あ、そういう感じですか…。女子中学生が初見で裸馬に一発で乗って、手綱も鐙もなしで全力疾走して崖から飛び降りて、暴れ狂って蛇行する馬に乗り続けて、地面に倒れている女性を救って駆け去るとか出来るわけないでしょ…。めちゃくちゃすぎて乾いた笑いが出てきた、チーレムなろうアニメですら雑とはいえもうちょっと活躍の裏付けは用意してますよ。三姉妹も自分で王族の寝所に押し入るとか意味がわからなすぎる…。寝所の動きにも現実感がない。口に含ませようとした時点で王子ももっと動くことができただろう。仮死状態の白い水も…体当たりで建物を崩して外に出るのも…相変わらずの王子の人形っぷりも…もういちいちつっこんでも仕方ないが。。全部が30点以下の要素で構成されている。。
当初は設定もキャラもやたらと無機質で記号的に見えていたけど、主人公とミミ以外のキャラもそれぞれの考え、思惑を持って動いている雰囲気が出て、4話かけてなんだかんだキャラが生きてみえてきた。今のところは破綻しそうな要素だけひたすら積み上げているけど、これをどこでどう使っていくのか気にはなってきた。
補正切りにカウンター確認、EVOJ…誰もついてきてなさそうで笑う。実際、何言ってるか全然わかんなくて切ったみたいなのを見た記憶…今ならEVOJの前にWWだろうなぁ…他にもオンライン大会山程あるしなぁ…今ならもっと楽しいだろうな。
今までよりは面白かった。今回は動きもいらなかったし。キャラ同士の絡みも良くなってきたのでは。まぁ…手品とかめちゃくちゃだったけど…もうそういうところには何も期待してないので。。
今回もまた、子供のようなララが真実の愛を探すという名の下に人間と感情を知っていく。ララが触れるエピソード自体は本当にありきたりなのだが、無邪気なララが子供のように純粋に振る舞って喜怒哀楽をあらわしながら、経験者として自分の後悔を語るから…相手もそれを素直に受け止めて前に進みたくなる、その様はすごく単純だけど高校生としてのリアリティもあって面白かった。これはララが一族を背負いながら大人になる過程でもあり、どんなふうに、そしてどのくらい過去と、そして未来の結末へと影響していくのかを含めて見るからこそ味がしてくる。
無邪気極まるララと、それに振り回されながらもなんだかんだ付き合って、横で常に冷静につっこむ茉里の構図も面白い。茉里は本当に辛抱強くいいやつで、ララの大きな支えになっている。私だったらララにはもっとイライラして説教してるかもしれないし、そうなると違う種類のドラマが始まってしまう。そうでなくとも、茉里がこのキャラで横にいてくれないと、このルックと演出があったとしても単なるベタベタな物語にしかなっていない。
加えて、こうした1話完結のエピソードを描くだけでなく、Cパートで姉との関係と現状が一筋縄ではいかないことが示唆されてメインの話も動き出している。この2つの糸がどう絡まってどこにたどり着くのか、いまだ見えないし、面白く着地しそうかもわからないが…今のところペース的には悪くないと思う。
これは、なのはシリーズとしてやる必要があるのだろうか、続編出す時は既存キャラの素直な掘り下げや人間的葛藤・成長じゃなく、新キャラ使って仕切り直したバトル展開しないといけないルールでもあるのか…?一応Detonationの世界の続きではあるのなら、はやてと年齢差が出来ているあたり、旧なのは世界やなのはたちの深堀りが多少はあるのかもしれないが。まぁ…Detonationの世界をそのまま保存して続編をやるのは人数的にも設定的にももはやきつそうだけど、それは同じスタイルの作劇ならきついというだけで、もうちょっと出来ることあると思うのだけど…主人公変えてまでリセットしてまたバトル展開で仕切り直すとは思っていなかった。いや…思っていたかもしれない…
