映画の情報をまったく見ずに映画館行ったら、漫画でちょっと読んだことある話だったことにまずびっくりした。
サイピク作画のちいかわも、あの絵柄のままなのにちゃんと映画だなって感じられて良かった。特に、ちいかわのわずかな声色の変化と表情だけで感情が伝わってくるのがすごく良かった。
あとシーサーの声初めて聞いたけどあまりにも可愛すぎて萌え島袋さんの声癒されるわぁ。
90分尺でも最後までしっかり楽しめたし、ちいかわ特有のなんかすっきりしないで不穏なまま終わるのも最高だった。
ちいかわコンテンツは一切未履修
ただ、この映画に関して、知っている人と知らない人の間に生じる受け取り方の差は伝え聞いていたので、本映画はちいかわコンテンツに対して、事前にどのような認識を持った上で鑑賞したのかが感想を左右すると思っていたのだけど…
想像していたより、ニュートラルな作品だなというのが第一印象。勿論、そこには本作のコメディをシュールとかカワイイとか、そのように思ったりはするのだけど良い意味で本作は自然体だなと感じられましたよ
本作のストーリーラインって報酬に釣られたちいかわ達が島にやってきて、島民の困り事に巻き込まれていくという筋書きなのだけど、ちいかわ達ってセイレーンから言及されるように徹底してただの「観光客」に過ぎないんだよね。セイレーンと島民の対立において何ら利害関係を持たない。敢えて言えば先に助けを求めてきたのが島民であり、島民の歓待を受けていたから彼らに協力したというだけで積極的にセイレーンを許せない理由を持っていたわけではない
一応、セイレーンが島民を食べているとの許し難い背景はあるものの、その行為だって先に人魚が食べられたとの情報に接していたちいかわ達にとって、どちらが明確に“正しい”と断ぜられるだけの何かは持たない
だからか、ちいかわ達は流されるように行動している。島民と一緒にセイレーンに対抗して、友達が攫われたから助けようとして、セイレーンに島民が襲われないようにカレーを作って…
良くも悪くもちいかわ達は島民の方向性を変える何かは持たないし、セイレーンを抑えられる何かも無い。彼らの行動は自然の流れに沿っている
そう捉えると、問題の根源として存在する要素も自然の流れによるものだったのかも知れない
島に一方的に棲み着いたセイレーンは恐ろしく、またご馳走を求める厄介な存在だったのは事実。反面、セイレーンの唄は作物を豊かにさせる。島はセイレーンの恩恵を受けていた
その様は制御出来ない神威的な自然現象と人間が持ちつ持たれつの関係を気付いている在り方を想起させる
だから自然が崩れるとしたら、相手へ不用意に深く踏み込んでしまった瞬間で
自然現象と接していれば命を落としてしまう事だってある。それを仕方ないと流せば、それ以上の何かなんて発生しない。けど、あのヒトハは踏み込んでしまったわけだ、禁忌へと
そうなればセイレーンが怒り報復するのは当然。けれど、ここで更に誤りとなるのは自分達が犯人であると名乗り出なかった点。そうして本当に罪の無い島民達が攫われ、島民達はセイレーンを邪悪な存在としてちいかわ達に討伐させる事になるのだから
セイレーンと島民達の間には自然的な流れがある。共生している内は良い。けど、自然の領域に踏み込んでしまった時、自然は牙を剥く
その際に因果の整理を行えば事態はすぐに自然的なものへと回帰するかもしれない。隠し続ければ不自然が際立つ。結局はセイレーンという存在の討伐へと乗り出すしかなくなる
なら、隠さない事こそ自然的、正しかったのかというとそうでもないのが一種の難しさか。そもそも問題はフタバが命の危機を迎え、ヒトハが助ける決断をした時に全ては終わっていた。以降の判断なんて全ては蛇足
その意味ではちいかわ達はもうどうしょうもなくなっていた事態に巻き込まれていたと言える。だから流されるような行動も問題とならない。何故なら今更何かを判断した所で喰い喰われる関係は変えられなかったのだから
ただ、それを理由に全てを諦めて良いというわけでもない点を本作は示してくれるね
ハチワレや先生は何度かに亘って、どうすれば良かったのか、何が正しいのかと頭を悩ませる。全てを解決する答えそのものは提示されないけど、代わりにちいかわが示したのが、あの場における正しさ、または間違いではないと信じる判断だったのだろうね
何も罪を糾弾するだけが正しさではない。隠そうとする姿に互いを想い合う心が見えるなら、その意思を尊重するのも一種の正しさだろう
……と、そこで終わっていれば比較的綺麗な物語に成ったかもしれない。けど、本作は後味悪く終わるね
なのに後味の悪さこそ本作の魅力と成っているのだから面白い。綺麗な物語なのに後味が悪いなんて余計な要素が足されたと捉えても可怪しくない。でも、本作の場合はあのラストシーンがある事で気持ちの良い後味の悪さになる。きっとあのカットが無ければそれはそれで気持ちの悪い後味を覚えたのではなかろうか?
