初期設定の諸々を気にしなければ、この空気感はかなり好きではある。何かがなくなりそうな予感の中で、何か少しでも積み上げようとせいいっぱい普通に過ごして、未来の形を少しでも確かにしようと約束をする感じが良い。
おお…この回、盛りまくったアニオリがかなりうまく機能して、原作より非常に良くなってる。特にセカンドブルーム前の同期の集合が良いね。ユリウスが動き出した頃から徐々にそうだったけど、マギア・ヴェンデもキャラクターとして本格的に作劇に入ってきて、ウィル周辺だけでなく世界全体が有機的に動いている感が少しずつ出てきて作品全体が面白くなってきた。
なんというかまぁ…相変わらず下手くそな構成脚本だこと…。中盤〜後半にかけてのカタルシス場面だった合流シーンをめちゃくちゃにしたせいで、代行者陣営は何も良いところがない(春は閉じ込められて後手に回ってるだけ、冬は到着すらしておらず、夏秋は自力で手がかり得られず雑な裏切り劇で情報入手)まま話が進行しており、もはや事件解決に向けた各陣営の顕著な活躍だけでなく、感情面の回収も同時に行わなければ視聴体験としてバランスが取れない状態に追い込まれている。しかし、この先とてもそうなりそうには思えない…このあたりから原作は読んでいないのだが。
今回に限っても、冒頭での唐突な身内の裏切りと雑な懐柔が流れをぶったぎっているし、狼星が大規模に氷の道を作る必然性も説得力薄め。華歳にそこまで大規模に交通を麻痺させる能力があるとは思えない。そして春陣営の危地をさらに上塗りする過去回想を長々挟んだのに、引きは夏秋陣営とするのはやはり構成がおかしい。春陣営側の危機と救いの希望で盛り上げるならそのまま終わる方が良い(凍蝶はもっと意味のあることを言うべきだが)し、夏秋で引くならここまで長い回想で春冬側を描写しなくて良い。何もかも中途半端すぎる。回想もここで挟むには長すぎ。もっとイメージやフラッシュバックを交えて短くまとめないと見ている方はうんざりしてしまう。
シュツェーリアの夜は、背景美術を頑張ってもっと幻想的に描いて欲しかったのだけど、まぁ…うん。難しいよね?そうだよね。そういう会社じゃないもんね?
フェルディナンドを背景にした引きはよかったんじゃないですかね。っていうかエックハルトはもっと強いでしょ?
状況的にはそれなりに組み上げてあったけど、解決の仕方はぱっとせず。でもまぁ、高校生がいっぱいいっぱいで動いたらこんなもんかしら。もっと面白く出来たとは思うんだけど…まぁひどいというほどでもないので良いか。
特徴はあるけど、今回の絵コンテ演出作監はあんまり好みじゃないかなぁ…特に、止め絵で口だけ動かして長時間話させるカットが多用されてるところ。前半は部屋の中ということも手伝い、単純に首から上だけを横から映す絵的に面白くないものも多く…何か狙いあるのかな?私には汲み取れなかった。後半の油彩っぽい背景美術は面白いかもと思ったが…建物は良いけど自然は結構微妙な出来に見え。。にしてもここまでのところ、本当に絵コンテ演出作監が毎回違うってのがすごい。キャラデザもまた全然違う(原作には近いけど)し、劇伴の使い方すらまったく異なる。最後のやたらウェットな演出だけは一貫しているといえばしているが…全体的にはそもそも同じ作品を作っているとは思えないレベルで、視聴者に同じ作品を見せているという意識すらほとんどなさそうである。
人間ドラマとしては一貫していいんだよ、作画も演出もとても良い。ただ…同業でコミュニティが形成されて長い魔法使いの世界なら、矢印の反転程度は基本的なシンボルの操作として初歩の魔法教育の一部であるべきだろう。この作品は全体的にこうした魔法知識・技術の蓄積がとても薄い様子に違和感がある。まるで数年前に発見されたくらいに技術と知識の蓄積がない。魔法の仕組みがシンボルの組み合わせなのであれば、要素分解され、組み合わせのパターンが果てしなく実験され、役に立つ組み合わせとその派生・調整方法まで含めてとっくに体系化され、教育の基盤となっていてしかるべきなはず。禁止魔法の制限があったとしても、魔法界全体で知識を蓄積する機構がなかったとしても、魔法を仕事にする者なら誰もがすぐに必要性に思い至り、個人やアトリエレベルですら実行に移す…そういう類と思うのだが、仕事現場からも教育からもそうした様子は感じられない。即興で魔法を作ってなんとかしている描写が増えるほどにこの作品の魔法世界・魔法描写が脆弱にみえてしまい、その上のドラマが不自然に感じてしまう。これが惜しい。
