禪院のニキの乱入に、火山頭の参戦、そして宿儺の降臨というだけでも圧巻なのに、それらの強さのぶっちぎれさにただただ言葉を失う…………
特に夏油ガールズは宿儺を前にしても胆力は見せていただけに応援したかったけれど、呆気なく殺されてしまった姿に理不尽さ極まるものだった
それにしても1期でごじょ先にびびり散らかしてた火山頭はここまで強かったのか……、宿儺相手にもあの落ち着きようとやはり格が違う………
ここまでの呪術廻戦はただの超作画アニメでおもしろみに欠けていたけれど、こんな怒涛の展開を見せつけられて驚きと共に高揚感、そして畏怖が詰まる思い
負けから始まったキタサンブラックのクラシック戦線。ドゥラメンテの圧巻の追い上げには、どこか気が抜けてしまうような感覚もあったし、悔しさよりも先に驚きのリアクションをしていたキタちゃんもきっとそう感じていたように見えるものだった。
だけど、次のダービーは負けられない。キタちゃんの憧れのウマ娘・トウカイテイオーも勝ったレースで、自分もその栄冠が欲しいと張り切っていた。だから、ダービーは他のウマ娘以上にキタちゃんにとって大事なレースで、まさにキタちゃんのための舞台。
G1の舞台に自信を持てずにいたところを、サトノダイヤモンドに「自分らしく走ればいいんだよ」と言われて、キタちゃんが自信を取り戻せたのも、まさにダービーが自分らしさの詰まった舞台だったからということのようにも思えるものだった。「ダービーはお祭り」という言葉も、まさにダービーがキタちゃんのためのレースということを暗示させるもので、夢はもうすぐそこ…という気すらしていた。
だけど、ダービーの4コーナーから最後の直線。キタちゃんの適性には不利な坂が行く手を阻む。そして、圧倒的な実力のドゥラメンテ、そしてサトノクラウン…と、みるみるうちに他のウマ娘たちがキタちゃんを追い越していく光景には、どこか力が抜けてしまうようにして涙腺から涙が溢れ落ちてしまった。
結局14着で終わってしまった一生に一度のダービーは、夢のあっけなさをまざまざと突きつけてくるものだった。そして、そこには悔しさの涙というよりも、情熱の行く先を失ってしまった喪失感にも似た涙があった。
無難な1話の滑り出しといった感じか
白組のセルルックアニメーションはなんというかお手本みたいな感じで、他3DCGアニメスタジオ特有のクセがないかつ、超絶ハイクオリティといった感じ
とはいえ、頭身とか完成されすぎた動きにかえってやや違和感はあるかも
強さを手に入れるためにスターダストとの戦いを強いられるシャイだけど、優しい彼女は人を殴ることができない。
スターダストはそんなシャイのことを共感力の強さの分だけヒーローとして弱いと言い、逆に自分は誰にも流されないくらいに共感能力のない自分は冷徹で強いと語る。
確かに誰かを守るヒーローとしては、シャイは弱いかもしれない。だけど、スターダストからひたすら殴られ続けても負けを認めず諦めないシャイの姿にも、確かな強さのカタチがあるように見えていた。さらに、それは小石川さんからの必死な叫びを受けて、「私の名前を呼んで勇気をくれる人がいて、だから私は頑張れる!!」とへこたれないシャイの姿にも現れていた。
そして、そのシャイの強さというのは、純粋でまっすぐな正義の心。スターダストの言うように、そんな人のことを微塵も憎まない心には、敵に対して抗う力はないかもしれない。だけど、スターダストの冷徹ささえも優しさと捉えてしまうシャイの純粋な心というのは、誰にも流されないスターダストの心を温かい正義の方向にまで動かすものだった。
だから、シャイの純粋な心の強さというのは、敵を打ち倒すものではなくて、むしろその敵さえも優しさで包みこんで正義に変えてしまうもの。そんなシャイの優しさの強さこそが、もしかしたら真に世界中に平和をもたらすものなのかもしれないと思わされるようだった。