だって、鑑賞者の多くはヒトハ・フタバを追い詰めるセイレーンの姿を見たかったろうから。その意味では実際に追い詰める姿は描かないままで、追い詰めるかもしれないという予兆程度に留めたラストは鑑賞者にとって丁度良い気持ち良さの“後味の悪さ”となっているのだろうと思えたよ
そういった部分が本作の魅力なのだと実感できたね
ストーリー部分について、長々と述べてきたけど、本作を鑑賞中に抱いた率直な感想は「可愛くてシュール」という印象が強かったかな
まず以てちいかわもハチワレもうさぎも可愛らしい。それで居ながらハチワレもうさぎもシュールで空気が読めない言動を繰り返すし、他キャラクターに於いてもいわば自分のキャラを前面に押し出した行動に全力投球している。そうした行動はちいかわを困惑させる事もあるのだけど、喋らないちいかわが可愛らしく困る事で不快感を抱かず微笑ましく見守る事ができるね
劇中では我儘を発露しちいかわを露骨に困らせるモモンガすら可愛らしく見えてくるのだから面白い
そうした可愛さは本作において、いわば敵役とも言えるセイレーンにすら見て取れるのは印象的
セイレーンは明確に島民を「喰べた」と言っているし、実際に恐ろしく襲ってくるシーンもあるのだけど、それでも怖さだけに終始しない可愛さを感じてしまう
そもそもセイレーンは悪意に拠って島民を襲っているのではなく、人魚を食べられた哀しさと憤りという真っ当な感情から襲っているからなのかもしれない。セイレーンは悪役などではなく、彼女とて可愛らしいキャラクターなのだ
そう捉えると、逆に騒動の始まりであるヒトハ・フタバの造形に注目してしまうけど、こちらは何処まで意図した形なのかな…と想像してしまったり
本作ではモブを影塗りにしてメインキャラとは一線を画すしているのだけど、ヒトハ・フタバまで影塗り状態なものだから登場当初はモブとの区別が付かなかったよ。でも、話が進めば両者は重要な意味を持ったキャラクターと判るし、表情を出さずに済むキャラクターではないとも判る
それでも二人はモブと同様の見た目をしていて、顔や言葉が描かれる事はない。そこに可愛さを見出すのは難しい
その点は先程の捉え方と合わせて考えると、一般人として振る舞う者の中にこそ、自然を侵食して自然の怒りを買う原因となる原因が混ざっている、なんて深読みも出来るのかもしれない
怖いけど可愛くも思えるセイレーン、モブのようだけどモブでは済まないヒトハ・フタバ。その描き方の差異に何処まで意味があるのか、独特の後味の悪さに浸りつつ考えてみたくなる作品でしたよ
まあ、それ以前にちいかわ達の可愛さに浸っている方が楽しい作品でもあるんだけどね
昨日2回目行ってきた。ボンドロも無事入手。
原作も『ちいかわ』自体も何も知らずに見ました。
とても面白かった!けど、話の内容が衝撃的すぎて驚いた。思ったよりもダークだった。
ハッピーエンドなのかそうでないのか…。バッドエンドっぽい感じもあるけど、まあ知らぬが仏ってことなんでしょうね。
来場者特典第二弾の配布開始日に行ったので子供達も含め人がすごく多かったけど、果たしてあれを子供達が見てどう感じるのだろうか…?
