非人間的(インヒューマン)とされる殺し屋の、人間味のある部分を描く作品として興味を持った。
話自体は、つまらないとまでは言わないが、全体的に淡白に感じられてしまった。
作品の構成は、最後の「アナザースカイ」以外は1〜2話で完結するオムニバス形式。
そのため、キャラクターに対する感情の積み上げが薄く、感情移入しづらかったことが、ストーリーを淡白に感じた要因の一つだったのかもしれない。
例えば、話を追うごとにコンシェルジュのどちらかの過去に迫っていく、といった展開でもあれば、より興味を惹かれた気がする。
もっと言えば、各エピソードに登場する殺し屋の生き様や、殺し屋としての哲学が生朗や沙羅の価値観に影響を与え、二人自身にも変化が生まれていく。そんな展開があっても良かったのではないかと思う。
ポテンシャルを感じる作品ではあるので、そこに期待して、2期も見てみようかと思う。
相と心、性格も漫画へのアプローチも違う二人。
部屋全体が明るい相と、デスクライトで手元だけが明るい心という描写にも、それが反映されていたのは印象的だった。
そんな二人が合作して、コミティアに参加することに。
合作を通して相は、これまで自問自答していた漫画制作から、他者と意見を交わしながら漫画を制作するスタイルへと変わり始めたのかもしれない。
自然とお互いを下の名前で呼び合うようになった二人は、関係性も深まったように見える。
自問自答の相手でもあったポコ太の存在が希薄になっていくのは、その結果なのかもしれない。
手島先生が七からプレゼントされたノートを前にしていたシーン。
一瞬、相と心に触発されて、手島先生が再び漫画を描き始めるのかと思った。
しかし、転がる椅子、ひび割れた受賞の盾、泣き叫ぶ声……といった回想シーンが描かれる。
手島先生には、まだ明かされていない大きな挫折がある様子。
二人で描くことで、一人では描けなかったものが描けるようになった相と心。
一方で、一人で漫画を描き、やがて漫画家を辞めてしまった手島先生。
手島先生の過去も気になるが、相と心の二人の姿が手島先生に何らかの影響を与えるのかも気になるエピソードだった。
今回のエピソードは、お互いに傷ついてほしくないという「無垢」な願いが、二人の衝突を生んだエピソードだったように思う。
ミミは、シーナには危険な戦場に行ってほしくないし、授業といえども危険な目にあってほしくない。
一方のシーナは、ミミがひどい戦い方をさせられていることが我慢できない。
二人とも、相手に傷ついてほしくないという気持ちでは一致している。
それでも二人が衝突してしまうのは、ミミもシーナも、お互いを大事に思うがゆえに、自分の望みを相手に押し付けてしまっているからだろう。
ここで思い出されるのが、アリの存在である。
アリは、本音ではセイランに戦場へ行ってほしくなかった。しかし、それでもセイラン自身の意思を尊重し、戦場へ送り出していた。
相手を大事に思うことと、相手の選択を尊重すること。その二つを両立させていたように思う。
「ミミとシーナ」、そして「アリとセイラン」。
ここに来て、二組の関係の対比が浮かび上がってきたのは興味深い。
もちろん、ミミもシーナも、アリのように振る舞えばいいと言いたいわけではない。
ただ、二人の衝突を解決するための一つの在り方として、相手の意思を尊重するという選択肢はあるのだろう。
ミミとシーナは、お互いに相手を大事に思っているが、まだ相手を大切に思う気持ちを、どう伝えればいいのか分からないでいるのだろう。
「相手を大切に思うこと」と「相手の選択を尊重すること」。二人がこれからどのように互いの気持ちと向き合い、関係を紡いでいくのかが気になってくるエピソードだった。
モンゴルやイスラムの文化に詳しいわけではないが、挨拶などの仕草や食べ物などの細かな描写からは、実際どうなのかは別としても、その土地で人々が暮らしているという現実味が感じられ、興味を惹かれた。
登場するキャラクターも、単純に善悪で分けられる人物としては描かれておらず、それぞれが自分なりの合理性を持って行動することで物語を前に進めており、個人的に好みな点だった。
復讐は本作のテーマのひとつといえるが、一般的に思い浮かべる復讐劇とは少し異なっているのも特徴と言えるだろう。
主人公シタラは、知恵を使って状況を動かそうとしたり、ときには感情のままに行動することもある。しかし、それが思わぬ結果につながってしまい、大きな流れに翻弄される姿が描かれる。
そんな主人公らしくない姿が、逆に「そうだよね、そんなに甘くないよね」と思わせる現実味につながっており、意外性と面白さを感じさせてくれた。
生活や人物の描写に現実味を感じられ、魅力あるキャラクターにも惹き込まれる、大変良い作品だった。
なお、蛇足ではあるが、私見をひとつ。
本作について、史実を根拠に評価しているものを見かけることがある。もちろん、史実を知ることは本作をより深く楽しむうえで重要な要素だと思う。
一方で、歴史上の出来事については、史料の解釈や研究によって見方が変わる部分もある。
そのため、史実を基準として本作を評価する姿を見ていると、12話で「星が巡る理由」を本の知識を元に主張していたシタラの姿を少し思い出してしまう。
史実は史実として重要であることは間違いないが、本作を見るにあたっては、いったん史実から距離を置いてみるのもよいだろう。
アニメの楽しみ方は人それぞれではあるが、描かれるストーリーや人物を素直に楽しむのも良いのではないかと思う。