主人公の純粋なところと浅ましさが両立した不思議なキャラだったので
最後まで見た。
ツンが短過ぎて、案外どころじゃないくらいチョロかった感。
グリモワールがちゃんと強かったのが良かった。
気ままに魔術を極めるスタイルは貫いていくんだけど、最後の方は崩れたキャラを擦り切れるまで使ってたのが気になった。
「別れの一族」という言葉だけで大まかなストーリーは想像できてしまう。
それでも最後まで目が離せなかったのは、その一つひとつが丁寧に描かれていたからだ。
初めてママと呼んだ日、お母さんと呼んだ日、お母さんを紡いだ日、母と呼ばなくなった日、母を否定した日、母を守ると誓った日、父親になると誓った日、自分の家族を守ると誓った日、そしてまた母さんと呼んだ日――。
その全てが繊細に表現されていて、呼び方の変化が「二人の関係の節目」を象徴していた。観ている自分も自然とマキアとエリアル、母と子の視点を行き来してしまい、涙が止まらなくなる。
「母親になるとはどういうことか」
「子どもが大人になるとはどういうことか」
奇抜な設定で誇張するのではなく、ひたすら人間らしい営みとして描いていた。だからこそファンタジーでありながら、驚くほどリアルに胸に刺さる。
レイリアがあの瞬間に抱きしめなかったのは、愛していないからではなく、むしろその逆。抱きしめてしまえば娘を自分の世界に縛ってしまう。だからこそ、最後まで「母親としての衝動」を押し殺し、距離を取ったのだと思う。残酷だけれど、それは「娘を自由に生かすための愛情表現」だったのかもしれない。
――抱きしめなかったからこそ、あの別れは痛烈に「母の愛」として観る者に刻まれる。
そして、最後にさよならの朝が来る。
別れの一族と聞いた時から想像していたシーンだが、片時も目が離せなかった。
その後、長老が無事だったとわかる。
まだ戻る国がある。そう思えるだけで少し救われた。
やはり限界突破はキツかったか。
絶妙なタイミングで登場する坂本。
0.5秒のラグがあるのに相手は結構ついて来てるから
対峙したらもっと苦戦するってことなのかな。
コイツやべぇ…。