女神の水浴場の光景が映像になったのは良かった。アクションは、君たちはここが頑張りどころじゃなかったの、というぐらいの微妙さだったが… 全体的にローゼマインが原作よりかよわい女の子風に改編されている上、原作でさらっと流せるものを改めて映像化されるとウザさがすごい。記憶があるとはいえ精神年齢は肉体相当という設定らしいから、まぁこんなものなのかもしれないが、もうちょっと性格的には締まっていて欲しい…原作の性格の方がしたたかで強さがあり、好きではあった。
ジャダ石をうっかり落とすとか、物陰でうっかり大きな音を鳴らすとか、物語の展開のさせかたが急にだいぶ雑に… 元々この作品はドレゲネを主役にするつもりだったらしいが、ファーティマに共感したドレゲネのこれまでとこれからがどんなふうに描かれるかで、この作品が決まるのだろう。史実として最後どうなったかは知っているから…過程で何を見せてくれるのか。次回に期待。
BLEACHの作画・キャラにNarutoの序盤展開・キャラを重ねたみたいな感じだな…実際、この作者はBLEACH大好きでかなり影響受けてるらしい。私はあのノリ好きなので嫌いではないが、今のところはあくまでわかりやすいフォロー作品の域を出てもいないかなぁ。原作はかなり短く終わってるから、BLEACHほどキャラ掘れないまま終わっちゃうだろうしなぁ。しかし、ここから転換してHEART GEARに行ったのはなかなか勇気あるな。だいぶ違うじゃん。
田寺の東村に対するスタンスも明確になり、ユルの東村に対する姿勢も明らかになる方向で、単なるユル陣営と新郷のバトルにとどまらず、あちこちで陣営の立ち位置が明確になってきて話が進んできた。このへんもっと引っ張るかと思ったんだけど、いい加減情勢はある程度固めて次はユルの両親の手がかりで物語を作っていくのかな?まぁさすがに死んでるってことはないだろうし…。今までわりと謎だった左右様と影森当主のバトル的なポジションが明確になった。影森当主の化物っぷりを考えると、東村って全体的に戦力低すぎない…?東村の山賊壊滅してるし。だから引きこもって解と封で一発逆転狙ってるって感じなのかな。いずれにせよ面白かった。
言っちゃなんだが、前半のReflectionがあそこまでめちゃくちゃだったのに、勢い任せはありつつもなんだかんだ綺麗に畳んできたのには感心した。基本的には引き続き魔法少女ドラゴンボール的な感じで、増やしに増やした味方の陣営に対抗すべく、ただでさえ多かった敵陣営にさらにぽっと出感満載の黒幕は登場するわ、俺は手駒を量産出来る!とやたらと兵士兵器を量産するわ、その中に謎の特殊個体みたいなのを突然誕生させるわ、さらにそいつらには名前もなくキャラデザも立ってないわ、そのまま退場してくわで、ますます誰が誰かわかりづらく、一体何してんの…ってツッコミどころ満載ではある。ただ、主要オリキャラであるキリエ、アミティエ、イリス、ユーリ、王様、シュテル、レヴィの出自と関係、経緯については一通り描写され、因縁があるキャラクター同士の感情のぶつけ合い、戦い、和解が描かれていたし、なのはシリーズらしい見せ場は用意されていて、自分で散らかした感のある舞台はきちんと収拾をつけて終わっていた。散らかさなければ良かったんじゃないかと言う気はするが、そこはまぁ…
シリーズの主役格、なのはフェイトはやての出番は相対的に少ないのだが、終盤は超サイヤ人覚醒からの自己犠牲、自己対話、からの友情帰還エンドと、なんかどっかで見たような雰囲気は強いながらも、シリーズファンが見たかったものは見せて終わったのではないかと思う。プロットはやはりシリーズの従来構成をほぼなぞっているのは気にはなるのだが、まぁ10年に1度上映される伝統芸能みたいなものだと思えばこれでいいのかもしれない。