SHYもといテルのクラスに転校してきた小石川さん。そんな彼女の痛めた脚というのはテルにとって、自分がヒーローとして小石川さんを助けきれなかった負い目として突き刺さるものだった。しかし、彼女が語るのは「この脚はSHYが助けてくれた証」ということで、その言葉にヒーローSHYのテルもどこか救われたような面持ちに見えていた。
だけど、そんな心明るい小石川にも内に閉じ込めた心の闇があり、そこに付け込む”何者”かが彼女を襲った。そして、小石川は幼い頃に火事から自分を救った代わりに両親が帰らぬ人となった負い目、「私なんかが救われなければ、誰も傷つかない…、私が死ねば…」という闇が表出させられた。
確かに大切な人を失った代わりの今の自分を許せないという小石川さんの思いも理解できるし、そんな状況や運命から自分を救ってくれる人がいなかったことへの行き場のない悲しみや憎しみにも共感できる。
だけど、「私なんか助けないで」「あの時、助けてくれなかったヒーローが憎い」という小石川さんをSHYは救う。それは誰かを助けることを恐れていたSHYを、その小石川さんこそが肯定してくれたから。そして、ここでSHYが救うのは、ただ憎しみと悲しみを暴走させた小石川さんだけでなく、そんな小石川さんに至らしめた彼女の抱える「助けを求められなかった心」なんだと思う。
こうしてSHYはヒーローの自覚を強めたわけであり、「人の心を明るく照らす」というヒーローの使命も今一度確かめることになった。今回のこといえば、翻って自己破滅に陥ってしまっていた小石川さんの優しさを明るく照らして、本来の「自分以上に誰かの無事を祈る」小石川さんの心を取り戻したのだと思う。
してやったと思ったら、実は先回りされていて……という
シャドウもといジョン・スミスにとっても、商会にとっても、シャドウガーデンにとっても……。
まもるくんの98愛に、自分の美少女ゲーへの思いとシンパシーを感じるコノハちゃん
夢を追うとかアツい思いとかそういうのを求めるコノハちゃんにとって、まもるくんの98愛もそういうのと同じ大事なものなんすね
まどかさんは人を応援するのはアツいけど、震災の人物写真をきっかけに彼なりの信念が真っ向から否定された過去があって、自分自身が輝くようなポジションに立つことを恐れているようだった。
でも、今のはるかくんを撮るまどかさんは人物写真も撮ってた昔に戻ったようであり、それが今のまどかさんの輝くためのやり方なのかもしれない。
だけど、「応援なんて相手のためなんかじゃない、自分のためじゃないか」ってはるかくんの父親がレースで事故死したきっかけが自分にあるかもしれないという言葉。だけど、「でもあんたが…」と重ねる言葉ははるかくんを応援することに輝きを見出しているまどかさんに刺さるものだった。
そして、それははるかくんがまどかさんの応援を受け入れたということであると同時に、何よりもはるかくん自身のレースで勝ちたい理由が「亡き父と一緒に表彰台へ上げてもらった時を再現したいから」というどこか迷いのあるものから、自分の内なる本心と向き合った純粋に「ただ勝ちたい」というような動機に移り変わったということであるようにも思う。
ドタバタハートフルドラマって感じでした
最後の北極百貨店の良いトコをバーバリライオンの女の子が紹介するとこはちょっとじーんと来てしまった
「自分のカッコいいと思うものを輝かせたい!」っていうのがカメラマン主人公の原動力だけど、プライベーターとしてF4で車を走らせるっていうのも自己満足に近いようなスケールで輝きたい!っていうところで、似たようなマインドがあるのかも
だからこそ、自分の中のノリと勢いにかかってるのかもしれない
面倒事に関わりたくないとかいいつつ、カオルちゃんはこの状況を引っ掻き回すの絶対楽しんでるだろ
そして、ツッコミでタライを落としてくるセレスさまのバラエティ理解度の高さよ