原作履修済みで視聴
順当にクオリティが高い
原作は当時にちょぼちょぼと読んでいました。
悲しい話だなぁ。
どうしたらよかったのかねぇ。。。
と、いう感想を持っていて、
映画の感想が「上映後お通夜状態」などを見るに、だいぶん辛い作りになったのかしら。と思っていたのだけど、それら感想に惹かれて映画を見にいくことにしました。
島のはるか上空からうつされ、物語をはじめるチラシを運ぶ鳥が登場。その後、おなじみちいかわメンバーたちをベンチ(丸太?)の後ろからそっと見守る形で画面が進む。
かわいらしいちいかわメンバーズ、そして、島の人々、葉っぱのふたりが、どんな行動をするのかを見守る時間が続く。
なんじゃそりゃな不思議な、でも納得のいく解決方法が出てきて面白い。うさぎのラップパートはかわいいけれどもややテンション下がった感があった気もする。でも、かわいい。
ラスト、単三の葉っぱふたりが新たな島に行き新生活への希望を感じさせた直後にセイレーンが跳ねて絶望感で映画は終わる。
終始かわいいちいかわたち。
自分はモモンガ好きなので、
問題を次々に引き起こしてくれて、ヤキモキさせられて楽しかったです。カニちゃんがモモンガがみんなを助ける行動をしたと思ったところの喜びの顔がいじらしい。それは勘違いなのだけど。カニちゃんとモモンガがメインの映画も出たらいいなぁー。
原作を知らない状態で観た。なかなかダークな話だった…。
全体的にとてもかわいかったのが救い。うさぎは急にウクレレ弾いたりラップしたり多才だなあw シリアスの合間に気の抜けるセリフがあったのも助かった。
冒頭の船酔いしたちいかわに炭酸を飲ませるところでなぜ炭酸?と少し違和感があったけど、後半の単三電池の伏線だったとは。
キービジュアルの鱗を持ったちいかわの浮かない表情はそういうことだったんだな。真実を誰にも言わずに飲み込むところが見ていて一番辛かったかも。
そしてCパートが悲しすぎる…。二人が島から出て、うんうん二人でひっそり暮らすと良いよ…と思っていたところで画面の端でセイレーンが跳ねて、悲劇への追い込みがすごくて思わず苦笑いしてしまった…w
個人的にはちいかわに暗い悲しい話は求めていないんだけど、ちいかわみたいなポップなキャラクターで描くからこそ際立つみたいなこともありそうで難しい。
どうしたら被害が最小限に抑えられたか、とか、かわいいところ以外にも色々話したくなる作品でした。
ちいかわミリしら勢。
鑑賞後のザワザワ感が止まらない作品。
途中まではほのぼの作品かと思ったら,終盤から最後のエンドロール後までの作りに,何も言えなくなった。
そもそもセイレーンという名前だけで不穏な感じがしてた
(そのセイレーンも最初はかわいくなかったが,徐々にかわいく見えてきて困った)。
「○○を食べると××××の△△△が得られる」シーンの描き方がスゴかった。
そして××××の△△△のギミックに草生えたが「ああ,なるほどな」とも。
映画ドットコムには酷評が散見される。この作品を観て何も思わないのは残念。
これまでの文学史からさらに飛躍した作品を期待しててがっかりしたのか,ふだんから本を読まない生活で子供だましに思えたのかはわからない。
でも,後者だとしたらかわいそうな人生だと思う。