うーん…。やはり、鬼夜叉が稽古以外で得た感覚と、古典的・形式的な能が結びつかない。生物としての生活に接続した原初的な舞やコンテンポラリーダンス的な舞に見出した良さが、あの形式的な能の動きにどう活かされているのか、作品を見ているだけだとまったくわからない。
非常に高い要求をしていることはわかるし、出来なかったとしても仕方ない面があるのも理解できるが、この作品自体が明らかに身体表現としての舞、芸とは何かをテーマにしており、それを幼少期の鬼夜叉から描く以上、作品は成長と変化によって芸を描くアプローチを選んでいる。その作品をアニメにするのであれば、鬼夜叉が得たものを、舞の変化として映像でわかるように表現して欲しかった。正解なんて誰も知らないのだから、正しいかどうかはどうでも良い。物語を、テーマを、映像で伝えて欲しかった。
猿楽はモノマネを含むもっと猥雑な大衆芸能だったものに、観阿弥が物語や歌謡を取り入れたという話で、世阿弥が幼い頃ならばまだ大衆芸能色が強く、形式化されていくのはもっと後なのではという疑念もある。室町時代はこれが大衆芸能として楽しまれていたのか。大衆に受け入れられる芸能が生物的・原初的な舞と近いとするなら、今と昔でそこまで乖離があるとは想像しづらく、さすがにこの能のスタイルが大衆に楽しまれていたとはどうしても考えづらいのだが…。もしそうであれば、この時点ではもう少し原初的な猿楽として描けば、原初的な舞やコンテンポラリーダンス的な「良さ」と接続しやすいし、鬼夜叉の成長を猿楽の変化と同期して描けたのではないか。私が今のアニメ上の表現を完成した能としか認識できていないだけで、ここからまだ変わるのかもしれないが…。
スタッフを見ていると、シテ方観世流のちゃんとした人が型付・監修をしているようで、型にはまった能から外すことが難しく、接続が難しくなっているのではという気もしなくはない。一方で、東京五輪の振り付け師のような現代的な振り付けスタッフも入っており、そこの統合が少なくとも物語の表現としてはうまくいっていないように感じる。もしくは、原作者の考えた原初的な舞と能との接続がそもそも無理筋だったのか。
また、義満が秩序のために能を用いたというのは通説らしいが、それと自然や美を直接結びつけるのは無理があるのでは。仮に作中の義満がそう考えたとしても、義満の考え方…ひいては作者の考え方にもいまひとつ賛同はしづらい。現実は別にそんなものではなく、自然が無秩序を生んでもたらす美もあれば、秩序によってもたらされる美もある。アニオリで補強された台詞でよりこの違和感が強調されているが、この作者らしい感覚的な飛躍にも感じた。
全体的にはこれまでと同じ展開なのだけど、怪獣化した状態で恋愛の高ぶりがなくなると完全に怪獣化に向かうこと、そして最後はこの状態のまま付き合うことで次回以降は違うリスクと人間関係につなぐ形になったので、まぁ良しという感じ。おじさん的ポジションの人は敵に回るのかと思いきや、黒絵溺愛で立場との間で引き裂かれるかわいそうなポジションっぽく、こっちはこっちで展開次第では面白そう。大人の良いとこ見せて欲しい。黒絵が怪獣だとバレたかどうかはまだ微妙そうだが…
主人公の出自関連は、体質とかでなく1話からずっと家に置いてあって何かあるたびに映ってる卵の殻みたいなやつから生まれてきた人外で、そもそも人間じゃないと思ってたのだが違うのかしら。それだけだと病院で人間判断されてるのは妙で、何かもう一皮くらいは設定あるのかもしれないが、基本的には生物学者時代の母がどっかに探検した先で拾ってきたもので、人間に擬態できるのはその生物の特殊能力とかそういう雑な感じだと思っていた。そっちを掘っても別に面白くはできるだろうけど、個人的にはそこらへんは全然期待してないというか、ここまでの半分ギャグ混じりの展開からはそういう方向の作品ではないのだろうなとは思っている。