開示した設定もぐだぐだ、緊迫したシーン描写もぐだぐだ、キャラの魅力も薄く、感情の導線も拙く、相変わらずその先に唐突に歌が現れる…。展開を畳みすぎて見てる方は追いづらく、何が起きているのかわかりにくいし、感情が追いつく間もなく次々と何かが起こるが興味も持ちづらい。このまま最後の展開へ行くようだ。
これは難しい。ナオとアキの恋愛の温度感自体は比較的好ましくはある(キャラとしてはどちらもそんなに好きではないが…)し、竹取物語のモチーフ、リョウの幕切れ、それがレプリカに与える心理的な影響も良いのだけど…そもそもリョウが幼少期から涼未と分かれて育ったのに、なぜリョウは涼未と同程度に成長しているのか、初期に説明された消去→再出現時に身体が同期されるというレプリカのルールからだと全然説明できないように思える。元々ナオが学校に行った時に素直が家にいて問題にならずに長期間過ごせてきたというおかしさもあったわけで、設定は従来からかなりめちゃくちゃで、今回のリョウの設定はその違和感に対する一種の答えにもなっているが…従来の設定はもはや消せないため解消はできておらず、新たに設定の齟齬も生まれてしまった。そうした設定まわりの不備や違和感は実際いくらでも目につく(あの竹取物語の劇の内容から部誌がそこまで売れるとも思えないし)のだが、そもそもレプリカの設定自体が荒唐無稽でリアリティラインがかなり低いため、その存在に関するルールが多少おかしくても目をつぶりやすいというのがある。そうした不備を呑み込んだ上で見ると描こうとしている内容は悪くはなく、なんとも評価が難しい。
なんですかこれ…相模の能力、ナレーションの説明(不確定なのは相模の行動のみ、正解の行動を選び続け必ず勝つ)と実態が全然違うよね。叙述トリックだというならナレーションの正体を明かす必要があるし、そうでないなら単にあとで驚かせたいためだけに一時的に視聴者を騙すためだけの誠意のない嘘でしかない。これは少なくともこのシリーズの決めの戦いなんでしょ?それがこんなんでいいの?ここまでいい感じの場面を作るためだけに雑に設定を弄んできているなと感じてきたけど、これはその延長線上にあってさらにその確信を深めるものだった。
回想からOPへの入り方が非常に良い。原作見た時はそうでもなかったけど、アニメで見ると思ってたより良いな…。正妻アピールもすごい。
もうこいつらには期待できないことは前回で痛いほどわかったが、今回は期待できないという期待どおりのダメダメな映像化である。過去回想の時と同じように不自然な待機時間や弾幕の途切れのある戦闘シーン。原作のシーンを時系列を入れ替えて無理に継ぎ接ぎしたことによる不自然な状況描写。原作を映像に起こす過程で補完した演出のせいで噛み合わなくなった状況の放置。銃撃戦しながら何呑気に電話したり射線の向こうの相手に電話かわろうとしてるの?銃撃戦中にかかってきた電話に「俺が出たら嫌がる」ってそんなことしてる場合(これは原作からそうだが)?絵コンテ切ってておかしいと思わなかったの?さくらの立ち回りで一瞬まぁ…という作画があるぐらいで、それ以外は全体的によろしくない。原作の時点で回想がやたらと多いとか切迫した状況でダラダラ話すとか、映像化にあたっての課題があるのは確かだけど、それをなんとかするのが制作の仕事だよね。原作どおりに何もしないなら単なる怠慢だけど、あちこち手を入れてめちゃくちゃになるならそれはもう無能としか言いようがない。
なんというか、尺に収める過程で面白みのある会話までごっそり削って、最低限の事実だけを並べましたといういつもの感じで残念な仕上がり。本当はヴィルフリートはもっと酷いし、フェルディナンドはもっと苛烈だし、ローゼマインはもっといろいろなところに気を配ったり調整をしたりしているし、領主一族の過去のしがらみのようなものがもう少し濃く描かれている。そういう部分の積み重なりが面白さを広げていく作品なだけに、やはり尺が限られたアニメは難しい。
あとは…「カルタとはなんだ?」「ゲームの一種です」「ゲームなら得意だ」はさすがに迂闊すぎるのでは?シーンを圧縮するためにヴィルマが会話を受ける形になり、ヴィルマは教えないのでこういう風に改変したのだと思うが、ハイファンタジーはこういうので冷めてしまうこともままあるので気をつけて欲しいね。。