島編既読、原作の間なども含めて丁寧に映像化していてストーリー的な印象は変わらず。セイレーンが荒御魂的なでかつよ存在としてありのまま振る舞っているのに対して、ヒトハフタバは島民を見殺しにしているのが結構その所属員として悪だと思っているのであまり可哀想とは思わない。(別に誰が悪いって話ではないが。)でもちいかわは二人がぎゅっと手を握り合うのを目の当たりにするに至り、全てを理解し、そっとしておいてあげるのだ。やはりここが一番素晴らしいところだと思う。元々ちいかわ達は討伐を正義と思っていない、この二人が犯人だと指摘して、追い出しでもすれば島は平和になるかもしれない。だが二人の味わい続けた恐怖に思いを馳せ、そんなことはできないと、ちいかわは悟ったのだ。ちいかわ世界は残酷に二人を追い詰めるが、ちいかわだけは神聖ですらある赦しを与える。尺は十分取っていたが絵柄的にどうしても芝居が弱くなるところはあったかも。
セイレーンの歌が神秘的で良かった。煮付けのせいで冒頭の子供向けCMすらどこか悪趣味に見えてしまう。
教訓がないとか言うのは酷い戯言で、誰が悪いとかも問うべきではなく、何かを問うとすればちいかわの立場になったとき「言う」のか「言わない」のか、そういうことだろう。
「作品初見」で観ても後悔しないほど、立派に傑作なストーリーだったからこそ、過半数が言葉を喋らないキャラだったし、主要キャラの名前くらいは先に調べてくればよかったと思えた。
曲が有名な作品なのは知っていたが、映画本編も若干ミュージカル調で、歌詞から背景情報を先に考察できるようにもなっていたと思う。
○二郎で二郎ラーメンが出てきたり神砂嵐のような技を使うキャラがいたりと、そういうギャグがある作風だということは、すんなりと理解できた。
上映前の劇場予告編にルックバック出すなよ、今作がそういう作品なのかと思っちゃうだろ。
原作既読
思いのほか芸術点が高い出来で良かった (お歌、うさぎラップは映像含めて良い)
ちいかわ・ハチワレの怯え〜絶望表情が良い (それ以外も良い)
島二郎の脚や後ろ姿が生々しい〜艶めかしい?
子供 (小学生くらい?) には最後の最後のオチは伝わらず “かわいかったね!” って感想になったりするらしい
いい塩梅だ… ちょっと成長してから見直してびっくりするんだろうね
島二郎、原作読んでた記憶よりめちゃくちゃ頼もしい良いやつで笑った
みりしら勢でしたが、やっぱりブラックな感じでした。色々あって前半15分くらいを見られてないのでもう一度みようか配信されからにしようか迷ってる。
錯綜する感想から、これは見に行かなければと思い鑑賞。
映画関連のコラボ商品達の見る目が変わりますね。なるほどー!上手やわー。買いたくなる。
そしてもう一回見たくなるのはわかる。
どのくらい見殺しにしてきたんだろう。
期間が長ければ長いほど残酷。
暗くて狭いとこはぬるいな。意識失ってる状態になったら意味ないだろうしな。食べちゃったほうがいいんでない?
しまじろうと島民の確執が気になりすぎる。絶対なんかあっただろ。こんなにいい奴なのに!なんでだ!
うさぎの歌唱バトルでがらっと雰囲気変わるのよかった。セイレーンの目が赤くなるのも、あの絵柄なのに怖い感じになるのすごいな。映像が楽しい。
ウクレレに全然手届いてなくてかわいい。
いつもうさぎに助けられてる。ありがとう。ハァ?って本気で言ってる時もあると思う。よく付き合ってくれてるよね。
お前は本当にいい奴。
ちいかわが主人公って感じがこの回は強くてよかった。
グッと堪えたところ、泣いちゃったよ。
最後に、すみません。ハチワレのセリフ時、終始キンキン音がしてたんですけど私だけか。。。?