80~90年代の香りを色濃く残す、ドタバタアクションコメディとしては楽しめなくはないかも。実際にあの時代を通って色んな作品に触れているとさすがに黴臭いのだが、そうでない人たちにはこのビジュアルが新しく映ることもあるのだろう。しかしフロッピーディスクて。犯罪者が公務員買収するのにキャッシュで10万ドルて。今どき若手社員でも持ってますよ、さすがに古臭すぎる…当時作られたものを古いものとして鑑賞するのはいいけど、今作るのにあえて古いまま作ったというのは単なる逆張りにしか見えなくてあんまり魅力感じないなぁ。原作もうほとんど覚えてないが、人形遣い含めて設定は当時としてはとても面白いのは理解できる。合う合わないは別として、ゲームのリマスター・リメイクと同じで、こういうのもあってもいいかとは思う。
ここまでは無駄なカメラ回しとしか思わなかったが、今回はじめてGoHandsのカメラと演出に意味が感じられた。コミカライズの時点でわりかし面白かったのだが、序盤の戦闘がそこまで面白かった覚えはない。しかし、今回はその序盤の戦闘にも迫力が感じられてコミカライズより良くなっていた。見たいものが見られた感。パート間のカットの使いまわしはもうちょっとなんとかしてほしいが…
クレマチス加入、主人公吹っ切れ、初ライブ(次週だけど)までは予想どおり…なんだけど、胸糞女はここからさらに活躍して引っ張っていく感じかぁ…主人公が前向きになって音楽はじめようとするのは好ましいのだけど、ヴィオラが出てくると直ちに話がそっち方向に行っちゃうからつまんなく感じてしまう。次回は初ライブだろうしさすがに盛り上がれそうな気はするけど、クレマチスの加入をバンドの音楽的な成長として魅せるのはさすがに無理そうだよね、そもそも今まで何も演奏見せてないんだから…。やっぱ音楽要素薄くて、プロモ描写に傾倒してるよなぁ…そこはあんまり興味ない。。初ライブ後も今の胸糞女の別のメンバーとの絡みを育ててメインの展開にするならあんまり好きな方向にはならなそう。それでもラストライブに向けて面白い展開は作れはするんだろうけど… たぶん最終回までの間はまた人間関係でもめて、最終回でライブとか…?音楽要素もうちょっと出ないかなぁ
前半はともかく、後半の展開は結構ちゃんとしてたな…。普通なんだけど、それすら達してないなろうが多すぎて…。鶏も新鮮さはあった。
黒狼の牙と別れ、そこで共に過ごした妻と家に帰り、街でも受け入れられているルーデウスと家族の様子…。今回は原作に輪をかけた形で1期の1話、2話をなぞる描写になっている。15年の長い歳月を経て今、気づけばパウロと似た道を歩んであの日のパウロの立場になり、家族と守るべき日常を得たルーデウスが…まぁ…パウロの情けないところもいい感じに受け継いだが…丁寧に描かれている。
家での食事会の風景も、馬での外出、魔術を伝える風景も、いちいち1~2話のブエナ村と重ね合わせる演出を加えてあり、ここまでの15年の長い歩みで失ったもの、得たもの、変わったもの、ここから守るべきものを強く感じさせる解釈と工夫に満ちていた。15年かけて本当に遠くまで来たけれど、今のこの日常はあの頃と繋がっている。馬での外出でカラヴァッジョについて語るのも、ライトニングを初めて試す場面でロキシーが幼いルーデウスを幻視するのもアニオリで、この制作は本当に素晴らしいなと。原作も良いのだけど、内容を尺にあわせて削りつつも、独自の、それも素晴らしい解釈で演出を変えてくるのは作品にとっても読者・視聴者にとっても幸福と言うしかない。
