鬼夜叉と観阿弥の見事な舞で義満との謁見にこぎつける一行、義満から認められ「よい」という事を思ってもらえて自分の元へ来いと言われる鬼夜叉。素だとフランクなキャラなのがまたギャップを感じる、櫻井孝宏氏の演技もハマっててよかった
猿楽はまだ未完成という観阿弥、道は果てしないという事を表しているのか。人それぞれ身体の形も違うし生きる時代も違う、まさにそう。自分の道を征けとの事なんだろうなと
父を真似るのではない。鬼夜叉の舞とは何かを求道しろと。親子であって親子でない感じ。
親子とは思えんほど似てないなぁ。
そういえば母親はどうしたんだろう?
舞は人の生活に添ってきたものだ。
わたしの舞と身体には歴史が流れている。
若は本番につよいタイプかな。
アニメで舞を表現するのは難しいだろうな……
若がやらかした。
将軍の威圧。ちゃんと表現できてるね。
将軍に認められたってことか。
将軍は「調和」のことを言っているのか?
俺の元に来い!はすげー誘惑やね。
カタチは問い直すもの。無限の改善!
鼓動が早くて眠れない鬼夜叉。意識すればするほど寝れないよな。悩む鬼夜叉にとって長老からかけてもらった言葉は突き抜けるきっかけになるか。
鬼夜叉も見事に舞ってみせたがやはり圧巻は観阿弥。その舞で将軍に謁見を許されるまでに。
義満は先日鬼夜叉と平場で会った時とは立場が違うので表では牽制しつつも鬼夜叉に対して会話のセリフを引用しつつ私信で答えるのがオシャレだな。
後日会った時に鬼夜叉が義満に質問したのは「本当に猿楽がいいと思ったのか」。その答えは「わからん」、だけどこれから咲く花としてはいいと思った。未完成な猿楽、観阿弥の後を追うのではなく鬼夜叉自身として向き合えという決心の回だな。
鬼夜叉は心臓の鼓動が激しく寝付けない。寝付けず舞の練習をしていた時に来たのは長老、自分には何もない、父のようなタッパも声もないと長老に相談した。長老は若さが滾っているなと言った。
観世座が立ち上がる前の話をしてくれた。それまでの猿楽を壊し作り上げてはまた壊し、そっれが観世座の歴史になっており今の形になってきている。わからないなりに大いに悩んで思いっきり舞えばよいと言った。いよいよ始まった新熊野での舞台。鬼夜叉は心臓の鼓動を自分の音だと考え、様々な感情や歴史、その流れの先端にこの体で立っていると考え、練習通りにこなそうと考えた。
私の舞と体には歴史が流れている、それはまだ浅いかもしれないが、その千載は堂々たるものだった。そして観阿弥による翁の舞。鬼夜叉はその舞を見てこんなにも父上は大きいのかと感動していた。
観世座は将軍の謁見が許された。先日会っていた鬼夜叉は軽くあの時のまぐわいの…と挨拶をするが、将軍は知らんと一喝し、私は将軍だぞと威圧された。
猿楽を初めて見た将軍は感動したといい、噂に違わぬすばらしい部隊だったぞといい、今後ともよろしくといい観世座の未来は明るいと盛り上がった。
足利義満は鬼夜叉を呼びつけ刀を拭いて待っていたため、鬼夜叉は斬られて死んでしまうとビビっていたが、子供を斬る趣味はないとおどして笑っていた。発言はもっと場を考えろと言った。
口が悪いなと思いつつ鬼夜叉は「本当に猿楽は良いものだと思ったのだろうか」と言う鋭い質問をした。義満はバレたかと言ったように、正式に言うにはわからないと言った。
俺はきれいな景色が見たいといい、俺が欲しいのは人が自ら引き付けられひとつになるような花だと言った。猿楽が良いかどうか今はわからないが、その花の種として良いと思ったといいお前がぢお子までの花を咲かせるのか楽しみだと言った。俺の元に来い鬼夜叉と義満は言った。鬼夜叉は父上に対しもっと猿楽を学びたい、今は舞が楽しいと言った。観阿弥は猿楽はまだ完成していない、猿楽はお前の中にあると言った、体と時代をもってどこへ行くのか。観阿弥は二人もいらないか。自分の良さを見つけて問い続けることが大切と言うことだろう。先の道のりはより困難今のままでは道などすぐに奪われる。俺たちはまだ未完成、超えるべきものは大きい。まだまだ学ぶことばっかりということだろう。まだまだ先があるようだ。