ほとんどのキャラクターについて、X等で見たことはあるがその素性は知らないような状態で観に行った。名前すら知らないのもいた。ストーリーもほぼ初見。
復讐心で動く島のキャラクターたちに巻き込まれるちいかわたち(第三者)の活躍とその真相にモキュメンタリーホラーと似たようなものを感じた。最後のキャンプファイヤーのシーンで歌わないヒトハ・フタバとちいかわの目が合うシーンはまさにそういう感じだった。放送禁止とかの見過ぎですかね?どうしてもB級っぽく感じてしまう部分はあった。
・アニメーション
どのキャラクターもよく動いていて魅力的だったと思う。アクションの迫力もあった。うさぎのヒップホップの演出はさくらももこっぽい。
・音楽
オーケストラを多分に活用していてめちゃくちゃ音が良かったけど、大げさにも聞こえた。トクマルシューゴとかU-zhaanを起用するあたりはサブカルとしての自己認識がある?
原作やアニメシリーズも未読
意外と深い話だが
子ども向きなので怖くない雰囲気で作った
師匠かっこいいな😎
原作含め初見、ハチワレ、ちいかわ、うさぎだけ知ってる
きっと原作もそうなのだろう。最小限の説明、最小限のリアクション、最小限の展開のみを描き、他の一切を割り切ったストーリーテリングの美しさに感動した。
同じ説明は二度しない、シーンの繋がりとなるキャラの動作を描かない、淡々とただ事実のみを連ねる、ミニマリズムの極致というべき作品。
まさしく漫画を読むような視聴体験で、そういう意味ではアニメ化としての価値は実は大きくないのかもしれない。
耳に入る話では後味の悪い作品ということで、湊かなえのよう読後感を想像していたが、流石にそこまでではなかった。
中盤まで、最後には一団の来島時点よりも住民が食われる状況が変わらないどころか、さらに悪化するようなエンドになると思っていたので、思ったよりもきれいに片付いた印象。
とはいえ、人間の醜悪な内面に踏み入らずに淡々とした筆致でこういう着地をするのに、独特の魅力があることは理解できる。
ここから余談 (ネタバレ)
内容としては、原住種と外来種が互いに敵意を持っていなくとも、些細なきっかけからいずれ直面してしまう不可避の軋轢に巻き込まれた第三者の姿をリアリスティックに描いた作品。
主人公が来島した段階で、双方事実認識の擦り合わせがおこなわれていないものの、実際に起きた事実を考えれば、既に平和的な解決が困難な状態にある。
その中で、主人公チームは双方の主張を知り、終盤ちいかわだけが真実にたどり着く。
もてなしを受けるも報酬がないと分かるや否や関わらないことを選ぶ大多数の人々、商売の都合で原住種に味方する島次郎、双方の主張を聞いたことで折衝を試みるハチワレ、ひたすらに自己の利益を追い求めるモモンガ。
そして、唯一知りえた真実を、なし崩し的ではあるが秘匿することを選ぶちいかわ。
如何に正義を掲げようが、自己の利益を追求しようがそこに正も悪もない。
係争の事実や顛末に人が何を思うが自由だが、自己の都合や欲望に盲目的に、彼らの行動や選択を糾弾することこそが最も独善的な振る舞いであることは肝に命じておかなければならない。
※ネタバレを含みます。
『ちいかわ』の本編はほぼ未見で、「ほのぼのした作品」というイメージしかありませんでした。しかし今作は、その印象を覆す重厚なダークファンタジーでした。
物語の根底にあるのは、「大切な人とずっと一緒にいたい」という愛や執着ゆえに犯された禁忌(人魚を食す罪)です。復讐に燃えるセイレーンもまた被害者であり、ここには「絶対的な悪」が存在しません。互いの正義とエゴがぶつかる逃げ場のない悲劇の中、セイレーンの「犯人の尻には証がある」という言葉に翻弄され、ついキャラクターの尻ばかり気にして見てしまったのも悔しくも巧みな演出でした。
