3回見たけど「よくわからない」というのが素直な感想。
最初、人形使いは人間かと思っていたけど、人間じゃなくて、6課が開発した情報工作のAIということか。
6課は情報工作について調べられるとまずいから回収しに来たが、人形使いがいろいろ喋りだしたから強奪していった。
ひとまず個人的にはそう理解した。
人形使いは自己を認識したことで、自分は情報の海で発生した生命体と自覚し、亡命を希望している。
この辺りは素直に「自己を認識したAIは生命といえるのか」という問いかけとして受け取った。
人形使いと少佐のやり取りは難解だった。
人形使いがネットに接続し、防壁を潜って広大なネットワークに解き放たれた、といった事かとも思った。
ただ、それなら少佐は普段からやっていることだし、作中でトグサが防壁を潜って銀行口座にアクセスしようとする描写もあるし、
なんとなく違うような気がしている。
少佐が感涙するほどの何かが起きてるんだろうが、その辺りは「ヤベーことが起きている」という雰囲気でしか感じ取れなかった。
難解でよくわからない。よくわからないけど、なんか惹きつけられる。そんな面白みを感じている。
ここまで、あまり話が進まない感じがしていたので「戦争と隣り合わせのシリアス寄りな日常系アニメなんだろうか?」なんてボンヤリ思い始めてた矢先の急展開。
子どもたちを量産兵器として扱う上層部に対して、考え方を変えてほしいと思ったフラン先生の提案が、
結局はセイランを焚きつけ、戦場に送り出すことになり、戦死という形で返ってくる。そんな皮肉な展開が、やるせなさを大きくしている。
アリはどうなってしまうんだろう。どんな思いを手紙に込めていたのだろう。そんな心配や疑問が頭の中をグルグルしている。
14クラスに配属されるまで地下にこもっていたミミにとっては、親しい友人の死(しかも眼前で)は初めてかもしれない。
セイランの「なんのために戦っているの?」という問いかけも含めて、どんな影響を与えるかには注目したい。
模擬戦がなければ、負傷兵に遭遇せず止血剤が手元に残っていれば、なんてタラレバを抱きつつ、やるせなさの残るエピソードだった。
ルカはララの正体が人魚だと知ったうえで「ララがララやから一緒にいたい」と胸中を明かしているが、
それは男女の恋愛にとどまらず、種を超えた愛にも見える。
これまでを振り返ると、
父が最後の光を託しながら残したメッセージ「お前を愛している」:家族愛
茉里の「アホでおもろいやつは好き」:友情としての愛
ルカの「ララがララやから一緒にいたい」:恋愛・種を超えた愛
というように様々な愛のカタチに触れてきている(カテゴライズはあくまで個人の意見)。
あまり見たくはないが、次にララが触れる愛のカタチは姉妹の愛憎劇だったりするかもしれない。
リサの「手段はまだある」というセリフや、花火大会中の誰もいないリサの部屋の描写がなんだか気になっている。
それはさておき、いろいろな愛のカタチに触れていくララ。最終目的は本当の愛を探すこと。
個人的な感覚でしかないけど、「本当の」と付くからには単なる「恋愛」や「家族愛」「種を超えた愛」といった
カテゴライズされた愛のどれか一つを指しているとは考えにくい。
もっと根源的で、普遍的で、あらゆる愛を内包するようなものを見つける必要があるのかもしれない。
稲子が「結婚したくない」「杜氏になる」と決意を固めたことは一歩前進に感じた。
ただ、せっかく決意したなら父親と向き合わなければ問題の解決にはならず、なんのための決意だったんだろうか。
稲子の逃走は2話で描かれた蔵からの脱出と同じような展開に見えた。
背景の説明がないためか、この逃走に限らず、喜八の人間不信や暗所恐怖症、健吾の思わせぶりな言動、洋輔の電機目録と清六に対する固執など、
全体的にシチュエーションが異なるだけで、同じことを繰り返しているように思えてしまう。
ケイトパパとの対面で物語の進展に期待したいところだが…。