TVシリーズ視聴済み。同じ映像を2回見るのは苦手なので、前半は正直苦痛で仕方がなかったのだが、ギリギリまで積み上げ続けた痛々しさをライブの途中から徐々に、そして春日影で劇的に回収しながらその背後で新たな緊張と苦痛を仕込み、それを爆発させて終わるという後半の展開は2度目でも普通に見入ってしまった。
ライブシーンはさすがのクオリティで、初ライブの緊張感や失敗、微妙な状況からでも受け入れられた時の盛り上がり方などかなりリアルで演奏アニメーションも良い。ただ、全体的に完成度が高いからこそ、粗が目につく部分もある。ライブの一曲のためにギリギリまで追い込まれていたことを考えると、愛音が春日影のコード進行をすべて知っていたというのは考えづらいし、入りでたどたどしくコードを押さえる場面も音の乱れはなく、後半ではコード進行も覚束ない初心者とは思えないくらい、手元も見ずに客席を見ながらミスなく演奏するのはさすがに無理があるし、自然にコーラスに入るのも無理がある。とはいえそれは些細なこと…というよりわざとだろうし、ライブシーンを含む終盤はやはり面白かった。
楽奈視点の新映像はそれ自体は新鮮で、背景を知るという意味では良かったとは思うのだが、劇場版前半だけで見るとむしろ楽奈が目立ちすぎてややバランスを欠いたような気がしなくはない。楽奈がMyGOに入り込んできた理由はTVシリーズ時点でわりと謎(おもしれー女しかわからん)だったが、背景が描かれたことでさらに不可解さが増してしまった。逆に祥子とCRYCHICの描写はもう少しあった方がラストは受け入れやすかったかも。TVシリーズでどうだったかはもう思い出せないが…
展開はベタな青春な感じで好きなのだけど、灰原くんのボーカルとアニメーションが全然ついてきてないのが残念。止め絵なのに楽器の作画がヤバいという、最近なかなかないクオリティ…これで学校中に響いて(良い意味で)注目を集める演出は無理がある。文化祭はもうちょっと頑張って欲しいけど、これがすでに最高らしいしなぁ。。
鍵になるイベントが口だけのハッタリと空城の計のパクリ、タイトルだけの馬謖ネタ、ナレーションの多用、唐突なギャグに陳腐な演出、過剰すぎるほど感傷的な劇伴の選択…。相変わらずチンピラヤンキー漫画みたいな随所に漂うチープさは、原作からしてこういう方向なのは理解できるが、アニメも同じ方向で過剰演出していてキツさが増している。輪島陣営自体も別にぽっと出で出てきた敵陣営であって大して背景も描かれてないし、軍師役もここまでさして目立ってもいないのに、1回丸々使って感傷的に演出されても…。大河みたいな雰囲気のナレーションも、有名史実なら皆知っているからそれでいいけど、完全フィクションなのに「この事件で輪島が本当の指導者になっていきます」みたいなこと言われても、そこを描く気はないのか、描くにしても先に言っときたいのか知らんが、そのナレーション必要なの…?色んな要素を寄せ集めるのは良いけど、継ぎ接ぎの跡が目立ちすぎている。
海がやたら好意MAXでなんでもしてくれる以外、この家族関係の話は意外にリアルな手触り感のある展開で、序盤に比べると相当地に足ついてきた感がある。そもそもそれが求められてるのかは知らないが、何を持って好かれているのか全くわからず、それ以前に何者なのか不明だった主人公の深堀があり、そこに現実感が伴っているのは良いことではある。天から好感度MAXの女の子が降ってくる前に、こういう話を絡めながら好意を育てる描写があれば良かったのにね。
親との確執を匂わせる話をちょこちょこ入れてくるけど、基本的には水みたいなうっすーい話。そして前回の彼女の親の話も面白くなかった(というか単に周がうざかった)が、友達の親の話も特に面白くもない。そして最後にまた飽きるほど繰り返し見たいつものやり取り(略でフィニッシュ。つまりなにもおもしろくない。
まただいぶキャラデザが違いますけども…1話2話が恋愛的、性的な距離の詰め方が飛ばしすぎだっただけで、これぐらいの感じなら全然アリではある。絶妙にとっかかりのあるサブカル要素が散りばめられてるのも良いスパイスになってる。今回はやたらとyonigeの楽曲を挿入歌として多用してきているが、他の回ではまったく使っていないわけで、本当にシリーズを通しての計画性のようなものが感じられないというか、回ごとの担当が好きにやってるんだなと改めて感じる。しかし、そういうもんだとわかっていれば楽しみ方の1つにはなる。