そんな連鎖の果てに、ちいかわは残酷な真相に辿り着きます。
しかし彼は、それを暴くことも裁くこともせず、
「真実を知りながらも、静かに胸に抱えて生きていく」
という道を選びます。言葉少なに葛藤を呑み込む佇まいは、彼が「世界の割り切れなさ」を知って大人になった証のように映りました。
劇中の「炭酸」と「単三」をかけたユーモアで和ませつつも、エンドロール後に突きつけられる後味の悪さは最高です。
「何かを得れば何かを失う」という残酷なリアリティと秘密を背負う切なさ。初見の私をも一瞬で引き込む名作でした。
劇場にて視聴
ナガノ先生といえばな作風全開で、正直映画になるから少しナーフしてくるかと思ったけどそんな事なかった。
結果的に誰も幸せにならないストーリーですごい
やっぱこれ子どもに見せたらダメだろ
・良かったところ
アクション、音楽、ミュージカルがすごく良かった。アクションはキレキレでしっかり動いてしっかり止まるし(ウマ娘で培った技術なのかな)、劇伴は重厚だし、うさぎとモモンガのラップ?ダンス?の演出は結構好みだった。基本的に変な画面が好き。あと「永遠の命」を単三電池で動く=生命から機械への転換として説明するのはわかりやすいし新鮮に感じられた。偶然、悲劇的にも永遠の命を得た、ということの描写として機械を取り入れる発想はありそうでなかったと思う(そんなことないか?)。定命の者とはもう根本的に違うという存在ということが視覚的に分かりやすいのも良い。
・気になったところ
完全に初見だったので『ちいかわ』世界に馴染めておらず、楽しみ方がちょっとよくわからなかった。可愛らしい絵柄で描かれながらも、ただ生きて生活する中でどうしようもなく発生する衝突や理不尽が差し挟まれるスタイルが受けているのかなと思っているのだが、その理不尽さだけが特色というわけではなさそうだ。たとえば、人魚を殴り殺す音は生々しく響くが、この場面を含め映画では血は一滴も流れない。島の原住民たちの強い悲しみや怒りは出てくるが、実際彼らが実際にセイレーンに復讐することはなく、また原住民が食べられる瞬間にはそこまでの悲壮感はない。さらに、最後にヒトハとフタハの二人の悲惨な末路を暗示するシーンは出てきたが、直接的に彼らの最期が描かれることはない。究極的な暴力までは描き切らずゆるいキャラクターデザインによって包容できる範囲に留められている。このバランスがこの作品の醍醐味なのかと思うのだが、残念ながら私には中途半端に感じられた。なぜこのお話をこの絵柄で描かなければいけないのかが不徹底に感じられ、どうしてもメインテーマ以外のアクのような作者の好み(キュートアグレッション・インターネット露悪ノリ)を強く感じてしまう。残念ならが私がこの二つをあまり楽しめる質ではなかったので、余計に邪魔くさく感じられた。ただこれは私がポケモンやクレヨンしんちゃんの映画みたいな、子供向けに理不尽の話を描いている作品をあまり知らないのが良くないからそういった作り方に慣れていないだけなのかもしれない。ただ、私にはアクの部分を減らしてもっと子供向けらしくするか、あるいはもっとアクを強くして作品を統一するかしたほうが良いと思った。
・その他
映画を見ただけの想像だけど、ちいかわ世界はほのぼのとしているものの社会の体制が脆弱であり、それゆえに物理世界の不条理さがダイレクトに襲いかかってくるんじゃないかと思った。彼ら個体ごとの能力の差異や種族間での物理的な力の差が統一的な支配を拒んでいる気がする。
あとナガノ先生脚本だけじゃなくて総作監までされてるんですね。どういうスキルセットなんだ。
サイピク 及川監督・辻さんキャラデザ