乃眼に座ってしまう描写は顕著
”見える”者であれば互いの表情や仕草から思惑を測れたりする。けれど”見えない”2人は良くも悪くも相手の思惑が見え辛い。唐突なお泊りの誘いはしずかを困惑させてしまう。透乃眼としては今後を見据えたものだったけど、あまりに軽々しく誘われた事でしずかは余計な勘繰りをする羽目に。他方で透乃眼もしずかがお泊りの誘いに喜び過ぎてテンパる様子に気付けなかったり
ただ、今回は”見えない”が表面的な意味だけでなく、互いの想いが見えない部分もダイレクトに意味していたような。自分では使わないドライヤーを家に置く透乃眼にしずかがモヤるのは当然
だから鬼木羅に同棲の馴れ初めを聞いてしまうし、透乃眼の方も鬼木羅にスパダリの意味を聞いてしまう。恋人として望ましい在り方が”見えない”から二人はどこか抜けた遣り取りをしてしまう。でも、それはそれで初々しいカップルらしくて可愛らしいんだけどね
他方で透乃眼が”見えない”ままとした何かについては気になるね。本格的に同棲を始めれば互いの様々が”見える”ようになってくる筈。その時までに透乃眼はしずかにどこまで自分の姿を見せられるのだろうね?
寧々に求められたのは演技力、経験のない行為・感情をどう表すか?つまり演技とは対面した者を騙す技とも言い換えられるのかな
寧々は感情表現そのものは問題なく出来てるんだよね。最初の「好き」は良い表情だったし、山吹相手に泣き怒るシーンも感情表現が出来ていた。だから必要なのはその感情表現力で相手を騙す力で
そんな調子だからか山吹も寧々を騙すような作戦を採ったね。…いや、よくよく考えなくても寧々の恋人役に成って浮気相手役のイコとイチャイチャする姿を見せるとか凄い作戦だな!と思うけども
疑似体験としての恋人・浮気。山吹とは付き合ってない寧々にとって、そんなの全く真に迫ってないのだから身に付かない。だから真に迫る体験とする為に寧々を騙す事から始める必要があったわけだ
ただ、ここでややこしいのは、寧々もイコも山吹に何かしら感情を抱き始めている点。イコと山吹が付き合う姿は演技だけど、思い当たるフシが有るイコも寧々もこの演技に騙されそうになる。互いに他の女性に靡きそうな男を引き止めたいという感情が沸き起こってしまう
それこそが寧々にとって、そして図らずもイコにとっても真に迫る体験と成ってしまう訳だ。演技を飛び越えて本気になろうとしていたイコは可愛らしかったね
恋人の浮気という疑似体験を経た寧々の演技は面白い事に
演劇部では山吹とイコの姿を思い浮かべ、得られた感情をそのまま表現。大泉はなんか評価してくれたけど、あれって演技じゃないよね……。むしろ山吹が本気で浮気して許しを請う際に言いたくて堪らない台詞だよね…
そしてまさかの山吹相手に演技するなんてね。山吹を慌てさせた寧々の衝動的演技。なら、彼女はそこに籠められた感情をどこで体験して我が物としたんだろうね?なんて考えるとニヤニヤしてしまうよ
慎一郎が導いた先が色々な意味で予想外なフィールドだった…。てか、これ司は場違いとかじゃない?大丈夫?
…さておき、見せられたのはトップスケート選手の世界と言うべきか。慎一郎も夜鷹も言うに及ばずトップ層。けど、それは実力を指しての言葉ではなく、スケートリンクとの付き合い方における在り方か
慎一郎はエキシビションを思わせるリンクを好んでいるようだし、夜鷹は滑れない環境に堪えられなかった。これらはそもそもスケート選手に成れなかった司とは隔絶した在り方。けれど、夜鷹によって環境が違えば司とて同じ世界へ入れる可能性が示されたのは驚きの瞬間だったよ
夜鷹は20歳で選手を辞め、司は20歳にして選手と成った。その在り方は対称的
けれど、才能は相通ずるもの。最初はスケートリンクに入る事さえ不格好だった司が夜鷹の飛び方を見る中でどんどん上達し、更に一度見せられただけのバックフリップさえ飛べてしまった。それは異様な才、放って置く方が可怪しい
夜鷹は司に対し「可能性を捨てた」と吐く。それは司の才を世間だけでなく彼自身が放置したと責め立てるも同じ。でも、司にとっていのりをメダリストに導く事が可能性の、己のスケート選手としての在り方の使い方なのか
ただし、夜鷹が示唆するように達成は難しいというのが何とも言えない。絶対的なライバル、夜鷹・光ペアが居る限り、司・いのりペアが栄光を掴む事は出来ない。それでも才能を可能性と置き換えて語る事が許されるならば司が言うように絶対は無いわけで
でも、眼の前に居るのは夜鷹・光だけではないね。強化練習に訪れた選手がどれも全日本やその先を狙える可能性があるならば、いのりは光だけでなくそれらの選手とも競っていなかければならない
司と夜鷹の因縁が改められた今回、いのりがトップ選手へと上り詰める為にどれだけの可能性と覚悟を必要としているかが再び示された気がするよ