仲間の弟子にトラウマが発動する方は、忘却魔法の対となるものとして、つばあり帽がココに施した術の一種ということではないんだろうか。
それから、キッチンにてココがキーフリーの前で魔法を描いたときは平気だったはずだが、その前のアガットが外に出て部屋にココが一人きりになっていたとき、もしもあそこでココが眠気を払って魔法陣を描き続けていたら、今回と同じような惨事になっていたんだろうか。
あとアガットがなぜ、律儀に「飛びぐつ」を新調せず待っているのか疑問だが、竜との戦いでのこともあったんだから、これ以上アガットとかの身に何かが起きてしまう前に、義理を捨ててもさっさとココは靴を返してやってくれ。
これまでのキーフリーに対し、疑ってかかってしまっているが、Aパートのような良き先生像が、むしろ彼自身が急かしたくやっている打算的な行動だとは、キーフリーの胸板に懸けて考えたくない。
隅々まで説明を仕切れていなくて、オルーギオも気づけていないように思うが、ココの思い出となる第一話の「歩いたところが光る」というのは、確かに当時は祭りの最中での出来事の様ではあったし光っていたのは石畳の間にだけだったそうだが、これは何か筋立てがおかしくないか?
魔法の存在価値に合った攻略法とはいえ、今のところ戦法自体は拍子抜けするものだが、
アニメのシナリオにしっかりと「チームプレイ」を描けていて、また既出の魔法をふんだんに使った描写が素晴らしい。
シンプルにつばあり帽は、ココを仲間へ引き込もうとしているんだろうか。
むしろ一般的な魔女帽子の方が、つば有りといわれてタブーな魔法使いの集団になってるんだな。
珍しく好みな元気っ子だっただけに、テティアに嫌われると辛いな。