そうした日常の中にも、前回のザリフの義手に続き、吸魔石、自動人形、水王級魔術とルーデウスから明確に不測への備えが語られる。ギースの屈託のない様子と餞別。近いものと遠いもの、暗喩、匂わせ、露骨な宣言と、それはもうあちこちに色んな描写が…ありますね。
「なんなんだこれは!」 いや、私は好きですよ、こういう歴史とアーティファクト的なものを交えた探求、謎解きみたいなの。全員いいキャラしてるし。
はぁ…自分の無能のせいで状況が悪くなっているにもかかわらず、ギャーギャー騒いでさらに状況を悪くする救いようのないユーリにただただ辟易する。キスで大人しくなるのも一体なんなのよ。胸が痛いとか…もうちょっと真面目に生きろよ、お前のせいで人が死んでるんだぞ。帰らない選択の理由も謎。お前が独断で盗みに入ったせいで死んだようなもんだろ。殺したやつが憎いにしても、もっと自分のバカさを反省しろよ、全部人のせいか?ボイスアクトもかなり酷い…もうちょっと緩急のある演技はできないのか…?舞台演劇やってるんじゃないんだぞ。音響監督が問題なのか?作画もいまいちで、ところどころ顔が変わっている。
王子は振る舞いとしてはまだマシといえばマシだが、ヒステリーを起こす主人公を落ち着かせるために突然のキス?戦場に来い?手足に糸がついているかのような清々しい人形っぷり。このカスをただただ甘やかすな。過去の名作履修という意味で見ているのだが、本当にこいつはこの時代に適応して強く生きていけるようになるのか…?OP詐欺じゃないよな…?
相変わらずこの何事も中途半端なぼんやりした主人公が好きになれないが、ちょっと仲良くなった感じが描写されてるのは悪くない。そして先の展開はだいたいわかった。。飲み物を取る時の手の動きとか、目の見えない人の描写は頑張ってるとは思うんだけど…キャラデザも塗りも淡白だし、全体的に作画がいまいち。こういう雰囲気で魅せるラブコメは作画が一定水準あってナンボだと思うが…
サーカスのシーン、全部リアルタイムのアニメーション・カットで描けとまでは言わないけど、空中ブランコ以外が尽く止め絵なのはさすがにちょっと…止め絵の作画は良いけど、それ以外の日常シーンもそんなに動かないのでアニメーションとしての印象はイマイチになってしまう。予算そこまでなくて、ブランコシーンに全部注ぎ込んだらこうなったんだろうなぁ…あとは、キャラデザに幅がなくて登場人物が増えるほど見分けが…。お話は、普通というか、雫の葛藤がだいぶさらっと終わっていって拍子抜け。サーカスだから仕方ないのだろうけど、扱わないといけないキャラが多すぎるように見える。
テンプレの聖女モノ。設定めちゃくちゃで、主人公を立てるためだけに周囲がありえないぐらい無能だったり失礼だったりする。まぁ要するのいつものやつ。何かこの作品固有のものがなかったかなと思い返したけど、本当にいつものやつ以外の要素が何も思いつかない。ただただ主人公を気持ちよくするためだけの舞台装置が雑に並べられた話。3話で離脱。
今回は格ゲーマー的には馴染みのある、わりとふつうの格ゲーの話だった。
ジュリ詳しくないけど、ドライブゲージ余ってるんだから、歳破のヒット確認より中足ラッシュのヒット確認した方がいいんじゃないの…?立ち回り変わらないなら風破少ないだろうし風破ゲージ確認要る分余計なこと考えなきゃいけないし…中足ラッシュならガードでも中Pで有利取って攻められるし。リュウキャミィはスト6だと弾がそこまで中心になるイメージないんだけど、スト4ベースで原作がそうなってるのかな。弾抜けより中間距離での地上戦と打ち返し、ストライクまぜた上からの攻防が中心になるイメージ。そしてパイセンはケンですか…私はケンにはうるさいですよ…